◇St.two:女子会?


 数十分後、自宅へと訪問してきた梨紗りさ杏鈴あんず仁子ひとこがリビングで声を荒げたのは言うまでもなく。


 仁子がバンッと両手を強く叩きつけたテーブルには梨紗と杏鈴が調達してきた材料が広がっている。


 しかしそこには、板チョコレートに小麦粉や片栗粉、生クリーム等のバレンタイン作りに使いそうなものだけでなく、グミやポテトチップス、スルメイカや数種類の缶チューハイにパックの梅酒など、明らかに不必要である食料達も大量に混じっているのだ。


 比率で例えるならば【本来必要である材料・二】に対し【不必要食料・ハ】と言える暴挙。


 仁子は床にヒラリと落ちていたレシートを拾い上げると、テーブルを挟んだ向かいに立つ二人の眼前へ果たし状であるかのように突きつけた。


「この金額!」

「七千円?」

「おかしい! 私、買ってきて欲しいもの! 昨日伝えたの、たったの三つ! 覚えてるでしょ!?」


 仁子ひとこの苛立ち剥き出しな様子に対し、二人の表情は寝ぼけ眼だ。その完全に舐め切っている雰囲気が、さらに仁子をイライラさせる。まるで言うことを聞かない生徒と、その生徒を叱る教師であるかのようだ。


「まさか忘れたの!? 卵ひとパックとバターとココアパウダー! 金額予測約千二百円ひとりあたりの精算料金約四百円! 板チョコとは調達出来てるから“いらない”とも言ったわよね! それに何この!」

「あー、それ願かけっつーか。だったかなぁって、迷ったんだよ」

「どっちでもない!」


 間違っている。予算も、粉も、何もかも。


 今度は右手だけで先刻の両手を超える勢いでテーブルを叩き上げた仁子。


 ビクッと杏鈴あんずが肩を小さく揺らした反動で何故かテーブルに乗っている生クリームのパックを手にした。仁子はそれを見逃さない。


笹原ささはらさん、それも不正解だから。あなたが食べたかっただけよね? ここでふっわふわに泡立てたくて買っただけよね?」

「……今これ、手に取っとかないと仁子ちゃんに捨てられちゃうって神様が……」

「捨てはしないわ。でもね、いらないの。今回はほんっとうにいらないの! 生クリーム使ったら日持ちしなくなっちゃうから。ウルウルした目しても無駄よ!」

「なぁ仁子、そもそも今日作るっつってたの、何て言うお菓子だっけ?」

 

 梨紗りさの能天気なぶっ込み具合に仁子はもう空いた口が塞がらない。そのままの表情で欧米風に首を数回横振りすると、仁子は疲れた様子でテーブルの椅子を引き腰を下ろした。


「ガトーショコラよ」


 仁子から告げられた名称に、杏鈴は生クリームを両手で握り締めたまま助けを求めるように梨紗をチラリと窺う。その視線を受け取ると、梨紗はやたらと爽やかなスマイルを仁子へ見せた。


