第20話 俺を溺れさせるこの娘達は、罪深い

 狩場の難易度には相応の理由がある。

 セマレンク湖周辺は、モンスターの強さはプラッケ山とそこまで変わらない。

 しかしモンスターが集団で襲い掛かってくることが多かった。

 春太はレベルアップのため狩りを続けたが、最初の一戦の時と一緒で、何度も敵に囲まれた。

 一匹を倒すと周辺にポコポコとモンスターが出現するのである。

 春太一人で来ていたらあっという間に死亡していただろう。


 一日かけてレベル上げをし、春太は更にレベルが2上がった。


 春太のステータス

 レベル:7 種族:ヒューマン

 攻撃力:48 防御力:37 素早さ:44 魔力:35

 HP:58 MP:58

 スキル:曲射、強撃

 装備:ラトリエの弓、ミルスブーツ、トレンサー弓用手袋


 しかし……と、春太はセリーナ達を見る。

 彼女達は全くレベルが上がる気配が無い。

 この辺のザコモンスターでは全然上がらないようだ。

 早くこの子たちに合った狩場を見付けてやらねばならない。

「俺、君達に似合う男になるから。だからそれまで待っててね」

 ドラマ風に春太が声をかけると、チーちゃんとプーミンはテンションが上がったようだった。

 セリーナだけはよそ見をしていた。


 明日はまた更に上の狩場に行こう、そう思って春太は近くの人に声をかけた。

 相手はそれなりにベテランそうな冒険者の男性だ。

 大学生くらいで、エラの張ったいかつい顔だった。

「セマレンク湖より上の狩場が知りたい? セーネル周辺だと他には【デラゼリオン遺跡】しかないな。でもあそこはここより全然難しいところで、みんなかなりレベル上げてからパーティー組んで行ってるよ」

