ペット無双で狩場をお散歩

滝神淡

プロローグ

 時代劇に出てきそうな茶屋がある。

 茶屋の前の通りには、緩やかな賑わいがあった。


 往来の顔ぶれは実に様々。

 人間の男性と歩きながら談笑しているのは、耳の尖ったエルフの女性だ。

『今日は初めてのダンジョンだから頑張ろうね』『経験値稼げるかな』

 そんな二人の格好も特徴的である。

 人間の男性は顔以外全身をプレートアーマーで覆っており、腰には長剣。

 エルフの女性は軽量そうな胸当てを着用し、弓を肩に掛けていた。

 これから戦いにでも行こうかという出で立ちである。

 その後ろには、ずんぐりした体躯でヒゲ面のドワーフが三人組ではしゃいでいる。

『今日こそは三層まで行くぞい!』『いや四層まで行くのだ!』『いやいや最下層まで行こうよ!』

 ドワーフ達はそれぞれ巨大なハンマーを持っていたり、大剣を背負っていたり、水晶の付いた杖を持っていたりと様々な格好をしていた。

 この三人組とすれ違うのは、音の外れた鼻歌を響かせるトカゲ顔のリザードマン。

『フフピン、フフフィン、ピフーフピューン。今日は良いレアが出たぞう!』

 ごきげんなリザードマンは革製の鎧を纏い、背中には斧という姿。

 皆物々しい格好をしてはいるが、温かな活気が通りを満たしていた。


 そんな物々しい格好をした道行く人々の気を引こうと茶屋のエルフ店員が呼び込みを行っていた。

『お団子いかがですか~! ダンジョン行く前にお団子いかがですか~! ダンジョン名物『モンスター団子セット』もありますよ~!』

 茶屋の店内では甘い匂いに誘われてやってきた者達がテーブルに着いており、人間の店員が両手に盆を載せ注文の品を配膳している。

 店の奥からは新たに蒸し上がった団子の湯気。

 そしてその湯気に乗ってたれの匂いや醤油の匂いも流れてくる。

 この匂いに強烈に食欲が刺激され、注文する声、新たに暖簾を潜った客を案内する声、せっせと動き回る店員達の弾んだ声などで店内が満たされていた。

『モンスター団子セット二つ下さーい!』『三名様ご来店でーす! あちらのテーブル席へどうぞ~!』『ハイお待ちどおさま~三色団子と草団子でーす!』


 店内の賑わいと通りの賑わいに挟まれた、店先の長椅子。

 そこには中学生くらいの二人組が並んで座っていた。

 一方は黒髪黒目の男子で、風乗春太かぜのりしゅんたという。

 注文した団子が運ばれてくると、春太が盆を受け取った。

 盆の上に並ぶのは『モンスター団子セット』二人前で、モンスターの焼き印が押された串団子とお茶のセット。

 だがこの茶屋はモンスターの焼き印をしただけで名物と名乗るほど安い商売をしているわけではない。

 春太はメニュー表に記載されている説明書きを読み上げた。

「どれどれ……このお団子には地域特産の『フルフルツル』が練りこまれており、極上のもっちり感が出て」

 そんなことをしている間に、隣から手が伸びてきて団子の串を攫っていく。

 春太の隣に座るのは赤茶色のショートボブに薄く日焼けした少女で、マキンリア・アイノーといった。

 マキンリアは春太の説明が終わる前に団子にパクつき、「ん~!」と感動の声を漏らし喜びを爆発させる。

「ん~……っ! あー幸せぇ……! ところで、シュンたん何か言った?」

 どうやら彼女は全く話を聞いていなかったようだ。

 春太は説明を諦めた。別に説明をしたかったわけでもないし。


 マキンリアは食べることが好きだ。

 だがその『好き』の度合いはちょっと考えられる域から外れている。

 一日七食(朝食・間食・間食・昼食・間食・間食・夕食)食べるとか。

