第17話 愛は、お金で買えるのだろうか?
翌日。
ぽかぽか亭のベッドで春太が目を覚ますと、視界いっぱいに何かの塊があった。
塊にはセピア色の体毛がびっしりと生え揃っていて、ゆっくり膨張と収縮を繰り返している。
春太はセピア色の塊・プーミンを抱き寄せ、頬ずりした。
温かくて、体毛の感触が頬を撫でていく。最高に心地良い。
プーミンは寝顔のまま前足をぴくぴくと動かした。
「クッ萌えるぜ……」
春太はハートをがっちりと掴まれた。
ベッド下でカリカリ音が聴こえてくる。
それはチーちゃんがベッドを上ろうとして上れないというものだった。
チーちゃんは春太に気付いてもらえたと見るや大きな目をウルウルさせて喜んだ。
セリーナはいつものカゴでゆったり寝そべっていた。今日も神々しいお姿だ……
ある程度うだうだした後、ぽかぽか亭を出発。
今日はプラッケ山よりワンランク上の狩場を目指す。
まずは町にいる間に弁当屋に寄った。
マキンリアに教えてもらった安い弁当屋【モルチェッロ】。
『店番にあたしの名前を出せばサービスしてくれるハズだよ!』とのこと。
モルチェッロ店内は正面にカウンター、両脇にはテーブルセットというシンプルなものだった。
テーブルセットの一つには春太と同年代と思しき子供達がいて、その中には買取屋の娘であるテンリンの顔もあった。
カウンターにいる店主も同じくらいの子供であるが、娘が店番をしている、といった風に見える。
セリーナ達は入り口の辺りで待機させたが、チーちゃんとプーミンはいいにおいがするからかそわそわしていた。
「あのーマキンリアに紹介されて来たんですけど」
春太は頭を掻きながらカウンターの娘に話しかけた。なんかサービスを期待してますよって空気を出して話しかけるのも何だかなぁという気がするんだよね。でも紹介された以上名前は出した方が良いんじゃないかっていう。微妙だ。
カウンターの娘は片方のサイドをおさげにしていて、眼鏡を掛けている。
そしておとなしそうな雰囲気だ。
このおさげの娘は奇妙な反応をした。
「ああ、マッキーの知り合いなの? へえ~あの子がウチの宣伝してくれるなんて嬉しいなあ! でも、マッキーが紹介したとしたら、フフッ……もしかして、ウチが沢山サービスしてくれるって言ったんじゃない?」
途中からクスクスと笑い混じりになってしまっている。どうしたのだろうか。
「そんなところですけど」
そうしたら、おさげの娘は眉をハの字にして説明した。
「ごめんね笑っちゃって。あの子は食いしん坊だからサービスしてるの」
春太は目を点にした。なんだ、そういうことか。
テーブルの方からも声が上がった。
「そうだよなあ」
これを言ったのはやる気のなさそうな目をした男子。
「みんなにマッキーと同じくらいサービスしてたらやっていけないよね」
テンリンがそう言って。
「まあ、残念だがサービスは期待しない方が良い」
黒い短髪で溌溂な顔の男子がそう続いた。
何だかサービス目当てでやって来たようにみんなには映っているらしく、春太は違うんだけどなあと思った。流されてとりあえずやってきたけど周囲にはガツガツしているように見られるのって、ちょっと微妙だよな。かといってわざわざ頑張って説明するほどのことでもないし、まあいいか、好きに思わせておけば。
「てきとうで良いですよ。とりあえず冒険用におにぎり弁当下さい。あ、あとペット用にもデラックス弁当を二つお願いします」
春太が注文すると、カウンターの娘が聞き返してきた。
「え? えー……ペット用にデラックス弁当二つ、ですか?」
「はい。セリーナ……あの大型犬ですが、彼女なら一つ食べられます。でも残りの小さい子達は一人では食べきれないので、二人で一つにします。だから合計二つで良いんです」
「あ、いえ……そこではなくて、人間が安いおにぎり弁当の方で良いのかな、と、そこが気になったので……」
カウンターの娘が気になったのは金額の配分のようだ。
春太は『分かってないなあ』というやれやれとしたポーズをとった。フッ……ここは教えてやらねばなるまい。人間より高いものをペットが食べても良いのだということを、な。
深遠な哲学を語るように春太は言った。
「愛は、お金で買えるのだろうか?」
「え? え?! ていうか何で疑問形?!」
カウンターの娘は不気味そうに驚いた。俺自身も何で疑問形にしてしまったのか驚きだ。口を開く直前までは「彼女達のハートを買うためです」と言おうと思ったのだが、それを言う段階になって「果たして買えるのだろうか?」と疑問に思ったのだ。それがミックスされておかしなことになった。そりゃカウンターの娘は聞かれても困るよな。
「いえね、彼女達のハートを買えるのなら、俺はいくら積んでも構わないと思っているんです。でも、愛はお金では買えないと巷ではよく言われているじゃないですか」
「……おにぎり弁当一つとデラックス弁当二つですね」
カウンターの娘は逃げるように奥へ行き、弁当を作り始めた。ありゃ、シカトされちゃったよ。変な人だと思われたかな?
