腹減り少女の悩み

第21話 どんな道のりも、最初の一歩から

 春太はクリスタルになった男性を大食い袋に入れてセーネルの宿屋に運んだ。

 明らかに男性の方がサイズが大きいのだが、大食い袋にしまうことができてしまった。

 本当に不思議だったが、これはそういうものだと思うしかない。

 それから今日の収穫を換金するためまごころ商人へやってきた。


 春太は上がり框状になっているカウンターでアイテムを並べていった。

 ボスを倒すと子分のドロップアイテムを合わせて結構な量になる。

 その間、店の隅ではチーちゃんがセリーナにじゃれついていた。

 プーミンは我関せずといった感じでうつらうつらしている。

 ヒゲ面の店主が顎を撫でながら驚きを見せた。

「ふーむ……君には毎回驚かされるな」

 恐らくアイテムを見ただけでボスを倒してきたことが分かったのだろう。

「今日はバオリンを倒してきました」

 セリーナがね、と春太は心で付け加える。

 店主は幾つかを手に取っては目を近付ける、という動作を繰り返す。

 本格的な鑑定の前にざっと試算しているのかもしれない。

 そんな中、ある物を手に取った時店主がほほぅと声を上げた。

「これはレアだね~」

 彼の手に収まっているのは毛玉だった。

 どこかで見たことがあるような……と春太は思いながら聞いてみる。

「それは何ですか?」

「これは『さわやかグラデーションの糸』というんだよ。バオリンが落とした物ではないと思うけど、子分のモンスターが落としたのかもしれないね」

「へえ~。じゃあ歩く植物かな」

「いや、そいつでもないと思うよ。他に何かいなかったかい?」

「赤い球とか青い球とかいました」

「赤い球……? ああ、レッドエレメンタルのことだね。それならかなり低い確率だけど、このアイテムが出るだろう。しかし本当に運が良いね」

「じゃあ、それなりに高く売れますか?」

「ああ、今ちょうど需要も高まっているからね。今度の収穫祭の民族衣装の材料になっているんだよ」

 それを聞いた瞬間、春太の記憶の引っ掛かりが取れた。そうだ、あれだ……!

『あたしこれ集めてるんだよねー』

 プラッケ山でマキンリアがそう言っていたのだ。その時のアイテムだったのか。

 春太は毛玉をまじまじと見てみる。

 鮮やかなグラデーションがかかっていて綺麗だ。これが民族衣装になるのか。なるほどね。

 などと感心している内に、ある考えに思い至る。

 マキンリアは、これを集めていると言ったのだ。

 民族衣装の材料である、このアイテムを。

 彼女の秘めた思いが伝わってきた。

 みんなの前では言えず、明るく振る舞うだけで。

 素直にオルカおばさんにも甘えられず、未練だけ温めて。

 春太は難しい顔をして下を向く。


 複雑なのだ。彼女は単純明快ではない、それはあくまで一面に過ぎなかったのだ。誰だって色んな顔を持っているのだ。俺だって親の前では良い子を演じている。何だか心配されたくなくて、ネガティヴ情報は伝えていない。『ペットとばかり遊んでいるが、友達とは遊ばないのか?』と父さんに訊かれて、友達をでっちあげて遊びに行ったこともある。本当は隣町を一人でぶらついてきただけだ。


 春太は顔を上げると、店主に尋ねた。

「民族衣装に必要な数は幾つですか?」

 もちろんさわやかグラデーションの糸のことだ。

「20個だよ。ただ、高度な織物スキルを持っている職人に頼まないといけないから依頼料もかかるだろう」

「20個+お金ですね、分かりました。とりあえずさわやかグラデーションの糸は売るのをやめておきます」

 店主は目をぱちぱちさせた。

「それは構わないが……20個集めるのはかなり大変だよ?」

 だが春太に迷いはない。

 既に意思は固まっている。


「どんな道のりも、最初の一歩から始まります」


 そう言ってからセリーナを振り返る。どう?