 間食を一回抜いただけで腹が鳴る(二回抜くと倒れる)とか。

 クラスメイトが飴玉を常備しているのに対し、彼女はおにぎりを常備しているとか。


「マッキーは本当に食べるのが好きだね」

 春太も団子を頬張りながらそう言うと、マキンリアは串を立て、教授然とした真剣な表情を作った。


「全ての道は、食に通ず」


 過去の偉人の名言を紹介するように、厳かに。

 その真剣さは本当に大事なことを言っているかのようだ。

 だが春太はいつものことだ、と冷静に対処する。実際いつものことなのだ。

「名言っぽく言ってるけど、単なる欲求じゃん」

「欲求をなめちゃいけないよ。食欲とは三大欲求の一つ、ということはそれだけ偉い欲求ってことだよ。人は食べなければ生きていけない。故にあたしは、食欲を飼いならすのではなく……食欲に飼いならされることに決めた……」

 そう言ってマキンリアはもう一口パクり。

「何でそれを『決め台詞言ってやった』みたいな顔で言えるの? まあいいや、おいしい?」

「おいしい!」

 バンザイするように全身で満足を表現するマキンリア。

 彼女はこういう娘だ。変わってるというか……凄く変わってる。別に大食いというわけでもないし、体型も普通。しかしあくなき食欲に忠実に。まあ、美味しそうに食べるのは良いところかな。でも食費がかさむのがネック。


 春太達の所へもう一度盆が運ばれてくる。

 そこに乗せられているのは、何の味付けもされていない白団子。

 盆を受け取ると春太は長椅子から尻を離し、地面にしゃがんで盆を置いた。

 これは、春太のペット達の分だ。

 春太達の足下には三頭の犬猫が白団子に目を輝かせていた。


 まず先頭で団子に飛びついたのはチワワのチーちゃん。

 チワワと言えば広く知られた犬種で、小型犬の代名詞と言えるだろう。

 つぶらで愛らしい瞳と大ぶりな耳が特徴。

 チーちゃんは小さな口で勢いよくガツガツ食べていく。


 次に、そろそろと近付いて団子を口にしたのはシンガプーラのプーミン。

 シンガプーラは世界最小と認定されている猫で、セピア系の短毛、毛ヅヤの良さが特徴だ。

 プーミンは顔をくしゃくしゃにして嬉しそうに食べていく。


 最後に、行儀よく上品に団子を口に運んだのはボルゾイのセリーナ。

 ボルゾイは優雅な毛並みに長い脚、細い体を持つ大型犬で、気品溢れる佇まいが特徴。

 セリーナは音も控えめに涼しげに食べていく。


 春太はそれまで穏やかな表情をしていたが、彼女達(全員メス)の食べる姿を見た途端にデレデレになった。

「いい食いっぷりだなあ、おいしい? そうかおいしいか~! ん~おいしいね~!」

 ともすれば赤ちゃん言葉で話しかけるような勢いである。

 あまりのデレデレぶりにマキンリアが引きつった笑顔で言った。

「シュンたんって親バカだよねー」

 それは聞き捨てならぬとばかりに春太はすっくと立ち上がり、急にキザな顔になった。


「『吾輩は猫が好きである(犬も)』と文豪は書いた……」


 とっておきの知識を披露するように、静かに響く声で。

 それはとても高尚な教えを説いているかのようだった。

 だがマキンリアはいつものことだ、と冷静に突っ込む。

「それ今作ったでしょ。しかも括弧から括弧閉じが猛烈に後付けくさい」

「いや後付けとは言うけれども、人とペットという関係は人間の歴史そのものと言っても過言ではない。ということは、後付けじゃなく先付けだったんだよ……! 人は一人では生きていけない。ペットに依存しなければ生きていけないように出来ているんだ。故に俺は、この子達を飼うのではなく……飼われることに決めた……」

