第18話 間食を抜いちゃったから

 着々と弁当が作られていくのに従い、おいしそうなにおいが強くなっていく。

 人間でさえそう感じるのだから、においに敏感なペットはなおさらだ。

 チーちゃんが居ても立っても居られない状態になり駆け出そうとする。

 それをセリーナが首根っこを咥えて止めていた。

 子猫みたいに宙に浮いたチーちゃんはたまらなく愛くるしかった。


 春太はせっかくマキンリアのクラスメイトが集まっているので、収穫祭についても訊いてみることにした。

「マッキーは収穫祭に出ないって言っているみたいだけど……」

 マキンリアが祭に出ないことについて、みんなはどう考えているのか。

 家庭の事情が絡んでいる敏感な問題かもしれないため、表面をなぞるように慎重に。

 ともすればテーブルの雰囲気は一気に沈んでしまうかもしれない。

 だが、そんな春太の心配をよそにみんなの表情が曇ることはなかった。

「そういえばあいつ、去年も祭に出てなかったな」

 シーダスが頭の後ろで手を組みながら言うと、ノールトもそうだな、と続く。

「冒険に行きたいから出ないと言ってたな。みんながいない時は効率よく稼げるからチャンスなんだ、と」

「マッキーは冒険大好きだからね。ウチなんて家業を継げって言われて殆ど冒険行けない。あー冒険者って憧れちゃうな~」

 テンリンもそう語った。

 特にみんなはマキンリアを心配している風ではなかった。

 春太は相槌を打ちながら考える。やっぱり単に冒険好きなんじゃないだろうか。マッキー自身も冒険好きを公言しているし、本当に収穫祭より優先順位が高いのかもしれない。オルカおばさんは心配し過ぎなんじゃないのか? 本当に祭に出たけりゃオルカおばさんが民族衣装を買ってくれるという申し出も受けるはずだ。