 セリーナは珍しく目をキラキラさせていた。これは好印象。つまらなそうにしていないぞ。

 店主が毛玉を差し出し、春太はしっかりと受け取った。


 今日の成果

 2550コロン

 さわやかグラデーションの糸1個は保持


 まごころ商人を出て大通りを歩く。

 人が多いのでチーちゃんは春太が抱っこし、プーミンはセリーナの背中に乗っていた。

 沢山の冒険者が今日の成果を話しながら喧騒を形成している。

 上々の収穫だったと話す狼男もいれば、狙ったレアアイテムが今日も出なかったと嘆く人間の女性の姿もある。

 明暗がはっきり分かれているようだ。

 だが、それらを全部ひっくるめても活気があった。

 春太は、この街に来て良かったと思った。

 この大通りの続く先には、希望がある気がした。

 そんな街の空気に取り残されたようなオーラを見せる女の子の背中が見える。

 赤茶の髪で、すぐに分かった。

 春太は人混みを掻き分け、トボトボ歩く赤茶髪の女の子を追いかける。

「マッキー!」

 声をかけると、女の子が振り向いた。

 それまで肩を落としていたのに、彼女は瞬時に切り替えて元気いっぱいの顔を見せた。

「シュンたん! 今帰り? 今日はどこ行ってきたの?」

 春太は一瞬、言葉に詰まる。これだ、この笑顔に騙されたんだ。無邪気で無垢で、人生を謳歌しているようにしか見えない、この笑顔に。

 いつもの調子で話してしまいそうになるのを堪え、大食い袋から毛玉を取り出す。

 それを差し出した。

「これ、あげるよ」

 マキンリアの方は目を丸くした。

 一瞬だけ、笑顔の向こう側に届いた気がした。

 だがそれも一瞬のことだ。

 すぐにマキンリアは完璧な笑顔に戻り、焦ったように手を振る。

「え? いや、いいっていいって! 受け取れないよこんなレアなアイテム!」

「でも、プラッケ山では集めてるって言ってたじゃないか」

「それはそうだけど……どうしてもってわけじゃないんだよ!」

 春太の心が締め付けられる。嘘だ。どうしても欲しいやつじゃないか……!

「プラッケ山では受け取ったじゃないか」

「あの時は一緒に戦ったからっていうのがあったからさ……タダでもらうわけにはいかないよ」

「俺は別に良いと思うよ。もらえるものはもらっとけってよく言うじゃないか」

「あたしはタダより高いものは無いと思うなあ。本っ当に気にしなくていいから! それにシュンたんもここに来たばかりで生活費が必要でしょ?」

 彼女は頑なに拒否した。

 それが春太の頭を加熱させる。頼むから受け取ってくれよ! 素直になってくれ! 何で拒否るんだよ!

「俺はそれなりにやっていけるから大丈夫だって! これ、数が必要なんだろ? 足しにしてくれよ!」

 その言葉がいけなかったのか、押しが強すぎたのがいけなかったのか。

 マキンリアは泣き笑いの顔になってしまった。

「本当に……いいから……」

 春太は冷水を浴びせられたような気持ちになった。

 ハッと我に返った。

 背中を嫌な汗が流れ始める。

 昔のことを思い出してしまった。


『俺に施しをしようってのか!』

 教室で、みんなの見ている前で言われた言葉。

 中学一年の時だ。席が前後だったことで友達になったそいつとは同じゲームに熱中して攻略状況を語り合ったり、ゲームセンターに行ったりしていた。でもある日を境に付き合いが悪くなった。家庭の事情が激変したというのは後で知ったことで、当時の俺は知りもしなかった。何度か誘えばついて来るのだが、お金を使うとなると踏みとどまってしまう。節約していると言うので俺がちょっとくらい出すから良いよなんて言っていた。だがそれすらも次第に拒否されるようになり、最後は例のセリフだった……

 トラウマだ。自分が何かとんでもない勘違いをしていたんじゃないかと思うようになった。人が怖くなった。


 春太の手は震え、それ以上進めなくなる。

 ここから先は茨の壁だ。

 どんな痛みが待っているか分からない。

 心臓がバクバク動き、呼吸が乱れる。

 友達のセリフの再現だけは嫌だ。

 やがて諦めてその手を引っ込め、毛玉を大食い袋に仕舞ってしまう。

 チーちゃんが腕の中で何度も春太とマキンリアを見比べていた。

 よく分からないけど気まずい雰囲気だというのは察したのだろう。


 春太は無理やりに笑顔を作った。

 悲しさや辛さや怒りや恐怖を押し殺して。

「今何個まで集まったの?」

「13個だよ」

 マキンリアも毛玉が仕舞われたことでやや調子を取り戻したようだった。

 春太は笑顔の裏で思う。なぜ、ままならないのだろう。

 彼女が素直になれたなら、苦労しないのに。

 ……いや、違うのか。

 そんな簡単に素直になれるなら、苦労しないのだ。俺自身がそうであるように。他人から見たらああすればいいじゃん、こうすればいいじゃんという簡単なことなのかもしれない。でも、どうにもならないのだ。論理とは違う何かが頭の中で働いてしまうのだ。

 マキンリアも同じことを思っているんじゃないだろうか。

 人の厚意を拒否しつつも、そんな自分にどうにもならないモヤモヤを感じて。


 グキュルルル……


 こんな空気を両断するようにマキンリアの腹が鳴る。

 春太は呆れてしまい、色々な気持ちが霧散してしまった。どうしてこの流れでお腹が空くの?

 マキンリアは照れ隠しのように後頭部に手を当ててはにかんだ。

「とにかく食べよっか! 食べれば全て解決する気がするよ!」

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