振り返ると、セリーナの涼しい顔が『やれやれ』と言っているように見えた。
テンリンに呼ばれて、春太はテーブルに加わった。
「シュンたんにみんなを紹介しなくちゃね。まずこのやる気のなさそうな目をした男子がシーダス。捻くれた性格だから捻くれシーダスって覚えれば良いよ」
「ちげーよ」
シーダスと呼ばれた男子は面倒くさそうに否定した。
「じゃあマザコンだからマザコンシーダスって覚えてもらいたいの?」
「ちげーし! 俺の家は服屋だから服屋のシーダスって覚えておいてくれ」
テンリンの紹介が不服のようでシーダスは自分の家のことを挙げた。
「そうね、あんた縫製スキル持っててキモいくらい女子力高いもんね」
「お前が女子力低いだけだっつーの」
「うわー腹立つー!」
「意趣返しって言葉知ってるか?」
テーブルはかなり賑やかだった。テンリンは随分シーダスのことを弄っているが、これは好意が隠れているのだろうか。好きなほどちょっかい出したくなるみたいな。実際はどうなんだろうね。シーダスは言葉や態度から、確かにちょっと捻くれは入っているかもしれない。
それからテンリンは次の人を紹介する。
「こっちの黒い短髪の男子はノールト。脳筋ノールトって覚えればいいよ。悩みの無さそうな顔してるでしょ?」
「おいおいテンリン、酷い紹介だな。ウチは親父もお袋も冒険者で、俺も冒険者だ。狩場で会うかもしれないが、その時はよろしく」
ノールトも毒のある紹介をされてしまったが、彼はさらっと受け流した。天性の明るさを感じる。きっと細かいことは気にしない性格なのだろう。
テンリンはテーブルの面々を紹介し終わるとカウンターに手を向けた。
「最後に、今お弁当作ってるのがコーニー。この店の娘よ。ちょっと恥ずかしがり屋ね。ウチは昨日紹介済だけど、テンリン」
「仕切りたがりのテンリンって覚えれば良い」
横からシーダスが茶々を入れるとテンリンはムッとした。
「なにそれ、ウチのどこが仕切りたがりだっつーの」
「いや、割と仕切りたがりだぞ?」
ノールトが真面目にそう言うとシーダスが味方を得たとばかりに得意顔になり、テンリンはぐぬぬとうめいた。
確かにテンリンは仕切り屋の気質があるんじゃないかな、と春太も思ったが口には出さなかった。口は禍の元という。
どうやらここに集まっているメンバーはマキンリアのクラスメイトのようだった。
みんなから見てマキンリアの人物像は共通して『食いしん坊』だそうだ。
彼女は学校で早弁しているらしい。
しかも休憩時間毎に。
それでいて給食もしっかり食べるものだから周囲からは非常に注目されていた。
明らかに食べ過ぎだ。何でそんなに食べるのだろうか。
理由については誰に聞いても首を横に振るだけだった。
春太にした説明と大差ないことを言ってはぐらかしているらしい。
謎の腹減り少女である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます