第2話 チーちゃん強えな!

 静かに揺れる木々と優しく差し込む陽光はのどかな森を演出している。

 だがその一角では生死を賭けた緊張に引き締められていた。

 全身を強張らせる春太は剣柄に掛けた手が微かに震えている。

 チワワのチーちゃんは小さな口から牙を覗かせ今にも飛びかからんばかりの闘争心を見せている。

 シンガプーラのプーミンは爪先立ちのままちょっと腰が引けていて硬直。

 ボルゾイのセリーナはゆっくりと姿勢を低くし戦闘態勢を作っていた。

 対峙する熊達は茶色の体毛で筋肉質、そして何故か手甲を嵌めていた。

 ガフッガフッと大きな獣らしい息を吐き、獲物をロックオンしたとばかりに舌なめずりをする。


 おいしくいただかれてしまうかもしれない……春太はへっぴり腰で短剣を抜いた。これ設定間違ってない? 最初の敵って普通スライムとかじゃないの?

 降りかかってきた理不尽に対し怨嗟しか出ない。あーくそ逃げたい。でも逃げたら……

 チーちゃんに目を向ける。この子は気が強いから立ち向かっていってしまうだろう。チワワVS熊……うん、天地がひっくり返っても無理、不可能。おやつにされてしまう。

 この時点で『逃げる』という選択肢には取り消し線が引かれた。

 何よりも最優先は愛犬・愛猫なのだ。


 熊達がおいしくいただこうと太い声を上げ距離を詰めてくる。

「ゴオオウルルルル……!」

 春太は覚悟を決めた。

 脂汗が出てきているのでやせ我慢だ。本心は逃げたい。でもこの子達を守るにはやるしかない。待てよ、もしかしたらこの短剣、超性能だったりするんじゃねーの? このパターンってあれだろ? なーんだ見掛け倒しかよ、的なあれでしょ?

 この際短剣の性能を信じることにする。

 震える手を制御するためにぎゅっと力を込めて。

 何度か躊躇いながら。

 でも最後はこのままやられていいのかと自分を叱咤して。

 目を瞑りながら手を動かした。

「……こんのおおっ!」

 中学三年生の少年、生まれて初めて武器を振るう。

 ザンッと小気味いい音が鳴った。

 春太が突き出した短剣は見事に熊の額に命中。

 いくら熊とはいえ額に刃物が刺されば致命傷は避けられない。

 かと思いきや。


 熊の頭上に爆発風の吹き出しで『3』と表示された。


「えっ……?」

 思わず目が点になってしまう。

 春太は今までプレイしたことのあるゲームのことを思い出した。

 それはMMORPGで、自分の作成したキャラクターをダンジョンに向かわせ、モンスターを倒して、レベルアップしていくという単純なもの。

 そのゲームでは、自分のキャラクターがモンスターを攻撃した時、『いくらダメージを与えたか』がモンスターの頭上に吹き出しで表示されていたのだ。

 まさか、ゲームと同じかもしれない……?。

 熊の額から短剣を引き抜く。

 すると、額には傷が無かった。

 ああ、やっぱり……と春太は理解する。さっきの『3』はやっぱりダメージだ。


 例えば熊のHPが10だとする。

 この場合3のダメージを4回繰り返し、合計12のダメージを与えなければ倒せない。

 刃物が額に刺さったから頭蓋骨や脳の損傷により致命傷、という風にはならないのだ。


「グルアッ!」

 熊が右前足で春太を殴り飛ばした。

 春太はぐえっと声を上げながらゴロゴロ転がり、うつ伏せに倒れる。

 落ち葉が口に入り、パリパリに乾いた感触。

 不快なパリパリをペッと吐き出す。

 吹き飛ばされたが、行動不能になるほどの痛みは無かった。あんな殴られ方をしたら首の骨が折れても不思議じゃないのに。なんだ? 痛いけど耐えられないほどじゃない。

 ゲームであれば、こちらにもHPが設定されている。ということは、こちらもHPが減っただけか。死亡するまでは行動不能になることはない。

 だがいったいどれくらいのダメージをくらったのか分からない。それが怖い。自分のHPが0になった時、突然死んでしまうんじゃないの?

 落ち葉と土を掴み、体を起こす。

 そうしたら、熊の一匹がチーちゃんに対し飛びかかろうとしていたところだった。

 春太は咄嗟に右手を伸ばし、叫んだ。

「チーちゃん逃げろぉっ!」

 届きもしない位置まで吹き飛ばされていたので、右手は虚空しか掴めない。

 もしチワワが熊に殴られてしまったら。そんなの決まっている。か弱いチワワが熊の一撃に耐えられるはずがない。ゴムボールみたいにふっ飛ばされて即死だ。

 チーちゃんは威勢よく吠えていた。

 小さな体で自分の十倍も二十倍も大きな相手に。

 それだけの体格差を持ちながら、容赦なく熊はチーちゃんを殴りつけた。

 バシッと肉を叩く音が悲哀を持って響き渡る。

「チーちゃあああぁん!」

 春太は助けられない自分の弱さが恨めしかった。ちくしょう、守れなかった! せっかく夢が叶って異世界に一緒に来れたのに。なんてこった……俺がアホなことを願ったばかりに、チーちゃんが……

 だが。


 チーちゃんは弾き飛ばされるどころか、微動だにしていなかった。

 そして、チーちゃんの頭上に表示されたダメージは……

『1』だった。


「へ……?」

 春太は右手を突き出したまま固まってしまった。

 何が起こっているのか分からない。

 チーちゃんは反撃とばかりに甲高い声を上げ、熊に噛みついた。

「ギャウッ!」


 熊の頭上に、『2528』と表示された吹き出しが躍った。


 チワワの十倍も二十倍も大きな熊が、ひっくり返ってドスンと倒れた。

 倒れた熊は光に包まれ、半透明の天使に姿を変え、空へと昇っていった。

 倒した、ということなのだろう。

 しかも、一撃で。

「……チーちゃん強えな!」

 春太は突っ込まずにはいられなかった。何だよ、俺が3しかダメージ与えられないのに2500って、おい! 俺の800倍以上じゃないかよ!

『チワワ 〉〉〉 俺』という図式が思い浮かぶ。

 春太が守る必要など微塵も無いほど、チーちゃんは強かった。

 次はプーミン。

 世界最小種の猫・シンガプーラが精いっぱい体を大きく見せ、右前足を振り上げる。

 そしてしばらく唸りを上げ威嚇した後、手を出した。

「ウナー…………ァァァァ、ギャギャンッ!」

 小さな小さな手の、猫パンチ。


 二匹目の熊に与えたダメージは、『2744』だった。


「プーミンも強おぉっ!」

 春太はここで直感した。

 自分は当事者ではなく、解説者に成り下がってしまっていることを。

 二匹目も天使になって昇っていき、残る熊は一匹。

 最後はセリーナだ。

 セリーナは姿勢を低くし、バネを溜めて一気に解放。

 優雅に純白の毛をなびかせ飛びかかり、熊に噛みつく。

 チワワやシンガプーラであれだけのダメージを与えたのだ。

 大型犬であるボルゾイの与えるダメージはさぞ凄いことになるだろう。

 熊の頭上に『1885』の吹き出しが出てくる。

 あれ、意外に低いな……? 春太がそう思った次の瞬間。


 もう一つの吹き出しが出現。

 そこには『1813』と表示されていた。


「に、二段攻撃?!」

 春太は驚愕で顎が落ちそうになった。合計3698のダメージ! 俺の1200倍?!

 何という強さだろうか。みんな強い、強過ぎる。

 これではまるで、チートではないか。

 いや、チートなのか。

 普通、異世界にやってきたら主人公がチート能力を授かり大活躍する……そんな物語なら見たことがある。

 だが春太は熊に歯が立たなかった。

 その代わり、この子達は熊を圧倒した。

「チートを授かったのは……ペット?! 俺じゃなくて?!」

 衝撃の、斜め上を行く事態であった。

 最後の熊も昇天。

 それまで熊がいた所には毛皮とかリンゴとかが落ちていた。

 ゲームだとモンスターを倒した時、ドロップアイテムと言ってアイテムを落とすことがある。それと同じだろう。どのアイテムがどれくらいの価値があるのか分からないが、とりあえず全部拾っておこう。


 チーちゃん、プーミン、セリーナが春太に目を向ける。

 彼女達は戦闘前と比べ、その背中がとても大きなものに見えた。

 春太は情けなく地べたに這いつくばっていたが、何事も無かったように起き上がり、落ち葉を払い、親指を立てた。

「みんな、よくやった! 俺達の勝利だ!」

 解説しかしていなかったことなど忘れ、勝利を喜んだ。『チームプレー』良い言葉だ。

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