「そんなに難しいんですか?」

 春太が尋ねると、いかつい顔の男性は質問で返してくる。

「君のレベルは?」

「7です」

「いやムリムリムリ、ムリだろ?! というか7って……ここだってムリだろ?!」

 レベルを聞いて明らかに男性は狼狽したようだった。

 男性の言うことはもっともだった。

 単独で来ていれば春太はすごすごと退散していただろう。

 だが、特別な仲間たちがいるのだ。

 春太は貴族のように華麗にペット達を紹介した。

「大丈夫。俺は弱いですが、彼女達が強いので」

 それからペット達に向かって「ねー」とデレデレした顔をした。

 濃厚なペット愛を見せつけられた男性は唖然として乾いた笑いを漏らした。

「ハハ、溺愛してるんだねえ」

 春太は人差し指を額に当て、キザな微笑を浮かべながら言った。


「溺愛……? ええ、そうです。愛に溺れています。俺を溺れさせるこの娘達は、罪深い……」


 男性は一瞬固まった後、春太の本気度にあてられたのかハイになってしまった。

「何か凄くキザなこと言ってるけど怒る気がしねえ……?! むしろカッコイイ……! 君、カッコイイよ……!」

 そこには畏敬の念すらあった。

 何かを超越した春太の情熱が、ジャンルや共感などの垣根を超えて『なんか分からないけどスゴイ!』として伝わったのだろう。

「……俺、恋してるんで」

 春太は歯を光らせて微笑んだ。

 そうしていると、付近で発光現象が起こった。

「やばいぞ、ボスだ! 逃げろ!」

 男性が促すと春太は首を振る。

「あ、どうぞ。俺は残るんでいいですよ」

「なに言ってるんだ! 死ぬ気か?!」

「いや、倒そうかと。この子達の散歩のついでなんで」

 すると男性は信じられないといった表情をした。

「散歩?! 装備や戦術まで練りに練ってやってきている本気のパーティーまでいるのに、散歩?! ……本気か?」

 きっと誰しもがこういう反応をするのだろう。それは当たり前だ。誰も俺のペットの強さを知らない。だが俺はこの子達の強さに絶対の信頼を置いている。

 春太は禍々しい霧と共に現れたボスモンスターの姿を確認した。


 歩く植物の巨大化版のようにも見えるが、大木がまるまる一本人型になったみたいだった。

 頭の上には枝葉が広がり逆立った頭髪みたいになっている。

 腕や足には芯に黄色く発光するクリスタルが通っていて、それに枝やツタが巻き付いて覆っている。

 動く度に硬質なきしみ音を上げ。

 かなりの重量があるのか、歩く毎にズシンズシン音を響かせていた。

 子分モンスターは歩く植物や、空中には赤く光る球、青く光る球などが群れを成していた。


「あれはエレメンタルツリー『バオリン』だ。ダンルガーなんかと違って猛烈な強さだぞ。おとなしくボス狩りに来ているパーティーを探して救援してもらった方が良い」

 男性が諭すように言ったが、春太にとってはさして問題にはならない。

「そうなんですか? どれくらい強いんだろうなー」

 そんなことを言っていると、バオリンがきしみ音を響かせ両手を胸の前で組み始めた。

 組んだ手の辺りに黄色の輝きが発生。

 何かのスキルを使ったようだった。

 何も無かった空中に沢山の丸太が出現、それが周囲に火山弾のように飛んでいく。

 幾つかの丸太が回転しながら春太達の方に向かってくる。

 その一つが春太の隣にいた男性冒険者を直撃。

「ぶっ!」

 男性は短い悲鳴を残し、弾き飛ばされていった。

 ダメージは195だった。

 男性は動かなくなり、瞬時にその体がクリスタルに覆われた。


「あぶなっ!」

 春太は今頃になって頭を低くする。

 明らかに反応が遅れているが、通常はこういうものだ。咄嗟に反応できるような超人スキルなどない。

 倒れた男性を見て、確信する。確かにバオリンは強いようだ。これではとても近付けるようには思えない。ダメージはダンルガーの方が高かった気がするけど……いや、俺の防御力だと195ダメージじゃ済まないんだろうな。レベルも防具もこの人とは違うだろうし。

 バオリンは咆哮も上げず、硬いきしみ音だけを発散しながら歩き始めた。

 子分モンスター達もそれにつられて移動を開始。

 うかうかしてはいられない。このままでは丸太が飛んでくるだけで死亡してしまう。

 春太は頭を低くしたまま愛犬に頼み込んだ。

「セリーナ姉さんお願いしやす! ちゃちゃっとやっちゃって下さい!」

 するとセリーナは軽い歩調でバオリンに向かって走り出す。

 揺れる純白の毛が神々しく光る。

 軽く走るだけなのになぜこうも優雅なのか。

 きっと人化したら、高貴で絶世の美女なのだろう。

 バオリンはまたスキルを使った。

 丸太が次々飛んでくる。

 セリーナに直撃するコースの丸太もあった。

 しかし直撃する寸前、セリーナの走りが変わる。

 急にトップスピードになった彼女は丸太が落ちてくる前にその下を潜り抜けていた。

 あまりの速度差に、見ている方は一瞬見失ったほどだった。

 頭から背中、尻尾の先まで流線形の美しい走行フォーム。

 更に不規則にジグザグの進路を描き、降り注ぐ丸太を完全に避けていく。

 避ける度にセリーナの頭上には『ミス!』の文字が発生。

 子分モンスターが一斉に襲い掛かる。

 セリーナはその群れに突撃していく。

 歩く植物の手が何本も伸びてきてセリーナを捕まえようとする。

 だがセリーナはフェイントを交えながらそれら全てをかわしていった。

 彼女にかかれば攻撃の嵐もアーチを潜り抜けるようなものだ。

 赤い球が炎の弾を撃ってきたり青い球が氷の弾を撃ってきたりするが、それらも当たらない。

 かすりもしない。

『ミス!』『ミス!』『ミス!』『ミス!』『ミス!』『ミス!』『ミス!』『ミス!』

 全てを置き去りにし、無数の『ミス!』の吹き出しだけが敵の攻撃の残滓としてついてくる。

 高嶺の花には手が届かない……彼女はそれを体現したかのようだった。

 そんな純白の花も、バオリンの手に遂に捕まってしまう。

 バオリンの手は大きく、そして見た目に反して機敏だった。

 だがセリーナの姿はふっと空気に溶けていく。

 消えた。

 残像だったのだ。

 バオリンは左右を見回す。

 春太もセリーナの姿を捜す。

 するとバオリンはいきなりエビぞりになった。

 その頭上には『4623』の文字が躍る。

 セリーナの姿は、バオリンの背中に突き刺さる形で見付かった。

 彼女は残像だけを残し、バオリンの背後に回っていたのだ。

 恐るべき俊足。

 バオリンが反撃しようと振り向きざまに腕を振るうが、セリーナの再度のタックルを受けると動きを止めた。

 4325のダメージが出る。

 バオリンはバンザイした格好でゆっくり倒れていった。

 セリーナは涼しい顔でそれを見届けた。


 ただの一撃も受けることなく。

 そして一方的に。

 セリーナの戦い方はまさに独り舞台だった。

 ただただ華麗で。

 圧倒する力強さで。

 片時も目が離せない、純白の演舞。

 白装束の巫女が孤高に踊るのだ。


 子分モンスター達はどうしていいか分からず右往左往だ。

 チーちゃんとプーミンの魔法でそれらを片付けた。

 春太は頭を低くしていた体勢のまま不敵な笑みを浮かべた。

「バオリンも所詮は俺達を満足させてくれる相手ではなかったようだな」

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