「あー、なんつーか、横文字って、難しいよな」


 梨紗が咄嗟に考えた突破口。それは無謀すぎる開き直りだ。


「は、はぁ!? 横文字って言うか、カタカナよ、カ・タ・カ・ナ!」

「だ、濁点が、入ってたから、忘れちゃったのかなー?」

「濁点って何!? 初めの“ガ”だけじゃない! 笹原さん悪ノリして便乗しないで!ちょっと新堂しんどうくんに似てきたんじゃないの!?」


 もじもじと意味不明な悪ノリを口走った杏鈴あんずへ容赦せぬ仁子ひとこ


 その隙を突き梨紗りさが悪巧みした小さな子どものような顔つきで、ポテトチップスの袋をバリッとパーティ開けにしてみせた。


 その攻撃にありとあらゆる顔面の筋肉を引きつらせた仁子。梨紗はそんな仁子に怯まず、ドカッと椅子に腰かけた。


「一緒にいると自然と似てくるって言うよなー。あたしもさ、最近 わたると似てきてない?」

「どこがよ! 全然似てないじゃない! ● 如月きさらぎさんが“蛇”なら小宮こみやくんは“蛙”よ!」

「それコトワザだろ! 知ってるぜ? “蛇に蛙”だろ?」

「違うわよ! “蛇に睨まれた蛙”よ!」

「梨紗ちゃんのやつだと、正直な梨紗ちゃんの欲望になっちゃうねー」

「笹原さん、棒読みで超地味な下ネタ挟んでこないでもらえる?」

杏鈴あんずウケんな。ってか、それだったら“蛇が蛙”の方が正しくね?」

「……如月さん……」


 ケラケラと笑い合う梨紗と杏鈴。流石は高校から友人同士である二人、色んな意味で息はピッタリだ。


 その脇でひっそりとわたるの抱える梨紗に対する日頃の心労へと深く寄り添った仁子。気を取り直すべくキッチンへと向かい、戸棚からシルバーのボウルをいくつか取り出した。


「もうポテトチップス食べながらで良いから、始めましょ。さっさと」

「つか、アイツらのためにに労力使うってのが何かなー」

「労力じゃないわよ。一応、Memberメンバーだし、仲間でしょ? 感謝を込めてと言うか、ね?」

「早く食べたいなーっ」

「笹原さん、食べるんじゃないわよ。作るだけよ、今日は」

「えっ、作ったやつ全部アイツらにあげる気でいんのか!?」

「当たり前じゃない。“Crystal Memberクリスタルメンバー男子にバレンタインを作る会”。これが今日の趣旨なんだから」


 作ることに参加しなければ食すに繋がらない、これに関しては止むを得ぬと思っていたが、まさかひとつも食べることが許されぬなんて。


 惰性の食い専思考である梨紗りさ杏鈴あんずに対し仁子ひとこのハッキリとした口調はダメージを与えたようだ。


 二人がしょんぼりと軽く肩を落とす様子も気にかけず、仁子はひとり、ポテトチップス以外のテーブル上の不要物をテキパキと別の場所へ一時的に避け、目的のものを作るためのテーブルセットを完了させた。


「よっし。じゃぁ、誰を何担当にしようかしらね」

「っつか、これさ」


 仁子が準備した中のあるものが気になったようだ。梨紗が手を伸ばしたのはカラフルな水玉模様のラッピング袋。


「あっ! それ、可愛いでしょう。百円ショップにあったの。水玉模様の色、凄くない? 赤・青・黄・緑でピッタリCrystalのカラーが揃ってるのよ」

「それはぶっちゃけどうでもいいんだけど」


 さすがは梨紗だ。普通の女子が感嘆の声を上げるような可愛い柄や色には全く関心がないらしい。


 素気ない梨紗に対し仁子が少しムッとした表情を向けているのを余所に、マイペースな杏鈴はキッチンの方へふらふらと足を運んでいった。


「これ、一種類しか買ってねーのか?」


 梨紗が関心を示したのは別の点だ。仁子が怪訝そうに首を傾げる。


「一種類しか? えぇ。そうだけど、何かおかしい?」

「や、うん。全部包み一緒にすんだなって」

「?」

と、分けたりしねーの?」

「本命? 何の話? 今日作るのは全部義理よ?」

「……ふーん。そっか」


 キョトンとし、長い睫毛をパチパチと小刻みに微動させている仁子。


「わりぃ。何でもねーや。忘れて。今の」


 梨紗は薄っすらと勘づいていたのだ。仁子があるMemberへ恋心を抱いているであろうことに。しかしその感情に仁子自身がまるで気がついていないと今の様子で悟った梨紗は、これ以上変な刺激を与えて怒りを再燃させぬよう、この話をフェードアウトさせることに決めた。


「そういや笹原ささはらさんー! そっちで何してるー?」


 ガラッと冷蔵庫の扉が開く音で仁子が杏鈴の動向に気がついたようだ。すると、ピョコッと顔を覗かせた杏鈴は、生クリームを右手に、泡立て器を左手にし、仁子の元へと小走りに戻ってくるなりこう言った。


「氷、あるねっ」


 口角を上げ、お得意の潤みを帯びた両方の瞳でじっと仁子を見つめた杏鈴。


「……もう、降参だわ……」


 こうして杏鈴あんず仁子ひとこから特別に“不要だけど生クリーム泡立て係”の任命を受ける事に成功した。


 異常な生クリームへの執着心に、さすがの仁子もお手上げたのだ。

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