「カッコつけて言ってるけど台詞が変態っぽいよ」

「それよりほら見てよ食べた後、口の周りをペロッとするこれ、この仕草! たまんないよ!」

 春太はまたデレデレになって強力なペット愛を披露する。

 マキンリアはそれを自然に聞き流してもう一度団子にパクついた。

 串に刺さっていた団子は三個なので、食べ終わってしまう。

 もぐもぐしながらマキンリアは手を差し出した。

「シュンたん食べないならちょうだい」

「一個ならあげる」

 春太は長椅子に座り直し、二個目の団子を口に放り込む。

 串に残った団子は一個なので、それをマキンリアに渡した。

 それから春太は振り返る。

 真後ろは茶屋だが、斜め後ろには幻想的な絶景が広がっていた。


 視界の左手には直径100メートルという巨大な木の幹。

 中央にはそんな木々でできた森の切れ目から見える砂漠と、遠方には遥か空から光の粒が降り注ぐ滝。

 右手には地上から空へ昇っていく雪景色。


 茶屋に団子ではイマイチ雰囲気が出ないが、これを見るとやはり異世界にやってきたんだな、と感じる。

 食べ終わって茶で口をすっきりさせ、春太は立ち上がった。

「よし、充分食べた。行こうか……ダンジョンへ」

 そして二人はモンスターの棲息圏『ダンジョン』へ出かける。

 本業はダンジョンへ潜り、モンスターを倒し、その戦利品を売って生活する冒険者だ。


 ダンジョンに入ると、奥から逃げてくる冒険者達に遭遇する。

 鉄の鎧を纏った者、革の鎧を纏った者、魔導士風のローブを纏った者などが七~八人転げるように走って来た。

「ボスだ、ボスが出た!」「助けて、ムリいっ!」「逃げろおっ!」

 どうやらボスモンスターが最下層でなく入口すぐの所で出現してしまったらしい。

 ボスモンスターはその名の通り、非常に強い。

 ザコモンスターで苦戦するような冒険者では100人いたって歯が立たないほどに。

 姿を見せたボスモンスターは巨大なひょうたんに手足をくっつけた見た目で、口もあった。

 子分としてザコモンスターも30匹くらいついてきていた。

 ボスは口を開けると不快な音で叫ぶ。

 その威力は凄まじく、逃げていく冒険者達を吹き飛ばした。

 ドサドサと春太達の前に落下した冒険者達は焦りの声を上げる。

「やばい瀕死だ!」「回復回復!」「バカ、出口まで走った方が早いって!」「誰かボス倒してえっ!」「あ、君はあれ、倒せるか?!」

 この状況で逃げもしない春太達を見て、逃げてきた冒険者達が期待の目を向ける。

 春太はフッ出番か……とニヒルな笑みで応じた。迷える子羊たちを救ってやろう。

「よし、任せろ……俺のペット達に!」

 隣のマキンリアがジト目で突っ込みを入れる。

「自信満々に言ってるけど活躍するのはペットでしょ?」

「俺の手柄は俺のもの。ペットの手柄も俺のもの」

 名言とばかりに豪語する春太にマキンリアが冷や汗付きの笑顔で震えた。

「さ、最低だー!」

「うるさいなあ、ギャグだよギャグ、グーギャーだよ。それじゃ、ちゃちゃっと――」

 春太はチーちゃん、プーミン、セリーナに向き直り、我が物顔で命令を下すと思いきや。

「――やっちゃって下さい! お願いしやす!」

 土下座した。

 するとペット達がボスやその子分の軍団に向かって動き出す。

 チーちゃんが炎の魔法を唱えると、あちこちで白金色の火柱が上がる。

 それらは眩しい光を発しながらモンスターを焼き尽くし、子分のザコモンスターを半分殲滅してしまう。

 逃げてきた冒険者達がそれを見て呆気にとられる。

 しかしこんなのはまだまだだ、と春太は口の端をニィッと持ち上げた。

 プーミンが雷の魔法を唱えると、バリバリと空気を裂く音を響かせ雷撃が炸裂。

 幾つも枝葉を伸ばし、雷撃が子分の残りを掃討した。

 ひょうたん姿のボスは口を開け雄叫びを上げる。

 そこへセリーナが突っ込んでいく。

 セリーナは吹き飛ばされない、こんな雄叫びなど蚊に刺されたも同然。

 目にも留まらぬ速さで接近したセリーナは弾丸みたいに体当たりし、ボスを粉砕した。

 逃げてきた冒険者達がなんだあれは、と顎が外れそうなほど驚いていた。

 春太は教えてやろう、とばかりに意気揚々と決め台詞を吐いた。

「これぞ愛犬無双、または愛猫無双……人呼んで『ペット無双』だ……!」

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