第13話 だって俺の嫁だし

 モンスターが見えなくなると山はのどかだ。

 ぽかぽかの陽気で草の絨毯に大の字で寝たくなる。

 実際セリーナは寝転がる姿勢を取っていて、その両サイドでチーちゃんとプーミンも真似をしていた。写真に撮ってSNSに投降したくなる癒しの光景だ。

 マキンリアは頬に手を当てて「ん~たまらん!」と言っておにぎりを平らげた。

 美味しそうに食べるやつだ、と春太は微笑ましくなる。

「お腹いっぱいになった?」

「うん! あと二時間はもつ」

「え?」

「ところでさ、何の話してたんだっけ?」

 お昼を食べた上におにぎりも食べて、あと二時間『しか』もたない……壮大な謎が残る。

 だが何の話をしていたのかという方が重要なので、春太は謎をつっつくのはやめた。

「はんぺんが可愛そうってことだよ」

「はんぺん? あたしは美味しそうだと思うなあ」

「いやいやいや違うって! 本物のはんぺんを可愛そうって思う人はいないでしょ。そうじゃなくて、君の召喚獣のことだよ!」

 何が悲しくてはんぺんのパックを持って『可愛そう』って呟かなくちゃいけないんだよ……春太はこの娘との会話は難易度が高いのかもしれないと思った。

「ああ、あたしの召喚獣? あれはんぺんって言うの?」

「知らないよ。はんぺんの形してるから俺が便宜上そう呼んでるだけだし。俺の方こそ名前を知りたい」

「名前は無いよ」

「へ?」

「モンスターの種類も知らないし。気付いたらいた、みたいな感じだから、たぶんお母さんからもらったんだと思うけど」

「じゃあ好きな名前つければ良いじゃないか」

「何で?」

 マキンリアは純粋に疑問に感じたようだった。

 そこに『ペットに対するアンチ』みたいなニュアンスは無く、本当に単純に分からない、といった思いがうかがえる。

 感覚の違い。そう、この娘は知らないのだ、ペットを愛する感覚を。

「え? だって相棒じゃないか」

「相棒だよ。あたしのためにモンスターを引き付けてくれる最高の囮!」

「それ相棒って言うの?! そんな扱い方してたらレベルも上がらなくね?」

「うん、ずっとレベル1だよ!」

「ひでえ! もっと大切に扱ってあげて!」

「何でー? シュンたんはその子達を大切にしてるの?」

 そこでよくぞ訊いてくれた、と春太は胸を張り、歯を光らせて言った。


「当たり前だよ。だって俺の嫁だし」


 森の中に微妙な風が吹く。

「え……? シュンたん、犬と結婚するつもりなの……?」

 マキンリアがそう訊いてくるので、春太は『何をばかな』とやれやれ顔をした。


「違うよ。犬か猫と結婚するつもりなんだよ」


「…………え? あ、ああ、うん、そうなんだ……?」

 マキンリアは笑顔をひきつらせ、顔を青くした。

「『俺、この子達がレベル999になったら結婚するんだ』が座右の銘さ」

「な、何かよく分からないけど、揺るぎがないことだけは分かったよ……ん? あれ? あ、シュンたんあれ見て!」

 マキンリアが突然森の奥を指さした。

 春太が指の先を視線で追うと、発光現象が確認できる。

 それは禍々しい紫と黒の光で、セーネリンガ森でボスが現れたのと一緒だった。

「……あれはボス?」

「そうだよ! 行ってみようよ!」

 言うが早いか、マキンリアは駆け出した。

 元気いっぱいに走る姿はスポーツ少女みたいだ。

 薄く日焼けしているところも陸上部とかテニス部などを想起させる。元の世界なら本当に部活に入ってそうだな。


 発光現象のあった現場に行ってみると、そこは岩場で窪地になっていた。

 窪地の外周の岩陰から二人は顔を出す。

「あれがボスだよ。『ダンルガー』」

 マキンリアが説明する。

 窪地には王冠を被った巨大イノシシが子分イノシシやカラスを連れて佇んでいた。

 王冠のイノシシがダンルガーで間違いない。

「倒したことは?」

 春太が尋ねるとマキンリアは首を振る。

「無い」

「どれくらい強いの、ダンルガーは?」

「ボスの中では最弱。でもあたしが十人いても駄目。ボス単体ならまだしも子分がいるから厄介なんだよね」

「ここから狙ったらいけるかな?」

「気付かれなければ。やってみる?」

 そう言いながらマキンリアは既にクロスボウを構えていた。クロスボウはフーラの講習で教わったけど、トリガー付きの弓だ。弦を引き絞った状態で固定する機械式で、トリガーを引けば矢が射出する。和弓はトリガーが無いので使い方が全く違う。

 春太も頷き、和弓を構えた。

 二人は同時に矢を射出する。

 マキンリアの矢がダンルガーに命中、25のダメージ。

 春太の矢も命中、8のダメージ。

 やはりレベルが違うのか、ダメージにかなりの差がある。

 マキンリアは感心したように春太を見た。

「本当によくそれで山の裏手まで来れたね。モンスターがあんまりいなかった?」

「まあ、うん、そんなところ」

 春太は曖昧に答えるしかない。本当は俺が熊と死闘を繰り広げていた時もちょくちょく別のモンスターが来ていたんだけど、全部セリーナ達が倒していたんだよなあ。

 それから春太は鼻がムズムズし始めた。

 岩陰に入っているため、マキンリアと距離が近い。いや一般的には接近というほど接近しているとは言えない距離かもしれないが。これいつまで我慢できるかな……

 ダンルガーは傷を負ったことで周囲を見回す。

 だがあまり知能が高くないのか、疑問そうにしただけで終わった。

「……これっていけるんじゃない?」

 春太がそう言うと、マキンリアも同意を示す。

「いけるかも!」

 二人は喜色を浮かべ、また矢を放った。

 与えられるダメージが1ならばやる気も出ないが、幸いきちんとしたダメージが通っている。

 これなら何度も攻撃していればいずれ倒せるだろう。

 これはハメ技だ、あまり好まれる戦い方ではない。

 でも、誰も見てなければ良いんじゃないか……と春太は悪魔の囁きに従った。まあ、ちゃんとしたパーティーが来た場合は譲ればいい。

 矢が風を切る音が淡々と響く。

 何度も何度もダメージを与えていくと、ダンルガーの反応が変わった。

「ブオオオオオオオオォン!」

 咆哮。

 そしてダンルガーの顔の周囲の体毛が赤くなる。

「これは、お怒りになってらっしゃる?」

 春太が呟くとマキンリアが肯定した。

「そうだよ。これは『怒りモード』で、残HPが25%以下になると発動する。ステータスが高くなってるから要注意だよ……って、あ、あぶ」

 マキンリアの言葉が終わる前にそれは起こった。

 ダンルガーが遂に春太達を見付け、マンモスみたいな牙を使って大岩を掘り起こし、それをぶん投げたのだった。

「えっ……?」

 春太が言えたのはそれだけだった。

 宙を舞った大岩が春太達の目の前にある岩に炸裂。

 大量の破片が飛散し、春太はガスガスと破片を受けて意識がブラックアウトした。

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