第10話 だが俺はそうして燃え上がる……!
夕飯に呼ばれて春太はチーちゃん達を連れ、食堂へ降りていった。
食堂の長机には、オルカおばさんとマキンリアしかいない。
他の者はもう食べ終わったのだろう。
ランプの明かりは蛍光灯と違って柔らかいな、と感じつつ春太も同席した。
「ああ来た来た! それでねマキンリア、この子が……そういえば名前なんていうんだっけ?」
オルカおばさんはマキンリアに春太を紹介しようとして、名前を知らないことに気付く。
そういえば言ってなかったな、と春太は自己紹介した。
「
「カネノリシュンタンね! 言いにくいからシュンタンで良いでしょ」
オルカおばさんが盛大に間違える。
するとマキンリアの方も。
「シュンたん?」
「あ、いや、シュンタです。『ン』が要らないっす」
春太が訂正するとオルカおばさんがうまく呑み込めないのか「シュンタ、ン? シュ、ンタン?」と口の中でもごもご。
マキンリアも「シュ、ン、タッ?」みたいに言いにくそうにしていた。ううむこれは、この人達には言いにくいのかもしれない。外国人で濁音が言いにくいとかって人もいるからな、そういうようなもんだろう。
もう呼び方は好きなもので構わない、とした。
それから食事会となったが、マキンリアは簡単に言うと明るい子だった。
「別の世界から来たの?! それってどこにあるの?」
大きな瑠璃色の目をぱちぱちさせたり。
「セーネリンガ森はどうだった? あたし初めて行った時に最初に出会ったモンスターが動く草でね、怖くて逃げ回ったんだよ。だって草がワサワサ動くんだよ!」
快活な声で話しながら手振りを付けて表現したり。
「学校の友達はねーあまり冒険好きな人いないんだー。弁当屋のコーニーは家を継ぐからって言って料理の勉強してるし、服屋のシーダスなんて『俺、頭脳労働派だから』とかカッコつけちゃってさーマザコンのくせに!」
楽しそうにしているだけでなくプンスカ怒ってみたりと表情も豊かだった。
話の中でオルカおばさんが自然な形で「祭、今年は出たら?」と言ったが、マキンリアは「あたし冒険好きだからいいよ」と断っていた。
このやりとりを見る限りだと、本当に冒険が好きなだけなのでは、という風に見えた。
しばらくして、春太はそわそわし始めた。
話は面白かったし、嫌な気持ちになったわけでもない。ただ……俺の『体質』がそろそろ限界を告げている。鼻水が……
夕食は野菜と肉の温かいスープ、パン、果物の盛り合わせ(大皿から自由に取る)というもの。もうスープは半分以下まで減っているし、残りは一気に掻き込んで逃げるか。
そうしてガツガツ食べたら、マキンリアが勘違いして感心してくるのだった。
「おお~シュンたんいい食いっぷりだね! あたしも負けてられない!」
いやいや、競わなくていいと春太は焦る。同時に食い終わると一緒に食堂から出なくちゃならなくなる、それはマズイんだ。俺は人間の女が苦手なんだ、それも極度に。だから俺だけ早く食い終わってこの状態を脱出しなきゃならないんだ。
二人は同時に食べ終わる。
この頃には春太は花粉症であるみたいに目がヒクヒクし、鼻水をすすり始めた。
「これからよろしくね! って、シュンたんどうしたの? 泣いてるの?」
マキンリアが心配して顔を近付けてくる。
それが決定打になった。
春太の鼻水がミヨーンと地面目指して伸びていく。ちくしょう、決壊しちまった!
「うわっなにこれ?! シュンたん鼻水が!」
マキンリアが驚いてのけぞり、オルカおばさんが「ハンカチハンカチ!」と厨房へ走る。
部屋の隅で黙々とペット用の夕飯を食べていたチーちゃんやプーミンが振り向く。セリーナだけはいつものことだとばかりに普通にしていた。
「ヴググゥッ! ごべんなざい、ごれぢょっと体質で……!」
春太はハンカチをもらうと洗い場へ急いだ。ティッシュはないか、ないよな! 仕方ない、ハンカチ汚しちゃうけどすんません!
