第16話 世界の名物があたしを呼んでいる
春太とマキンリアは街の大通りを歩いていた。
その周りをセリーナ達が歩き、マキンリアの後をパタパタついていくはんぺんを興味深そうに見上げていた。
下手をするとプーミンがはんぺんを捕獲してしまいそうなのが微妙に怖い。
セーネルの街はざっくりで言えば正方形で、十字に大通りが走っている。
そして大通りの交差点となる街の中心には広場があった。
夜になった大通りは飲み屋や食堂を探す冒険者達でごった返していて、中心広場が見えてくるとお祭りみたいになっていた。
『今日は稼いだから呑むぞー!』『露店見て行こうよ!』『焼き鳥いかがっすかー!』『アースソード安く売りますよー』
中心広場は人の流れの脇にびっしりと露店が並んでいる。
それは食べ物だけでなく、個人の不用品を並べている店や回復薬などを売っている所もあった。
蚤の市と言って良いだろう。
春太は昨日は中心広場を避けて帰ったのだが、この熱気は凄いと思った。
「毎日こんなに盛り上がってるの?」
「冒険から帰ってきた人達が露店を開く時間なんだよ。装備を買い替えたから古い方を売りたいとか、冒険でレアな装備品をゲットしたから売りたいとか。買取屋に売るより個人取引の方が高く売れるから、みんな僅かな時間でも頑張って売るんだよね」
マキンリアが広場の賑わいを説明する。
春太はなるほど、と思った。
MMORPGでも見たことのある光景だ。大きな街の中心では常に露店が立ち並んでいた。
ただ、ゲームの方では『露店放置』と言って露店を出店したらプレイヤーはご飯を食べに行ったり遊びに行ったりと席を離れて放置するのが普通だった。帰ってきたら『お、売れてる』とか『売れないから値段下げるか』とか一喜一憂していたな。実際だとお店を離れるわけにいかないから大変だ。
「焼き鳥のにおいとかしてくると、お腹が空くな」
ごった返す広場を歩きながら春太が言うと、マキンリアも同意した。
「あたしもお腹空いたー」
「え?」
狩場から帰る前におにぎり食べてきたのに、と春太は疑問に思ったが、マキンリアはそれをスルー。
「せっかくこの街に来たのなら、この街の名物を食べなきゃ! 『マイオークラッケ』食べに行こう!」
名物と言われると興味が湧いてくる。
そうして春太はマキンリアに連れられ、広場から出て大通りにある大衆食堂【ラチャラチャ】に入った。
「ハイいらっしゃいませー! 空いているお席へどうぞー!」
笑顔の店員が配膳をしながら迎えてくれる。
店内はちょっと広い飲み屋といった感じで、四人掛けのテーブルや奥に大人数用のお座敷があった。
これから乾杯する三人組の冒険者や既にできあがってしまっている商人風の人達、お酒抜きで食事を楽しむ家族連れなどガヤガヤした空気で満たされている。
そんなガヤガヤをBGMに春太とマキンリアはテーブルに着いた。
セリーナ達はテーブルの下へ、はんぺんはマキンリアの肩へ落ち着く。
テーブルは木製で、日曜大工よりも大雑把で形が整っていない。
しかし焼しめた色合いは味が出ていた。
春太は分からないのでマキンリアに注文を任せた。
マキンリアは喜々としてメニュー片手に注文をした。
といっても、定食である。
迷う必要も無かったらしい。
厨房はテーブルからも見えるようになっていて、湯気が立ち上っていた。
「お待たせしましたーマイオークラッケ定食でーす!」
旅館の仲居さん風の制服を纏った女性店員が盆を運んでくる。
春太の目に飛び込んできたのは小籠包に出てきそうなプルンとした球体。
この球体四つとキャベツと思しき野菜が乗っているのが一番大きな皿。
それからご飯と汁物と小鉢。
まさに定食だった。異世界だと子供でもビールを飲んだりするのだろうかと気になったが、幸いというか生憎というかマキンリアは頼まなかった。他のテーブルを見てみても、俺達と変わらないくらいの冒険者達は酒を頼んでいないようだ。
そして店の入口に近いほどそうした層が多く、店の奥へ行くほどどんちゃん騒ぎしている年配の冒険者が目立った。何もしなくてもそうした住み分けが自然と生まれるのだろうか。
マキンリアはワクワクした様子でプルンとした球体を指し示した。
「これがマイオークラッケだよ! 食べてみて!」
テーブルには箸を大量に収めた筒が置いてあり、春太はそこから一膳分の箸を取った。
町の名物を食す、それは旅行の醍醐味である。
さてどんな味がするのだろうか。球体には何が入っているのか。まさか球体なのに最後まで何も入っていない、なんてことはないだろう。
まだほのかに湯気を漂わせる球体を掴み、口へ運んだ。
歯に触れると、見た目通りプルンとした触感を捉える。
門を閉めるように噛むと、ジュワッと熱くて旨いトロトロが舌の上を滑っていく。
肉系の旨みが口内を撫で回し、味覚をぎゅっと掴んだ。
「んんっ!」
春太は声を漏らし、熱い、旨い、という二つを噛み締めていく。
ほのかにソバの香りがして、生地のクセの無い味が肉を引き立てるのに最適だ。
肉の方は厚切りで噛み応えがあり、噛むごとに凝縮された旨みが飛び出てくる。
春太はライバルに賛辞を贈るかのように言った。
「なかなかやるじゃねえか……!」
「ね、そうでしょ!」
マキンリアは自分が褒められたかのように嬉しそうにし、自分の分を食べ始めた。
彼女の食いっぷりは見事で、プラッケ山でおにぎりを二回も食べてきたのにガツガツと定食を口に放り込んでいく。
「…………本当に食いしん坊なんだね」
感心と呆れの半々といった感じで春太が言うと、マキンリアは使命感を帯びた表情で言った。
「世界の名物があたしを呼んでいる。それらの名物を迎えに行くため、あたしのお腹は空いているの」
「凄く重要そうに言ってるけど、自分の食欲を食い物のせいにしてるだけじゃん」
「おいしいのが悪いの! こんな風にあたしを誘惑してくる悪い名物はあたしがやっつけなくちゃ!」
そしてまたマイオークラッケをパクつき、「くぅ~お前の死は無駄にしない!」などと言っていた。幸せそうだ。この食欲はいったいどこから湧き出てくるのだろうか。
それから春太は犬猫用に用意してもらったマイオークラッケの皿に目を移す。
「んー、タマネギも入ってないみたいだし、大丈夫そうだね」
「何を気にしてるの?」
「犬や猫には食べさせてはいけないものがあるんだよ。ネギ類は基本的にダメ。卵の白身は加熱が必要。チョコレートやココアも危険、とか色々気を付けないといけない」
そうして何気なく説明する春太にマキンリアは驚きを見せた。
「へえー…………シュンたんが飼い主としてちゃんとしてるところ初めて見た。単なるバカ親じゃなかったんだね」
「せめて親バカって言ってくれるかな?!」
「どっちでもいいよ。だってシュンたんいつもベタベタしてるばかりだったし。案外ちゃんとしてるんだね、見直したよ」
バカ親と親バカでは全然違うんだけどなあ、と春太はモヤッとしたが、そこはスルーした。
「そこはメリハリを付けてるよ」
そう言って春太はマイオークラッケの皿をテーブルの下に置いた。
すぐにチーちゃんが飛びつき、プーミンとセリーナが続いて食べ始める。
ソバ系の穀物で肉を包んだジューシーな包み焼き、マイオークラッケ。
近いうちにまた食べに来ようと春太は思った。
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