◇St.four:女子会♪


 *そう、仁子ひとこの願いは――。








「上手く焼けなかったねー」

「あーあ、あんなに一生懸命混ぜたのに。くそっ、生地野郎め。手強いったらねぇよ」


 三人はこたつに入り、ぬくぬくと温まりながら購入した菓子類、そして杏鈴あんずが見事に泡立て切ったホイップクリームをつまみにし、缶チューハイで乾杯していた。


 結局、何度かトライしたものの、ガトーショコラの生地は言うことを聞いてくれず、理想通りのものはひとつも完成しなかった。ハッキリ言って、とても人様に差し上げられるような出来ではない。


 膨れ切れず、ぷしゅっと空気が抜けた風船のように潰れてしまったものや、ダマになった小麦粉を浮かべ焼き上がらずドロッとした生地のままになってしまっているものなど、暴れん坊将軍・梨紗りさが施した雑な工程が失敗の原因の大半を占めているだろう。


「もう、仕方ないわ……終わったことは」


 仁子ひとこには責める気力も怒る気力も残っていなかった。机にピッタリと右頬をつけて、ぐったりとしている。


 そんな力の抜けた仁子の口元へ近づけられたのは、とろんとしたホイップクリームを乗せたシルバースプーンの先端だった。


「仁子ちゃん、あーん」


 とことんGoing my wayな杏鈴あんずは素晴らしい。そしてその甘酸っぱい小悪魔風な表情には女の仁子ひとこでさえ、少しドキッとさせられるのだ。


 恥ずかしさから「あーん」と言葉は返さぬものの、仁子は上品に口を開きホイップクリームを含んだ。


「おいしー?」

「うん。おいしい……生クリーム、あって良かったかも」

「よかったー。甘いものは疲れが取れるよねーっ」


“本当はあまったガトーショコラで取れたら最高に素敵だったね”、なんて言えない。


 仁子があの瞬間口走ったことは、ちょっとしたジョークとイジワルに過ぎなかった。仕上がったガトーショコラはラッピングして、残った分は三人でシェアしてこうやって一緒に食べるつもりでいた。バレンタインを作ったあとに女子会、定番のお楽しみな流れで。


 仁子はふと、ハッと何かに思い当たったようだ。視線を脇へとずらすと、視界に映るはまだ開けていない大量の菓子類や酒類。


「お、何か、新しいやつ開けるか?」

「もしかして、作ったあと、こうするために、わざといっぱい買ってきてくれたの?」


 梨紗りさ杏鈴あんずを交互に見やる仁子ひとこ。二人は黙ったまま、互いの顔を見合わせる。そして少し照れ臭そうにしながら口を開いた。


「あー……うん。折角だし。パーティー的な? なぁ?」

「でも、仁子ちゃん何が好きか知らないってなぁってね。試行錯誤してるうちに、いっぱいになっちゃって……レジで減らそうと思ったんだけど、結局どれを除外すればいいのかも決めれなくて……ね?」

「ま、正直作ったバレンタインの端切れじゃぁ満足出来ねぇだろうなって言う不純な考えも若干あったけどな。しっかし、いくらなんでも買い過ぎだった。こう言う女子会的なやつの時って、三人だったらどれくらい買い込むのが適量なんだ?」


「ご、ごめんなさいっ!」


「へ?」

「えっ?」


 唐突に謝罪へと至った仁子。その行動に梨紗と杏鈴のまばたきは一時的に早まった。


 顔を上げた仁子の視界は感情の昂りから、薄らと潤んでいた。


「その、私っ、二人がそうやって考えてくれてることに気がつけないで、予算がどうとか無神経に怒り散らしちゃって。私も、そのっ、全然こういう女子の会、したことないのっ。こうやって人を自分の家に招いたの、今日が初めてなのっ。だからっ……だからっ……」


 ふわ、と仁子ひとこの身体に柔らかく巻きついたのは杏鈴あんずの白くて細い両腕。そこから伝わる優しい温もりに、仁子の左頬を一筋の雫が伝った。仁子が濡れた目線を梨紗りさへ向けると、頬杖をつき黙ったままで梨紗は笑んだ。


「わたし達も、仁子ちゃんと、おんなじ。もっと、仲よくなりたいんだよ?」


 癒された表情で小動物のようにスリスリと仁子の肩辺りに頬を擦り寄せる杏鈴。


笹原ささはらさん……」


 三人を結ぶは“不器用”のトライアングル。


「そう言うことっ。緊張してたから、作るやつ何か忘れちまったってわけ」

「それは本当にあり得なすぎだわ……けど」


 左手を目元へ寄せゴシッと擦ると、仁子は二人へ向け、笑顔を浮かべた。



「楽しければ、全てよしっ、ねっ?」









 *ちょっとだけ遠回りをして、叶ったのかもしれない――。




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