第22話 アモーレ
大衆食堂ラチャラチャは満席に近い状態になっていた。
多くの客が名物マイオークラッケを注文していく。
それらは定食であったり、単品であったり、創作料理であったりと様々だ。
春太とマキンリアが席に着くと、テーブルの下にセリーナ達が入る。
店内のにおいはチーちゃんのテンションを高めてしまうが、チーちゃんがどこかのテーブルに飛びつこうとすると絶妙なタイミングでセリーナが止める。セリーナの姉力はこういうところで存分に発揮される。プーミンはちゃっかり余った椅子に飛び乗って待っていた。そしてマキンリアの肩に止まるはんぺんをじっと見据えていた。
春太はメニュー表を眺めてみたが、よくよく見てみるとマイオークラッケだけで一ページが埋められている。
「蒸しマイオークラッケが気になる」
マイオークラッケはソバ系の穀物で肉を包んだジューシーな包み焼きだ。絶対蒸しても旨い。ページの下の方にはよく分からない創作料理も並んでいるけど、無難にいこう。
すると向かいに座るマキンリアがページ下部の方を指差した。
「これは? 『マイオークラッケのシャキシャキキャビラ添え』」
「キャビラって何?」
響きはキャビアに似ているので、春太はキャビアソースのかかったマイオークラッケを想像した。でもシャキシャキってなんだ?
「大きな目玉の付いてる食虫植物だよ」
「やだよそんなの。何でそんな物を食べ物として出してるの」
「でもおいしいみたいだよ」
「おいしくても目玉がこっち向いてたら嫌じゃないか」
「指を横にして目玉を隠せば良いんじゃない?」
「食べ物にモザイクかけるのかよ」
「じゃあシュンたんが目隠しする? あたしが食べさせてあげよっか」
「マッキーが食えば良いじゃないか」
「食べたいのは山々なんだけど、節約してるからさ」
マキンリアは残念そうにして、それから注文お願いしまーすと店員を呼んだ。
春太はマイオークラッケのシャキシャキキャビラ添えの値段を見てみたが、普通の定食よりゼロが一個多かった。恐るべしキャビラ。
蒸しマイオークラッケがやってくる。
蓋のされた器で運ばれて来て、見ている目の前で蓋を開けてくれた。
中に籠っていた蒸気がモアッと出てきて、出来立て熱々を感じさせる。
そして広がるソバ系の香り。
籠っていた分、芳醇な香りが鼻腔を刺激する。
においが唾液を呼び起こし、食欲を増進させる。
見た目は蒸した方が透明度が高いようだ。
箸でつまむとゼラチンのようにプルプルである。
火傷しないよう充分に息で冷まし、一噛み。
中にはまだまだ熱い肉汁が待っていて、舌が悲鳴を上げる。
外を冷ましても中はまだ熱いのだ。
ハフハフ言いながら口の中で冷ましていくと、今度は肉の濃厚な旨みが支配する。
舌の上を転がる肉が味覚に嵐を起こす。
そしてまだ口の中に肉がある内に、温かいご飯を二口、掻き込む。
口いっぱいに広がる多幸感。
「んんんっ!」
思わずうなる。
米は何にでも合うが、これは絶妙だ。
頬が膨らむほど詰め込んで咀嚼しているいっときの間、全てを忘れその味に酔いしれた。
マキンリアもセリーナ達もマイオークラッケをおいしくいただいた。
食べ終わるとマキンリアは別のテーブルに呼ばれた。
「お、マキンリアじゃないか! ちょっとこっちに来なよ!」
呼んだのは鷲鼻でずんぐりした体形のおじさんだ。
春太が誰だろうという顔をしていると、マキンリアが教えてくれた。
「ぽかぽか亭に燃料を納入している業者さんだよ。モーリアさん。ちょっと話してくるから待ってて」
そう言って彼女は呼ばれたテーブルへ行った。
ファンタジーな世界に見えるけど、何でも魔法で動いているわけではないようだ。
一人になったテーブルで春太はさわやかグラデーションの糸を取り出した。
それを手持ち無沙汰にお手玉してみる。
食事中、マキンリアはこのアイテムのことなど忘れたように普通にしていた。
もう絶対にこのアイテムを受け取ることは無いのだろう。
どうにもならない……それは少し寂しかった。
ため息をついてお手玉していると、春太の視界の端で誰かが立ち止まる。
何者だろうか、と顔を上げてみると、そこには見知らぬ女性が立っていた。
アラフォーといった感じの、落ち着いていて儚げな目をした女性だった。
その女性は春太の傍らに立ち、春太の手元に視線を落としている。
春太の視線に気付くと、女性は話しかけてきた。
「あら、ごめんなさいね。そのアイテム、集めているの?」
オルカおばさんと対照的で、物静かな喋り方だ。
春太はお手玉をやめ、複雑な顔をした。
集めていると言えば集めているが、それはマキンリアが、だ。俺は協力しようとしたけど断られて、このアイテムどうしようかなーと思っていたけど……そんな複雑な事情を通りすがりの人に話すのもアレだし。こういう時って説明に困るよな。微妙だ。
考えを巡らせたあげく、面倒なのでシンプルな受け答えにした。
「ええ、そんなところです」
「私は織物職人でね、最近はそれを使って毎日民族衣装を織っているの。最近はアイテムを集めて持ってくる人が少なくなったから、珍しいと思ってね」
それで声をかけてきたのか、と春太は納得した。織物職人とこんな所で会えるとは思わなかった。
「集めるのは珍しいんですか?」
「ええ、そうよ。だから最近は業者との取引ばかりね。業者からそのアイテムを仕入れて、織ったらお店に並べるの。昔はこの時期になると、よく男の子がアイテムを集めてお店に持ってきたわ。意中の女の子にプレゼントするんだって」
逆バレンタインデーみたいなものだろうか。
「でも、依頼料もかかるって聞きましたけど」
「そうね、15000コロンくらいが相場かな。でも、みんなそういうことに燃えていたの。冒険も熱心に行く人が多かった。時代の移り変わりね」
女性は昔を懐かしむように言った。
春太は毛玉を見つめた。これ一つとっても街の文化にまつわるエピソードがあるんだな。そう言えばマッキーのクラスメイトはみんな家業を継ぐとかで、冒険者は全然いなかった気がする。『脳筋ノールト』が唯一冒険者になると言っていたか。この街は冒険の街だけど、内部の人達はあまり冒険に熱心じゃないのかも。
時代の移り変わり。
昔のセーネルと今のセーネルが重なり、この世界に厚みを感じられるようになってくる。
高度経済成長や就職氷河期といった元いた世界と同じように、この街も時間軸を持ち、歩んでいるのだ。
女性は『頑張ってね』と意味ありげに微笑んで去っていった。
誤解されてしまったようだが、まあ通りすがりの人だから良いだろうと春太は曖昧にやり過ごす。
それから膝に乗ってきたプーミンの手を取りバンザイさせてみた。
「フッ……俺が頑張るとすれば君達のためだよアモーレ」
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