第20話 最後のキスは血の味

「ケビンおかえりーあのねー」

「さやか!急いでお湯を沸かしてくれ!」


入り口まで行ったさやかは目の前のそれを見る…

血まみれのケビンに抱かれた見まみれのルーシーの姿。

そして…


「グォォォォォォ!!!!」


ドアの向こうから聞こえる大きな獣の声。


「ちっここまで追ってきやがったか!」


ケビンはそっとルーシーを床に置いてこちらを見て言う。


「決して何があってもドアは開けるな!ルーシーを頼む、回復魔法は掛けたから血を拭いて安静にしてやってくれ」


そう言い残してケビンは家を飛び出していった。

その後すぐにそれは聞こえた…


「ぐぁぁぁぁぁぁぁ…」


叫び声が遠くなっていく…

さやかはとにかく目の前にいるルーシーをケビンの言いつけ通りに自分のいつも寝ているベットに運んだ。

そして、お湯を酌んできてタオルを濡らしルーシーの体の血を拭いていく。

ケビンの言う通り肩から背中にかけて拭いたら見えてきた傷口は既に塞がり始めていた。

だが出血が多すぎるのだ、体が冷えすぎてる。

さやかは服を脱いでルーシーを抱き締めるようにして布団にくるまった。


どれくらいそうしていたのだろうか…

さやかの体温もルーシーに冷やされて低くなり気が付いたら寝てしまっていた。

家の中は静かだった。

ケビンはまだ戻ってこない。

さやかは一度お風呂で自身の体温を上げてからもう一度ルーシーを暖めようと服を着て部屋を出た。

その時だった。


「ズガァーン!」


入り口の方で大きな音がしたのだ。

さやかがゆっくりと覗くとそれは居た。

忘れもしない、右目が潰れた巨大なあの熊だ。

そいつが玄関ドアを壊して入ってきていた。

熊は食料を探しているのか台所の方へ進んでいく…


恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い…


さやかの脳裏に永久乃の死体が浮かぶ。

だがさやかの後ろの部屋にはルーシーが寝ている。

今動けるのはさやかだけなのだ。

後ろを向いている今なら…


さやかは台所を破壊しながら食べ物を探して食べている熊に見付からないように背後から近づき床に放り出された包丁を手に取る。

そして、それを熊の首めがけて両手で突き刺した!

手応えはあった。

だが熊は振り向きながら腕を振りそれにさやかは横の壁に叩き付けられる。

頭がクラクラする…脳震盪ってやつだろうか?

さやかは呆然とする意識の中ゆっくりと顔を上げると熊が口を開けてさやかの頭部に迫っていた。


「さやか!」


ルーシーの叫びが聞こえさやかは吹き飛ばされた時にポケットから落ちた火の魔石が手に触れそれを熊の口の中に突っ込んだ!


「ルーシー魔力流して!」


さやかの行動を見て直ぐにそれを理解したルーシーはよろけながら飛び出し熊の後頭部に手を当て一気に魔力を流した。

ここが家の中であったため熊は直立していなかったので熊の後頭部に手が届いたのは幸運だったと言えるだろう。


さやかが熊の牙で腕を傷つけられながら引き抜いた直後熊の喉で火の魔石が一気に火を放つ!

火は熊の口だけでなく目、鼻、耳、そしてさやかが刺した後頭部からも吹き出した!

つまり、熊の脳まで火は到達したのだ。


そのままさやかの方に倒れてくる熊をさやかは慌てて横に逃げて潰されることなく回避した。

ズーンと言う大きな音と共に動かなくなった熊を座り込んだまま見ていたさやかの肩に手が当てられた。

振り向くとルーシーが口付けをしてきた。

お互いに口内に切り傷があり血の味がしたがそれは今生きているという証明だと二人は感じ口を離して互いを抱き締め合い…


「さやか、ありがとう」

「こっちこそ、ルーシーが居なかったら助からなかった。」


ケビンに頼まれて家用の火の魔石を一つ持ち帰っていたのがこんな形で役に立つとは頼んだ本人のケビンも思わなかったであろう。

二人は何度目かもう分からないキスを再び交わししばらくの間動こうとはしなかった。





「そうだケビンは?!」


突然思い出したかのように言い出すルーシー。

さやかは無言で首をゆっくり横に振る。

さやかは分からないと言う意味での行動だったがルーシーは助からなかったと解釈してしまいそのまま意識を失って倒れ込む。

それをさやかは受けとめルーシーを抱いて再び自分の部屋のベットに寝かせる。

そして、さやかはケビンを探しに家を出た。


ケビンは直ぐに見付かった。

生きているのか分からないが崖の下に倒れていたのだ。

さやかは走って崖を回り込みケビンの元まで行く。


「生きてる!」


ケビンは出血も多く落下であちこち打撲しているがまだ生きていた。

さやかはケビンをおんぶして来た道を再び歩き出す。


「今度は私が助けるんだ!」


さやかも今日は既に体を酷使して疲れている上に熊に叩き付けられた時に出来た怪我が結構酷くあばら骨にヒビが入っていた。

そして右腕は熊の牙で付いた傷から血が出続けていた。


「今夜は熊鍋が食べれるかなぁ~」


返事の無い背中のケビンに構うことなくさやかは語り続ける…

そうしてないと意識が保てないのだ。


「早く帰ってお風呂に入って体綺麗にしないとね、ケビンも汚れたままの私より綺麗になった私の方がいいでしょ?」


ケビンは答えない、さやかの歩いた後にはさやかとケビンの血が残る…


「今、私のベットでルーシーが寝てるの、だからたまには一緒に寝てみる?なんてね、驚いた?」


徐々に家には近付いているが歩みはどんどん遅くなっている。


「たまには私がシャワーを浴びてる時に覗きに来たりしてくれてもいいんだよ?むしろ来てくれないと女として自信なくなっちゃうな…」


後もう少しで家が見える、そこまで行けば…


「あのね、ケビン…私ね、ケビンがもし居なかったら絶対今生きてなかった。凄く感謝してるんだよ…」


一歩一歩が重い…血が出続けているから体重は軽くなってる筈なのに…


「それでね、私ねさっきケビンが生きてるのを確認して凄く嬉しかったの…その時に気付いたの、私ね…ケビンの事が好きなんだって…」


さやかは数分前から気付いていた。

背負ってるケビンの呼吸が背負った時は耳に当たって擽ったかったのに数分前からそれを感じなくなってるのを…


「ケビンがね、ルーシーよりも私にいつも優しくしてくれてるの私ね、気付いていたんだよ。ルーシーに悪いと思いながらも私にそれとなく向けてくれてる気持ちに実は気付いていたんだ…」


家まで後10歩…


「だからね、死なないで…死んじゃ…やだよぉ…」


遂に二人は家の前に着いた。

だがさやかもここまでが限界だった。

そのままケビンを背負ったまま前のめりに倒れ込む。


「大好き…ケビン…」


その時、魔法が発動した。

それはケビンがさやかに使った最初の魔法。

元々は婚約した相手との関係を進めるための恋の魔法。

異国の人間同士であろうと言葉が通じるようになるその効果は互いの国の言葉を両方が話せるようになる魔法。

そして、今は知られていないがその先がある。

婚約の魔法は互いの気持ちがお互いを愛しているの理解し二人の血を混ぜ合わせることで進化し婚姻の魔法となる。

その正体は。


健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓う誓約魔法。


これが発動した時、二人は神の祝福を受け、全ての病気や怪我を一度だけ完治して健康体で夫婦生活をスタート出来るのである。

それは例え瀕死であろうと…



こうして、二人は玄関先で気を失ったまま助かったのであった。

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