ザーッと水を流し、鼻水をふき取りながら春太はうなだれる。
女に近付かれると鼻水が止まらなくなる体質。厄介なんだよな、これ。
マキンリアに最悪の印象を持たれてしまったかもしれない、と春太はビクビクする。人間の女は苦手だ、姉ズのせいでな!
姉は上から秋乃、夏美といるが、どちらも『成功のため』と称して春太を玩具にした。『どうすれば男がオチるか』という実験が何度も繰り返され、良い雰囲気を作られては壊された。それは夢を壊される毎日でもあったと言えるだろう。清純な告白やセクシー路線、コスプレなどあらゆる分野で実験され、一つ一つ幻滅させられていくのだ。やめてくれ、俺の夢を壊さないでくれ……思春期の少年は苦悩した。そして『全てにおいて無反応』に進化しようとして行き過ぎた結果がこれである。
春太は戻ると自分の体質を説明した。
「え、そうなの?!」
マキンリアは目を丸くした。
これには特に蔑むようなものはなく、単純に驚いているようだった。まあ、この娘は姉ズのようなビッチじゃないのかもしれない。姉ズのような女ばかりじゃないことは頭では分かってる。でも駄目なのだ。姉ズだって家から一歩出れば完璧美少女だった。この思いは理屈じゃ語り切れないグチャグチャな状態になっている。
「あたしも女なんだけどねえ?」
オルカおばさんが不服そうに言うので、春太はふてくされながら説明する。
「オルカおばさんは親みたいな感覚なんで大丈夫なんですよ」
要は『既婚者相手なら気楽に話せるんだけど』といった感覚に近い。
「なに言ってんだいこの子は! まったく男は女を見た目でしか見ないんだから!」
そんなことを言ってオルカおばさんが春太の背中をバシバシ叩き、笑いが起こった。
場が和んだおかげで気まずい終わり方をせずに済んだ。そういう方向に着地させるオルカおばさんの話術はやっぱ凄いな。
次の日、マキンリアに教えてもらった【プラッケ山】に行ってみた。
プラッケ山はセーネリンガ森より難易度は高いが、初級者向けだという。初心者向けと初級者向けは微妙にニュアンスが違うのだ。
山の形は丸みを帯びなだらかで、緑に覆われているが木が普通より少ない。
広場になっている箇所が幾つも見え、沢山の冒険者がモンスター狩りをしているのが見てとれた。
こうしたモンスターを狩る場所を『狩場』と呼ぶ人もいる。『ダンジョン』だと本来洞窟に限定されるイメージがあるため、『狩場』の方が広く使われる言葉だとマキンリアが教えてくれた。
山の入口で春太は魔法の言葉を宣言した。
「さあみんな、お散歩だぞー!」
チーちゃんが立ち上がって大喜びだ。
プーミンも、そして冷静沈着なセリーナだってテンションを上げている。
その横で五人くらいの冒険者達が気合を入れていた。
「今日はボス倒すぞ!」「おー!」「気を引き締めて行くぞ!」「おー!」
どうやら本気のパーティーのようだ。ペットの散歩気分で来てる俺らとは違うなあ。まあ、本気の人は本気でやればいい。こっちは気楽にやるさ。
マキンリアは学校ということで、春太達だけで山に入っていく。
「そういえば、元の世界では学校大丈夫かな……」
春太は軽く不安になった。突然学校に行かなくなった俺。クラスでは『おいあいつ不登校?』とか言われてたり……? ていうか行方不明としてニュースになってるかも。いや待てよ……こういう異世界に渡るパターンって『元の世界では時間が経過してない』とか、もしくは『時間が凄くゆっくり経過している』とか浦島太郎的なアレかもしれないぞ。案外気楽に考えてても良いのかもしれない。
「セリーナ……俺は浦島太郎的なアレかもしれない」
本当にどうでもいい話をセリーナに振ってみたが、彼女はこちらをチラ見しただけで興味無さそうだった。
純白の毛を揺らし、優雅に長い脚を動かしている。はいはいビョーキね、という声が聴こえてきそうだ。
「冷たいなあ……でもそんな君も好き」
今度は盛大に無視された。もうバカな子ねえなんて思っているんだろう。
「だが俺はそうして燃え上がる……!」
春太は犬の女の子には燃えるのだった。
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