第16話 楽園1
世界が闇と吹雪に閉ざされてから、長いあいだ人間たちは
あちこちで小さな村や街にわかれて点々と暮らしていた。
そんなある日、村に一人の男がやってきた。
名のある祈祷師だというその男は祭りをすれば
太陽を呼び戻せるといった。
村の人々はそれに賛成し、その晩盛大な宴が催されることになった。
人々は矢倉を建て、灯りを吊るし、歌い踊った。
僕と姉、そして他の子供達も珍しい出来事に少なからず
胸を踊らせていた。
しかし祭りの間、例の祈祷師の姿は見えなかった。
あの不気味な男を見つけようと、僕は一人広場の階段を降りた。
すると宴の灯りの片隅、肉屋の台所の扉が開いていて
中から横たわった牛が頭を出しているのが
薄エメラルドグリーンの灯りに照らし出されていた。
僕は、後から付いてきた姉とドアの前まで駆けよると
おそるおそる中を覗いた。中には誰もいない。
ただ大きな牛の死体が静かに横たわっている。
僕たちはしばらくその牛をまじまじと眺めていた。
すると姉が僕の肩をたたいて、その手を波のように小さく
ひらひらさせてから、牛のほうを指さした。
「少し動いている」と言いたいらしかった。
すると急に牛がビクリと大きく動いたので
僕たちは思わず息をもらしてのけぞったが
その場にとどまり牛から目を離さなかった。
牛はその後ももぞもぞと動いていたが
やがてバキッと骨が折れる様な音がして
一瞬、動きが止んだかと思うと、今度はすごい勢いで
バキバキ、ポキッと鳴り出し、徐々に牛の腹が盛り上がっていった。
次の瞬間、牛の腹に空いていた切れ目から血にまみれた人間が現れた。
祈祷師だった。
僕達もこれにはビックリして叫び声を上げた。
今まで祭りに夢中になっていた他の人達も駆け寄ってきて
男の異常な姿を目の当たりにしたが、ざわめく村人達に彼は言った。
「生贄だ、牛を生贄に捧げるのだ!」
すると一瞬の沈黙をおいて、みんなが一斉に沸き立った。
「そうだ」「大事なことを忘れていた」「生贄だ!」
「いけにえ!いけにえ!いけにえ!いけにえ!」
男達が台所から牛を引きずり出し、矢倉の方へ運んで行こうとする。
僕と姉はあまりの光景に怖くなり走りだすと
そのまま村の外へと逃げ出した。
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