腹減り少女とクラスメイト

第11話 今の俺を昨日の俺と思うなよ!

 晴天の下、踏み固められた道を歩いていく。

 穏やかな風が緑のにおいを運んできた。爽やかだ。

 それでいて観光地みたいに人の気配が途切れない山。

 元の世界で言えば、気軽に登山できる高尾山みたいなものだった。


 横合いでがさがさ音がする。モンスターだ。

 道から外れた草地に小型のイノシシがいる。こちらから十五歩くらいの距離か。

 小型のイノシシは気が立っているようで、こちらに気付くとすぐに突進してきた。

 春太はすぐに弓を構える。

 気分は既にいっぱしのハンター。

 狙いをつけ矢を放つ。

 ドシュッと音がして命中、13のダメージ。

 しかしまだイノシシは死なない。さすがに一撃では倒せないようだ。

 もう一射、と春太は弦を引いた。

 そして至近距離まで近付いたイノシシに向けて射る。


 矢は当たらず、イノシシの頭上には『ミス!』の吹き出しが表示された。


「ヤッバッ! あっ!」

 春太が慌てている間にイノシシの突進が足にヒット。

「プギイイイィッ!」

 イノシシはそのままかなり遠くまで走っていった。

 春太は体制を崩し尻もちをつく。どれくらいダメージくらってしまったんだろう。

 自身のHPとMPだけなら手の平を見て念じれば確認できるとマキンリアに教えてもらったので、やってみる。


 HP:9/18

 MP:18/18


「あと一回食らったら死んじゃうじゃん! 設定がシビアなのそれとも俺が弱いの?!」

 そういえばフーラが『近付かれたら短剣で』と言っていた。近付かれたら装備を切り替えれば良いのか。でも難しいな、咄嗟に行動するのは。俺、格闘ゲームも下手だから接近してる時滅茶苦茶に押しちゃう派なんだよね。冷静にコマンド打てないタイプ。

 チーちゃんとプーミンが出番かと視線を送ってくる。

 それに対し春太は首を振り、ゆらりと立ち上がった。

「いや、まだだ。見せてやるぜ、俺の生き様ってやつをなあっ……!」

 初級者向け狩場のザコモンスターVSレベル2冒険者の熱き戦い。

 それは春太の中では傷だらけの勇者と瀕死の魔王の死闘に置き換わっていた。

 セリーナはあくびをしていた。


 春太は素早く弦を引き、射る。

 イノシシに命中、15のダメージ。

 また突進が始まる。

 ここで春太は新たな力に目覚めた。そうだ、思い出した……!

 モンスターをハンティングする金字塔のゲームでは、弓士は止まって矢を射ることなどなかった。弓士は弓を構え、走って横移動していたじゃないか!

 春太は弓を構えたまま横に走り始める。

 イノシシの突進の射線上から外れる。

 突進の軌道修正はわずかで、簡単に避けることができた。

 イノシシの尻を見て春太はニヒルな笑みを浮かべる。

「相手が悪かったな。あばよっ!」

 足を止め、狙いをつけ、矢を射る。

 矢がイノシシの尻に刺さり、14のダメージを与えた。

 だがまだ倒れない。

「『あばよ』って言ったところで倒れろよ! くそ、もう一回!」

 まだイノシシが振り向くところだったので落ち着いてもう一射。

 15のダメージを与え、遂にイノシシがひっくり返った。

 モンスターの昇天に合わせレベルアップのファンファーレが鳴り響く。


 春太のステータス

 レベル:3 種族:ヒューマン

 攻撃力:28 防御力:17 素早さ:24 魔力:15

 HP:26 MP:26

 スキル:曲射

 装備:ラトリエの弓、ミルスブーツ、トレンサー弓用手袋


「おお~また強くなった!」

 冒険者証の裏を見て春太はニヤニヤした。

 通りかかった冒険者達も祝福してくれる。

「おめでとう!」「おめでとー!」

「ありがとう!」

 春太も笑顔で返した。よし、俺もレベルアップした人を見かけたら祝福してあげよう。MMORPGをプレイしていた時、こんな光景あったなー。

 イノシシがドロップしたアイテムを取りに行く。

 骨付き肉だった。まあモンスターの見た目からして肉を落としそうではあるけど……これ、食料になるのかな?


 それからはプラッケ山を徐々に登っていき、順調にモンスターを倒していった。

 敵が多い時はセリーナ達に倒してもらった。

 出てくるモンスターは小型のイノシシ、カラス、手の平くらい大きなテントウムシといったラインナップ。

 初めてということもあり、ゆっくり進んでいたら山の中腹辺りで昼過ぎになっていた。

 セーネルの街で買ってきたお弁当を大食い袋から取り出して掻き込む。

 弁当や水をリュックに入れてそれを背負って……などとする必要が無いので、大食い袋はとても便利だ。


 春太は食べながら一つのことに引っかかっていた。

 プラッケ山はこの世界に最初に降り立った場所ではないのだろうか。

 幻想的な光景は見えないし、熊もいない。

 そんな時、『山の裏側はこちら』という標識を見かけた。

 裏側に行ってみるのも良いかもしれない。

 標識に従い、山の裏手を目指した。

 歩いていくと景色が変わってくる。

 草地ばかりだったのが森になり、地面には落ち葉も見られるようになる。

 木々の間隔が広いため、空も見える。

 この森は最初に降り立った場所に似ている。

 ようやく記憶との一致点が見出せた。

 あとは景色と熊だ。

 モンスターは小型のイノシシが出てきたが、数が多くなった。

 しかし数が多くてもチーちゃんやセリーナの攻撃で面白いように倒せてしまうので、春太は常にモンスターと一対一。

 余裕だった。


 しかし、進んでいくと今までより明らかに違う音が聞こえてきた。

 小型のイノシシとは違う、もっと質量のある者が動く音だ。

「熊か……?」

 春太は身構える。

 木々の向こう側からシルエットが見えてくる。

 大型で四足歩行で、それはのしのし歩いていた。

 間違いない、熊だ。

 弓を持つ手に力が入る。短剣で3しかダメージを与えられなかった俺。一発叩かれただけでふっ飛ばされた俺。あの時は全く歯が立たなかった……

 シルエットが鮮明になっていく。

 熊の手甲がきらりと光る。

 数は三匹だった。

 最初会った時と同じ、三匹。

 春太は血をたぎらせた。

「あるー日……森の中……熊さんに……出会った! その後はこうだ。『熊さんは鍋にされました』。リベンジだ……今の俺を昨日の俺と思うなよ!」

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