第12話 鬼畜の所業なりいぃぃっ!

「ゴアアウッ!」

 熊の手が木に激突し、重い音を立てる。

 春太は殴られる直前で木の裏手に回っていたので無事だった。

 だが油断できない状況が続いている。

 三匹の熊の内、二匹はチーちゃんとセリーナが瞬殺した。

 そこまではいい。

 しかし春太が無駄に前口上を述べていた間に矢を射るタイミングを逸してしまっていた。

 そこからは熊に飛びかかられては逃げ、弓を構えようとしては飛びかかられて逃げ、を繰り返している。


「くそー反撃のタイミングがねえっ!」

 春太は弓を構えることもできず全力で逃げ回る。

 息を荒くし、落ち葉を踏みしめ草をかき分け、どんどん道から外れていく。

 何とか隙を作れないものか。

 熊が木の右から来ようとしたら春太は逆回りし、熊が木の左から来ようとしたら春太はその逆回り。

 森の中で熊さんとガチンコの鬼ごっこ。


 あまりにも反撃の糸口が掴めないので、春太は短剣に持ち替えた。

 次に熊が飛びかかってきた時、春太が木の裏手に回ると熊が木に抱き着く形になった。

 木がザワザワと揺れ、何枚かの葉が落ちる。

 春太は熊の腕めがけ短剣を振り下ろした。

 熊に10のダメージを与えた。

 弓と違い、短剣は攻撃が速い。これは良い! 3しか与えられなかった昨日とも違う。何回か当てれば倒せるだろう。


 そこからは、逃げてはチクリと攻撃、逃げてはチクリと攻撃してダメージを蓄積していく。

 八回ほど攻撃したが、熊はまだ倒れない。HPもそれなりに高いようだ。

 セリーナ、チーちゃん、プーミンは春太を見守るようについてきて、新たなモンスターが現れるとそれを排除していく。

 そんな時、岩場に出た。

 熊よりも大きな岩がゴロゴロ転がっている。

 木を使っての回避ができない、しまった……と春太は危機を悟る。

 しかし起伏に富んだ地形をうまく使った結果、熊の視界から外れることができた。

 大きな岩をぐるりと回り、斜面の下で春太は弓に持ち替える。

 熊は獲物を見失い、斜面の上でキョロキョロ。

 絶好のポジションだった。

「これでどうだっ」

 春太は曲射で大岩を避け、熊に矢を命中させる。

 15のダメージを与え、ようやく倒した。

 レベルアップのファンファーレが鳴り響く。


 春太のステータス

 レベル:4 種族:ヒューマン

 攻撃力:33 防御力:22 素早さ:29 魔力:20

 HP:34 MP:34

 スキル:曲射

 装備:ラトリエの弓、ミルスブーツ、トレンサー弓用手袋


「許せ……これも俺が生きるためだ」

 春太は額を拭い、一仕事終えた爽快感を得る。

 すると、見知った少女が駆け寄ってくるのが目に入った。

 マキンリアだ。

 彼女は艶のある赤茶髪を揺らし、鉄の胸当てや腰当てといった格好で走ってくる。

「シュンたん! 山の裏手まで来ちゃったの?! ここは昨日冒険者になったばかりの人が来るところじゃないよ!」

 その声はたいへん驚いているようだった。

「え、そうなの?」

 春太が尋ねるとマキンリアは頷く。

「四人くらいで来るならまだしも、一人では危険だよ」

「そうか……気付かなかった。学校は終わったの?」

 ペット達が強すぎるため、イマイチ危険性が掴めなかった。一対一で勝てるならまあいけるだろうという感覚になってしまう。しかし普通に考えれば、そうだよな。モンスターは一匹で現れるとは限らない。複数のモンスターに囲まれてたら俺は既に死んでただろう。

