第9話 絶食

「う…うん…」


身体中がズキズキ痛むのを感じながらさやかは意識を取り戻した。

真っ暗な中に座っている状態で居る自分は一体何があったのか必死に思い出そうとする。

横と前の方からは小さい小窓みたいな部分から月明かりらしきもので少しだけ照らされている。

近付いて見てみようと動こうとして腰に何かが巻き付いているのに気付き徐々に記憶が戻ってくる…

そうだ、これはシートベルトだ。

つまり私は今車のな…か…


「ひっ?!」


視界に入ったそれで小さく出た悲鳴と共に一瞬にして記憶が戻りトラックがぶつかって転落したのを思い出した。

さやかの腰くらいの場所に首がおかしな方向に曲がった運転手のだった紫スーツの男の顔があったのだ。

口から赤い泡を吹いてどうみても死んでいる。


さやかはとりあえずシートベルトを外し横の窓が割れていたのでそこから出ようとした。


「ん…んん…」


すると後ろから呻き声が聞こえた。

この声は永久乃だ。

彼もシートベルトを装着していたので無事だったのだ。

さやかは今しかないと割れた窓から身を乗り出して脱出する。

その時ガラス片で何ヵ所か切り傷が出来てしまったが事故のショックと全身の痛みで気付かなかった。


そのままさやかは森の中を歩き続ける。

何処でもいい、人にさえ出会えれば電話を借りて警察に通報できる。

それだけがさやかを動かしていた。

慣れない上に人の手が入っていない山道はとにかく歩き辛く本人の体感で2時間は歩いたのではないかと思うが実際は30分ほどしか歩いていなかった。

それでも周りが明るくなってきたのはさやか達がそれだけ長い時間意識を失っていたと言うことなんだろう。

さやかは気付いていなかったが砂漠しかり山道しかり人は何かを目標としないとまっすぐ進めないもので、さやかも真っ直ぐ進んでいるつもりで左に少しずつ曲がっていた。

そして、森の中で少女?が歩いていると出会うものは相場が決まっている。


「追い付いたぞ!絶対に逃がさんぞ…」


その時、後ろからさやかのガラスで切った時に出来た傷から滴る血の後を辿って永久乃が追い付いてきたのだが目の前のそいつを見て固まってしまった。

熊である。

しかもサイズが明らかにおかしい…

さやかが女性で低めの身長とはいえ150はあるのにも関わらず前足を地面についているのに熊の口がさやかの頭より高いのである。


「うぁぁぁぁぁあああ!!!!!」


永久乃は叫び声を上げながら走り出した。

まるでその巨体がそこに今まで在ったのが嘘みたいに目の前に居た熊は永久乃に素早く襲い掛かってた。

逃げなきゃ…

永久乃が襲われている今の間に走れば助かるかもしれない、頭でも理解しているのだが体が動かない…


少しして足音が近付いてきた。

さやかは震える全身を無理矢理動かすとそれを見てしまった。

グッタリとした永久乃の腕をくわえたまま熊がさやかの近くへ戻ってきたのだ。

首がプランプランしている永久乃は既に死んでいるのが直ぐに分かった。


熊はさやかの目の前まで来てその腕を大きく振り上げた。

さやかの頭の中で走馬灯が一瞬にして駆け巡る。

だがさやかの耳に聞いたことのない言葉が飛び込んできて目の前の熊が叫び声を上げる!


それは矢に見えた。

燃える矢だ。

それが熊の右目に突き刺さっていた。

熊は悲鳴を上げながら一目散に永久乃を棄てて走り去った。

何が起こったのか訳が分からないさやかの肩を誰かが掴みしゃべった。


「ちょっと黙れこのムッツリスケベ」


はっ?

さやかは開いた口が塞がらないまま振り替えるとそこには職人っといった感じの固い表情をした一人の男が立っていた。

青い髪に青い瞳、そして右耳だけが尖っていて背中に弓のような物を背負っている。


これが私とケビンの出会いであった。

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