 マキンリアは、接してみた感じでははっきりと意思表示するタイプだ。変に遠慮しているということもないだろう。


 話している内に弁当が出来上がり、コーニーがカウンターに戻って来た。

「はい、お待ちどおさま! サービスで大盛りにしておいたから」

 カウンターに置かれた弁当は出来立ての温かさを漂わせ、ボリュームもあるのが膨らみですぐに分かった。

「本当にサービスしてくれたんだ。ありがとう」

 春太はここで敬語をやめた。

 クラスメイトとして紹介された以上、敬語を使う必要はない。

 代金は思ったよりも安かった。

 デラックス弁当が80コロン×2=160コロン。

 おにぎり弁当は60コロンだ。

 昨日のマイオークラッケ定食は90コロンくらいだった。

 一食にかかる値段は大体70~80といったところなのだろう。

 生活をする上で必要な額はいくらだろうか。

 一日三食とすると、210~240。

 一週間だとその7倍で1470~1680。

 一カ月を30日として計算すると6300~7200。

 こうして考えてみると、昨日の買取屋で売った分だけで一カ月の食費くらい稼いでしまったことになる。

 食品の物価が全体的に安いのかもしれない。

 そんな計算をしていると、コーニーがちょっと歯切れの悪い感じで口を開いた。

「マッキーは本当に冒険行きたいだけなのかな……」

「え?」

 春太は油断していたので思わず聞き返す。

「マッキーは明るいけど、明るい人に限ってムリしていることもあるからね」

 コーニーも根拠があるわけではなさそうで、それ以上は言わなかった。

「うー……ん、そうなのかなあ?」

 曖昧に春太は頷くしかできない。あまりムリしているようには見えないけど。

 春太が首をひねっていると、テーブルの方から声がかかった。

「それ、どこで手に入れたんだ?」

 声をかけてきたのはシーダスだ。

 彼はプーミンを指差して言っていた。

 正確には、プーミンの首飾りを、だ。

 この首飾りをもらった時のことを思い出しながら春太は答える。

「ああ、それはセーネリンガ森でもらったやつだよ。女の子を助けたらなんか知らないけど、くれた」

 形は悪いが、手で編んだやつだ。

「へえ……」

 シーダスは眉をひそめて考える素振りをしていた。

 彼には裁縫スキルがあるとテンリンが紹介していたので、手編みの物が気になるのだろうか。


 春太とセリーナ達は弁当屋を出ると大通りを歩いた。

 改めて見てみると、街のあちこちに飾り付けがされている。

 通りには等間隔で三角コーンの形をした置物が並び、それらには動物や人や木など様々な形に切り取られた葉っぱが括り付けられている。

 店を構えている建物では店先に稲穂のオブジェを出しているところもある。

 それから『収穫祭セール』と祭に便乗した商売も盛んにおこなわれていた。


 お祭りムードがしっかり出来上がっている。

 収穫祭というだけあって農業がテーマになっているようだ。

 現状は農業よりも観光で栄えているとか、国としては豚に力を入れているとか、そうした実状と合っていないところはある。

 しかしそれも伝統を感じさせるものだ。

 いつまでも町は同じ形を保っているわけではない。

 少しずつ、着実に、変わっていくのだ。

 そして昔という単語は伝統という単語に変わっていく。


 伝統行事は昔の断片に触れることができる。

 服屋の店先に飾られている民族衣装はまさに昔の断片に直接触れられる物だ。

 こうした民族衣装を纏い、祭の当日にみんなは街に繰り出すのか。

 冒険が好きだから祭に出ない……マキンリアはクラスメイトにもそう言っていたようだ。

 案外それだけなのかもしれない。参加は本人の自由だし、人混みが苦手な人もいる。元いた世界のクラスメイトでは『人酔いするから人の集まる所は行けない』と言っていた者もいるほどだ。それに俺もペットが優先だから学校行事には消極的な姿勢だったし。みんなが楽しんでいるといっても万人が楽しんでいるわけじゃあないってのはこの世の真理だよね。


 春太が通りを挟んだ服屋に視線を向けていると、意外な人物を見付けてしまった。

 通りを挟んだ反対側にいるのでやや遠いが、間違いない、マキンリアだ。

 道を行き交う人々の背景になっていて、なかなか気付けなかった。

 マキンリアは服屋の店先に並んだ民族衣装を眺め、佇んでいる。

 ここからでは表情までは分からない。

 でも、表情を見なくたって分かってしまった。

 彼女は民族衣装の触り心地を確かめたり、それから肩を落としたりしている。

 そこへオルカおばさんが通りがかった。

 オルカおばさんは大きな手振りを交え何かを語りかける。

 マキンリアはぎょっとした様子で首を横に振る。

『やっぱり買ってあげるから、祭に出よう、せっかくなんだから』『本当にただ見てただけだから! 欲しくないよ、大丈夫!』……そんなやりとりが容易に想像できた。

 春太はいたたまれない気持ちになった。やっぱり、衣装が欲しいんじゃないか……

 オルカおばさんの優しさとマキンリアの遠慮がはっきり伝わってきて、胸を打つ。

 オルカおばさんがマキンリアの背中に手を当て服屋の中に入ろうと誘う。

 しかしマキンリアは頑なに断り、焦った様子で手を振って逃げ出した。

 オルカおばさんはため息をついた後、しょんぼりとしてしまっていた。


 まずいところを見ちゃったなあと春太が思っていると、何の因果かマキンリアは道路を横断し、春太の方へ逃げてきた。

 マキンリアは寂しそうな顔をしていた。

 求めるものを諦め、感情を奥底に押し込めて、でもたまに押し込めたものが浮上してきて、とは言え、どうにもならないことに溜息をつくような。

 今まで見たことのない顔だ。

 彼女は周りが見えていないようで、春太の目の前まで来てようやく春太の存在に気付いたようだった。

「あっ……!」

 驚いた顔。

 そして彼女は一瞬で状況を理解したようだった。

 春太がまだ何も聞いていないのに弁明を始めてしまう。

「あの、あれはただ見てただけだから! 全然心配しなくていいよ!」

 これに対し春太は何も言葉が出てこない。そんな泣き笑いの顔で言われても……

 精一杯明るく振る舞おうとしているのが痛々しかった。

 オルカおばさんに事情を聞いた時に理解しておくべきだった。完全にこの娘のことを見誤っていた。ついさっきもコーニーが言ってたじゃないか。

『マッキーは明るいけど、明るい人に限ってムリしていることもあるからね』

 表向きは底抜けに明るくて、冒険好きをアピールして。

 みんなもそれを認めて、「あの子は祭より冒険好きだから」と、仕方ないなあみたいに言っていて……マキンリアも「うんそうだよ!」なんて言っているのだろう。

 でも、一人の時、祭の象徴である民族衣装を見ては肩を落としていたんだ。

 コーニー達と一緒に民族衣装を着て祭に繰り出すのを夢見ながら。

 みんなが当たり前に享受している祭を、我慢して。


 春太は見抜けなかった自分に腹が立った。俺が馬鹿だった。何が『冒険が好きだから祭に出ない、案外それだけかもしれない』だ。すっかり騙された。

 自分が思っていたより彼女はもっと奥深く、複雑だったのだ。

 明るくて無邪気という表面しか見ていなかった。でもそんな単純なわけはないんだ。

 何か言葉をかけてあげなければ。

 でも言葉が出てこない。

 この切ない気持ちを伝えてあげたいが、うまく表現ができないし、伝えることができても拒絶されるかもしれない。


 グキュウウウゥー……


 マキンリアの腹が鳴った。

 悲しい空気とか、もどかしさとか、色々と台無しになった。

 彼女はバツが悪そうな顔で赤面すると、言った。

「うう、間食を抜いちゃったから……」

 そうしてお腹を押さえて走っていった。

 食事を抜いたのでなく間食を抜いてお腹が空くっていったい……

 つくづく謎な腹減り娘だった。

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