「学校は今日は午前だけで終わりだよ。シュンたん、そのペット達も戦うの?」

 マキンリアが不思議そうにセリーナ達を見る。

「ああ、うん。守る必要があるから」

 ちなみに守られてるのは俺、と春太は心で付け加える。

 そうしたら、マキンリアは快活そうな笑顔でとんでもない提案をしてきた。

「それなら、その子達を囮にして自分がモンスターを倒せばもっとレベル上がるから、そうすればいいんじゃない?」

「えっ?!」

 春太は驚きで目を丸くした。

「どうしたの驚いた顔して?」

「いや驚くでしょ」

「そなの?」

「そなの」

「何で?」

「いやこの子達を囮だなんて、そんなことできないよ」

「でも、ペットって『召喚獣』っていう扱いだから死んでも時間が経てば復活するよ? 蘇生薬が要らないから懐が痛まない! ああ、『召喚獣』っていうのは一緒に戦ってくれるモンスターのことね」

「いや懐が痛まなくても……マキンリアはそういう戦い方してるの?」

「うん! 試しに見せてあげよっか?」

 無垢な笑顔で彼女はそう言い、手の平を空に向けた。

 すると彼女の手の平の上に、ポンと軽い音を立てて煙が発生、それが広がっていく。

 煙が消えると、そこには小さな何かが浮いていた。

 はんぺんに天使の翼がついた小型モンスター、といった見た目だ。

 ものすごく無害そうで、可愛い系と言えるだろう。

「さあ行くよ、ついてきて!」

 マキンリアは元気いっぱいで走っていった。

 一見するとはんぺんのモンスターは力も無さそうで、主人に支援魔法をかけたりする役目にしか見えない。

 いったいどうするのだろう……春太は後をついていった。


 マキンリアは岩場から森に入り、弧を描いて走る。

 すると熊、イノシシ、テントウムシとモンスターが現れる。

 合計五匹のモンスターが少女に群がってきた。

 そしてどうなったかというと。

 はんぺんの召喚獣とマキンリアで二手に分かれる。

 はんぺんに三匹、マキンリアに二匹の敵が向かって行く。

 マキンリアに向かって行った敵にはんぺんが体当たりする。

 すると敵が攻撃対象を変更し、はんぺんに五匹、マキンリアはフリーという形に変わる。

 はんぺんはひたすら逃げ回り、マキンリアがクロスボウを取り出してイノシシに攻撃。

 イノシシが進路を変えマキンリアの方に行こうとすると、そのイノシシにはんぺんが体当たり、イノシシは再度はんぺんの方を向く。

 マキンリアはフリーでクロスボウを撃ち続け、一匹、また一匹と倒していく。

 その間はんぺんの召喚獣は小さな体で懸命に翼を動かし逃げ回る。

 だがはんぺんはボカスカ敵に殴られ続け、最後の敵を倒す頃にはボトッと落ちてしまった。

 はんぺんは煙になっていなくなった。

「……鬼かっ?!」

 春太は思わず突っ込んでいた。

 だが鬼と言われた少女は猟の成果を喜ぶようにVサインで応える。

「イエーイ!」

「イエーイじゃねえよ?!」

「やったね! 五匹も倒したよ!」

 マキンリアの笑顔は無垢そのもので、何の疑いも持っていないようだった。なんだ、なんなんだこのズレは?!


「こんな健気に頑張っている子を囮にして死なせるなんて、鬼畜の所業なりいぃぃっ!」


 春太の叫びが熱を帯び時代劇風になってしまう。この娘ヤバイよ! 本気で無邪気だよ。無邪気って恐ろしいよ。小学生が虫を捕まえて残酷な仕打ちをするようなもんだよ。

 だがそんな熱い訴えを前にしたマキンリアは、お腹をグキュルルと鳴らした。

「お腹減った」

「今真面目な話してるんだけどなあ?!」

「え、そうだったの?」

「そうだったの!」

「んーでも減っちゃったものはしょうがないじゃない。シュンたんも食べる?」

 そう言ってマキンリアは大食い袋からおにぎりを取り出した。

 彼女のペースに乱され、怒り気味だった少年の熱が萎んでいく。

 春太はしょうがないなあ、という感じになったがおにぎりは断った。

「もういいよ、とりあえず食べれば? 俺はいいや、お昼食べたし」

「そう? あたしもお昼食べた!」

「え、食べたの?」

 春太の目は点になった。

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