異世界にやってきて
第1話 あるー日……森の中……♪
春太にとって優先順位の最高位に輝いているのは犬と猫だった。
犬と猫どちらが上か、という血で血を洗う論争には決着がつかなかった。
どちらも愛してやまない少年はやがて、どちらが上か考えるのは不毛であると悟る。
愛犬も愛猫も『やめて、わたしのために争わないで!』と言っている……それを姉に報告したら『病気じゃないの? それよりあなたのクラスのフロレンツファンドの御曹司、紹介してよ』と真顔で返された。美顔ローラーをコロコロさせながら、鏡越しに。こんなビッチのいる世界なんて優先順位は最下位だ。
そうして最適解を見付ける思考の旅が『異世界で愛犬・愛猫と暮らすことこそ至高』と定義するのは必然だった。
毎日毎日、学校から帰ってきてはセリーナ達を抱き締め願いを口にした。
ここではない、全然別の世界でこの子達と暮らしたい。
そして、今日も同じように願っていただけだった。
願いが通じたのかもしれない。
気付くと、春太は家の庭とは似ても似つかない場所にいた。
見知らぬ森。
鳥達のさえずり。
獣たちの鳴き声。
落ち葉がぽつぽつと横たわる下草の絨毯。
記憶の片隅にも無い場所。
うっすらと異世界という可能性を感じながらも、どこだここは、と春太は四方八方を見回した。単にどこかの山に連れてこられた可能性だってある。
だがセリーナ達のもふもふした感触もあった。
セリーナも、チーちゃんも、プーミンも、抱き締めた姿勢のままここにいる。
ボルゾイのセリーナは白い長毛でふかふか。
チワワのチーちゃんは黒い背中が綿のような手触り。
シンガプーラのプーミンはセピア色の短毛が独特の滑らかさを伝えてくる。
例えば、春太が家の庭で眠らされてどこかの山に連れてこられたとする。そうしたら、セリーナ達まで一緒にいるのは不自然だ。この子達まで一緒に眠らせて山に連れていき、同じ場所で同じタイミングで起こす……それは極めて難しい気がする。やっぱり『どこかの山に連れてこられた』線は無いんじゃないか?
家の庭から突然未知の土地に来てしまった不気味さ、人気のない寂しさ。
漠然とした不安が霧のように胸中を覆う。
春太はセリーナ達を入念に撫でた。一人だったらちょっとヤバかったかもしれない。知らない土地に放り出されるのは想像以上に不安だ。
「どこだろうねここは」
不安を紛らわすため、セリーナに話しかける。セリーナも辺りを見回してにおいを嗅いでいるので、知らない場所なんだろう。
チーちゃんは地面のにおいを嗅いでいて、プーミンはキョロキョロしていた。
これはこの子達が初めて家に来た時の反応と同じだった。
しばらくして、春太はある所に目を付けた。
森の切れ目がある。あそこなら遠くを見渡せそうだ。行ってみよう。
草花の背が低く、木々の間隔も空いているため歩きやすかった。
まだ日が高いのか、明かりもけっこう差し込んできている。
花や草木の発する自然の匂いがとても爽やかだ。
落ち葉や草をサクサク踏みしめながら目標地点まで到着。
視界が開けると、思わず目を見開いてしまった。
左手にはルビーのような赤い山脈。
それは人を寄せ付けないほど峻厳で、しかも飛竜の舞う姿まで確認できる。
右手には荒涼とした大地。
岩だらけで草木も無く、生命の気配が感じられない。
そして、よく見ると岩がひとりでに動いているではないか。
中央にはもやの中に、ダイヤのように輝く浮島。
何かに吊るされることもなく、島が自力で浮遊していた。
「うわー……これはっ……!」
幻想的で、神秘的で、圧倒的な絶景。
風景の全てが常識を否定し、今ここにある質感を叩きつけてくる。
確信に変わった、ここは異世界だ。さっきまでは半信半疑だったけど、これはもう疑いようがない。うわー本当に来ちゃったのか。来たいとは思ってたけど。思ってたけど……いきなりだったな。いきなり過ぎだろ。うわー色々準備とかできてないし。心の準備とかさ、色々とあるじゃん? というか、こういう時って『うわー』連発しちゃうな、うわー。
すぐ傍の木を触ってみると、どっしりと中身の詰まっている感触があった。
リアリティが指先から腕、更に全身へと伝わっていく。
ガーガーとカラスのような鳴き声が聴こえてきて、春太はびっくりした。
そこで我に返る。
「そうだ。これからどうしよ……」
幻想的な風景に心奪われていたが、現実的な問題に頭が注意を向け始める。まずここがどこだか分からないし。とりあえず山の中だってことは周囲が山の斜面になっているから分かるんだけど。食料も無いし、お金も無いし……
色々とポケットをまさぐってみたが、出てきたのは犬用の玩具だけ。食料が良かったんだけどなあ。
この玩具は犬が噛むとペピューと鳴るようになっている。
とりあえず強く握って鳴らしてみた。
ペピュー……
寂しさが込み上げてきた。
よく考えてみれば、この世界には身寄りもない。どうやって生活すれば良いんだ? いや、そこは考えないようにしよう。とにかく町だ、どこでもいいから町に行かないと。
下山を第一目標とする。無闇な下山は危険だが、待っていても捜索隊は来ない。それに……何だかよく分からないけど、コレがある。
春太は背中に手を回し、革の硬い感触を確かめた。
その革は剣柄だ。
この世界に来た餞別かどうか分からないが、短剣が与えられたようだった。いざとなったらこれで危険を切り抜けろ……ってことだろ?
セリーナ達がまだ興味津々で遠くの絶景を眺めているので、ほら行くよと言って歩き出す。斜面に沿って下っていけば大丈夫だろう。幸い、森の密度が薄いため方向感覚が狂うことも無さそうだ。人生初のサバイバル、いってみよう。
春太が先頭で、その後からチーちゃんとプーミンが時折追い越しながらついてくる。
最後尾からセリーナが周囲を確認しながらついてきていた。
ガサガサ音を立てて何かが近付いてくる。
ビクッと春太は心臓を跳ねさせた。何か来たあっ!
あわあわと手を動かし、そうだ短剣、と思い出して剣柄を握る。
チーちゃんとプーミンが音のする方に目を向け、セリーナが耳を立てる。
これらの反応はそれぞれの性格が出ている。
チーちゃんとプーミンは興味、セリーナだけは慎重さが出ているのだ。
シルエットを確認。
春太より二回り以上大きい。
動きは四足歩行で、明らかに獣の足運び。
それが三匹、真っすぐ向かってくる。
緊張しながら春太は目を凝らす。なんだ、いったい何が来たんだ……?
友好的な気配は微塵も感じられない。
シルエットが鮮明になると、それが熊だと分かった。
熊が三匹、春太達から十歩の距離の所で止まった。
チーちゃんが小さい体にも関わらず吠えて威嚇する。
プーミンが爪先立ちになり少しでも体を大きく見せようとする。
セリーナが微かに口を歪めて唸り声を出す。
春太が唄い出す。
「あるー日……森の中……熊さんに……出会ーった……?」
パニックで続きが思い出せない。あれ? 出会った後どうなるんだっけ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます