第8話 クソゲー!

 せっかくスキルを覚えたので、それを使いたい思いが芽生えてくる。

 大きな岩があると良いのだが……歩いてもそれらしき場所は見当たらない。


 森の木々もある意味障害物だと思い、次に出会ったカエルに試してみる。

 春太はカエルのいる方向から右斜め45度に弓を向けた。

『それっぽい動作をして念じればスキルが使えますよ!』フーラの講習を思い出す。

「って、アバウト過ぎるだろ。失敗したらクレーム入れてやる」

 弦を引くと弓が光り出し、視界の隅に『曲射』という文字が浮かび上がる。

 これで良いのだろう。アバウトな説明でも意外にうまくいきそうだ。

 矢を放つ。

 カエルから右斜め45度も離して射出した矢は、漫画みたいに急カーブして命中した。

 18ダメージを受けたカエルはひっくり返り、天に昇っていく。

「おお~面白ぇ!」

 初めてのスキル使用でテンションが上がった。リアル志向ならこんな感覚ではなかっただろう。

 こうしてモンスターを倒していけばレベルアップして強くなり、使えるスキルも増えていくのだろう。


 カエルのいた場所に何かアイテムが落ちた。ドロップアイテムだ。

 春太は足早にアイテムの所に行き、拾ってみる。

 鉤爪の付いた水かきだった。

「これいくらになるんだろうなー」

 そう言いながら腰から革袋を取り出す。

 これはこの世界に来た時から短剣と一緒に付いていたもので、『大食い袋』という。

 見た目を無視して沢山のアイテムを収納できるのだとフーラから教わっていた。

 水かきをひょいと大食い袋に入れる。


 思ったより順調だ。

 初心者用というだけあってモンスターが弱い。

 周辺ではチビッ子達がワイワイ騒ぎながらレベル上げをしているのも見かけ、かなり平和な場所なのだと実感する。

 その後森の奥の方まで回ってみたが、さして強いモンスターとも出会わず。

 このままじゃセリーナ達はついてきただけでレベルアップもできない。

 初心者用はさっさと卒業して、明日は次のダンジョンを目指そうかと思い始める。


 そんな時だ、付近で強い光を目にしたのは。

 黒と紫の禍々しい光と地響きのような重低音。

 それが収まると、光のあった方から悲鳴を上げて子供達が逃げてきた。

 何だろうと思って春太は見に行こうとしたが、近くにいた少年に止められた。

「おいおいやめとけ! 森の入口の看板を見てなかったのか?」

「看板?」

 春太が聞き返すと、少年が呆れ顔になる。

「注意書きはちゃんと見ようぜ。たまにボスモンスターが出るから、出たら入口まで逃げて大人に伝えろと書いてあっただろう」

「そうだったの? ボスか……ちょっと見てみたいなあ」

「見るのは構わないけど、死ぬなよ! じゃあな!」

 少年は全速力で逃げて行った。

 それを追うように子供達が次々走っていく。

 初心者用というだけあり春太と同じかそれ以下の子供しか見かけない。大人達はみんなある程度のレベルがあるのだろう。

 ボスというものはおしなべて強いものだ。きっとカエルでレベル上げなんかしているようでは全く歯が立たないのだろう。そのために入口に大人が待機しているのか。


 いくらもしない内に大人の冒険者達が駆けつけてきた。

「ボスいただきまーす!」

 リーダーらしき騎士姿の男性がおどけて見せる。

 その後ろに戦士や盗賊、神官といったメンバーが足並みを揃えて続いた。

 ボスと戦うのにも手馴れているのか、気楽そうだ。

 安心して見学させてもらおう、と春太は後をついていった。

 ボスがズシンズシンと重い音を立てて現れる。


 象くらいもある巨大なライオンに翼の生えた姿。

 一目でボスだと分かる存在感。

 足下には十匹ほどの標準サイズのジャガーを子分として従えていた。


「これがボスかー! やっぱ強いんだろうなあ」

 春太が遠めから感嘆を漏らす。さてどうやってボスを倒すのかな。

 騎士の男性が率いる集団の連携や派手なスキルが見られるのを期待する。

 だが、ボスを見た途端、騎士の男性の顔色が変わった。

「え、ちょっ……いつものボスじゃない?! 『グレイドン』じゃないか! あんなの俺達じゃ倒せない、町からもっと強い冒険者を呼んでこないと!」

 雲行きが怪しくなった。

 騎士たちは回れ右して引き返してしまった。

「え? あのボスはそんなに強いのか……って、悠長に構えてる場合じゃない!」

 春太は慌てて騎士達の後を追おうとする。ボスに目を付けられてはたまらない。

 だがボスから逃げ遅れた女の子を見付けて立ち止まった。

「うわあああん! 助けてええ!」

 逃げ遅れた女の子は泣きながら春太達の方へ走ってくる。

 きっと春太と同じく見学するつもりだったのだろう。

 そこへボスの子分のジャガーが追ってきた。

「危ない!」

 春太は叫び、咄嗟に弓を構える。

 そして斜め45度に射線をずらし、曲射。

 矢は見事に女の子を避け、大きなカーブを描いてジャガーに命中。

 1ダメージを与えた。

「俺の役立たずぅ!」

 これでは駄目だ。何百回当てれば倒せるのか分からない。

 そうしている間にジャガーが女の子に追いつき、強く跳躍。

 細い喉に後ろから噛みつこうと迫る。

 凶悪な牙が女の子の命を刈り取ろうとした、その時。

 純白の毛をなびかせ風のようにセリーナが現れる。

