妄想好きの少女

ふりかえってもいない

 これはある片想いをしている可憐な少女の物語。

 

 少女の名前はセイラ。少女は今一人、暗いゴシック調の部屋のソファの上に腰をかけている。夜の青白い光が窓から部屋に入り込み、少女の綺麗な金髪の巻き髪を照らしている。そんな少女の腕の中には六十センチメートルほどの少年人形が少女に抱きしめられている。そんな少女の口は端が吊り上がり、美しくも怪しい表情をたたえている。少女は微動だに動かず、ただ自分の世界の中に入り込んでいるのであった。


 少女がある街の少年に恋をしたのは一年ぐらい前の話だった。少女は遠くの街から転勤してきてまもなくのことだった。一人少女は知らない街の片隅で少女がお気に入りのぬいぐるみを腕に抱き、ポツンと立っていた。そんなおり、少年が現れた。いきなりどこからもなくスタスタと少女の目の前に立つなり、薄ら笑みを浮かべて少女を眺めている。少女は不思議に思ったのだが、その時は適当に笑みを返すと、少年は何事もなかったかのように少女にそっぽを向いてさっさと歩き去ってしまったのであった。少年とはいえ、少し長老のような雰囲気を醸し出しており、瞳の奥に何やら不思議な光を宿した少年であった。


 これが後で少女の心を深く傷つけることになる出会いの始まりだった。


 少女はその出来事の時は少年に対して何も感じなかったのだが、また別の日に少年が少女の視界に入ってくるようなことが続いたので、少女は思ってしまったのであった。


「彼はわたしのこと好き?」


しかし、少女はとても照れ屋さんであったので、少年と一度も口をきくことなく、自分の想いだけを肥大化させていくのであった。少年とは、少女の妄想の中では一番の理解者同士であった。


 そんなことが半年続いたある日。

ある町の一角で見知らぬ少女と少年が人目につかぬところで向き合っているのを発見した。少女は見つからないようにとっさに建物の端に隠れて二人の様子を見守った。少女の顔が赤くほてりはじめ、胸もびくびく高鳴っている。不安げに少女は少年と見知らぬ少女を交互に見やる。そして息を殺して聞き耳をたてるのであった。


「あ、あの、わたしウィル君のこと好きなの」


 見知らぬ少女はうつむき加減で、ほてるほほを少年に隠すように上目づかいで少年を見やる。


 なんと、見知らぬ少女は少年に愛の告白をしているのであった。

 少女ははじめて聞く少年の名前に胸が興奮すると同時に、少年の見知らぬ少女に対する反応が気がかりで、自分が一番起こってほしくない場合を想定して、少女の美しいほほが真っ赤に蒸気し始める。


 少年は口端を吊り上げると、言葉を発しようとした。少年の顔にはうれしさと困った表情が混ざっている。


 しかし、少女は少年の顔が満面の笑みに映ったのであった。少女は泣きながら少年の見知らぬ少女に対する言葉を聞く前に走り去ってしまった。少女は深く傷ついた。


「きっとあの少年・・ウィル君は、あの少女のことが好きだったんだわ。わたしったら勝手に妄想して馬鹿みたい」


 それからというもの少女は街から姿を消した。ずっと邸宅に引きこもり、少年のことを想い続けては泣いた。少女には彼こそが自分の理解者であるかのように映っていた。少女は今まで少年が自分のことをもしかしたら好きであるかもしれないと考えたことを悔やんだ。あまりに少女の想いは強く、少年には届かないこの想いを殺し、不出来な少年人形をこしらえて、少年人形に向かって語り続けるのであった。


「ああ・・わたし達、一度でも会話する機会があったのなら、お互いよい理解者になっていたでしょうに。あんな女の子よりもよい理解者に」



そう言って少女はしくしく悔しさと悲しみと少年への想いをこめた涙を流すのであった。しかし、悲しいことにこの少女の血の涙は少年には届かない。


 しばらくして少女は気が狂いはじめた。


 あの見知らぬ少女と少年が仲良く手をつないでいるような想像をしたり、少年人形に語りかけるを繰り返して一人、薄暗い部屋の中で笑うのであった。


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妄想好きの少女 @rottingapple

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