 セリーナはオーラを発しながらジャガーに体当たりした。

 ドンッと衝突音が響き、セリーナより二回りくらい大きなジャガーがサッカーボールみたいに飛んでいく。

 与えたダメージは4325。

 ジャガーは即死、天に召されていった。

 セリーナは何事も無かったかのように涼し気に佇んでいた。


「た、助かったああぁありがとう!」

 女の子が息を切らせて春太の所に辿り着く。

 魔法士なのか杖とローブという格好だが、ローブには可愛らしい動物の刺繍がしてあった。調理実習で刺繍入りのエプロンを持っていくようなものか。

「もう大丈夫だ、俺達に任せろ!」

 春太は自信をもって女の子に応じた。俺『達』っていうのがミソだよね。チームプレイ。

 残りのジャガーが一斉に襲ってきた。

 沢山いるけど大丈夫だろうか……そんな心配は杞憂に終わる。

 チーちゃんが歯を剥き出しにして吠えると、ジャガーの集団が業火に包まれた。

『3199』『3012』『3061』……ジャガー達がダメージを受け一気に倒れる。

 相変わらず「チーちゃん強えな!」だった。しかもスキルの使い方どこで覚えたの?


 子分達がいなくなるとボスが出番だとばかりに立ち上がり、体を大きく見せる。

 ただでさえ象くらいの大きさなので、立ち上がると山のようだった。

 そして前足を地面に落とすと激しい咆哮を放つ。

 かなりの迫力だった。この世界がゲーム的だからまだこれも演出のように感じられるが、そうでなければ完全に恐怖していただろう。

「あれ、おかしい。動けなくなった?!」

 金縛りにあったように動けない。もしや、ボスの咆哮に行動不能にする効果が?

 女の子も行動不能に陥ったらしく、目を白黒させている。

「動けないっ! ああボスが、ボスがくるよおっ!」

 ボスが助走をつけて走り始めた。

 その口は春太達をひと呑みにできそうなほど大きい。

 ズシンズシン地響きが起こり、それが死のカウントダウンであるかのように感じられる。

 だが。

 プーミンは春太が危機に陥ったのを見るや、怒りに任せて魔法を撃ちだした。

「ウニャアアアアアアアッ!」

 紫電が駆け抜ける。

 ボスに直撃すると鋭いスパーク音をまき散らし、眩い光を発する。

『3965』の吹き出しが出る。

 さすがボスといったところで、倒れない。

 だがプーミンは紫電を連発した。

 3881のダメージ、3994のダメージ、3913のダメージ!

 ボスがいるところが雷で見えない。

 躊躇もなく、慈悲も無い猛連射。

「グオオオオンッ!」

 断末魔の声があがると雷が弾けるように広がり、消えていった。

 ボスがひっくり返り、昇天した。

 容赦ない倒し方だった。ひでえ……

 遅れてやってきた大人の冒険者達がこの光景を見て目を丸くする。

「おい、何かすげえハイレベルな魔法撃ってなかった?」「見た見た、しかも猫が撃ってたような……?」「猫? んなわけねえだろ」「いや本当だって!」「まさかあ!」

 そんな外野達に春太は鼻高々だ。存分に驚くが良い。ウチのプーミンは強いんだ。


 プーミンはまだ気が立っているようで、ボスのいた所から目を離していない。この子はとても甘えん坊で、俺が窮地に陥ると怒るのだ。家に来た時から猫らしくなくベタベタで、初日なんて抱っこしていないとずっと鳴いていた。ある程度日数が経過すると鳴くことは少なくなったが、俺が帰ってくると出迎えはするし、くつろいでいる時は俺の膝が定位置。そんな甘えん坊も、俺がカラスに襲われた時に豹変した。まあ威嚇で俺の頭すれすれの所を飛行しただけだったんだけど、俺がびっくりして転ぶのを見たプーミンはブロック塀、屋根、電柱と飛び移ってカラスに反撃しようとしたのだ。その事件は『怒りのプーミン』として鮮明に覚えている。


「助かりました、ありがとうございます」

 刺繍のローブの女の子がぺこりと頭を下げる。さっきまでは取り乱していたけど、落ち着いたらずいぶん礼儀正しい子なんだな。

「ああ別に良いよ」

 春太は何でもないという風に振る舞った。実際俺は何もしてないしな。

 女の子はポケットをごそごそやって、何かを取り出した。

「これあげます」

 小さな手に乗っていたのは編み物だった。

 腕に巻くくらいの太さで、ミサンガ状の飾りだ。

 自分で編んだのか、形もあまりよくない。

 物をもらうほどのことでもないんだけどなあ、と春太は困った。

 しかし、手製の編み物を見ている内に考え直す。プーミンの首に着けたら良いかも。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 春太は編み物を受け取り、プーミンの首にかけてやった。

 また可愛くなったと春太はニヤニヤ。

 プーミンもテンションが上がったみたいで、抱っこをせがんできた。

 よしよしおいでと春太が受け入れ態勢を作るとプーミンが飛びついてくる。

 女の子が「あの、お名前を」と言い始めたところでドガッと打撃音がして、春太は宙を舞った。しまった、これだとダメージくらうのか!

 春太は意識がブラックアウトしていく中、晴天の空を見ながら叫んだ。


「クソゲー!」


 町の外で抱っこできる日は果たしてくるのだろうか……

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