第10話 星空の下で Incidentally
帰途の道すがら。神楽坂ゲート付近にて。
『こちら、中央審議会所属、神楽坂ゲートの守衛主任、三笠晴香です。ただいまより、涙石の納品と、それに伴う清算処理を行います。神楽坂ゲート前に待機中の中央審議会所属のチェイサーに、今回の収穫内訳をデータとして提出して下さい。内容の質については、現物受け取り後に査定し、それを金額として算出して上乗せし、ゲート通過後にお支払い致します』
そのようなアナウンスが行われる中、多くのテイカー達が愛用のチェイサーと共に帰還を果たしていく。
中には熱や物体接触によって物理的に損傷したものもあったが、行動不能ないし機能停止状態寸前にまで損壊したような機体は無い様だった。
『涙石の引き渡しが終わった後は、機体の浄化も漏れなく行ってください』
アナウンスの声を横に、ボクと拓海はデータの処理とその引き渡し作業を行う。
機体の後部に有る収納スペースから自立機械によって取り出された涙石を、磁界に包み込んだ状態で、引き渡し担当のテイカーが乗っているチェイサーへと差し出した。
涙石は、その名前の通りに蒼く透明度の高い本体…を包み込む氷の外殻を伴った状態で、専用の薬液が満たされた容器へと収容されていく。
『今回は二個ですね?おお、これは良い物を獲得しましたね』
納品されていく涙石をセンサー越しに確認している女性担当者が、嬉しそうな声を上げている。
「あはは。その後の緊急事態が無ければ、同じ物があと二個は採れたかも。そこだけが残念でした」
『それは凄い!では、次回の収穫も期待出来ますね』
「もちろん、期待してくれていいですよ。ボクも稼げる時に稼いでおきたいですし」
『今回の収入でしたら、チェイサーもしっかりとメンテナンス出来ますし、次回の飛来までに備えられますね』
「明日、急に降ってくるとかない限りはそうですねー」
『ですね。流石のお天道様も、一日くらいはお休みをくれると信じたいですね』
そのような会話をにこやかに交わしている内に、納品した涙石の査定が終了したのか、簡単な概要と支払われる金額についてのデータが側面のモニターに表示された。
一般的な仕事の収入では、まずお目に掛かれないだろう金額が表示されている。
『査定終了ですね。では、ゲート前で浄化を受けた後、内部へお入りください。本日は本当にお疲れ様でした』
「お疲れ様でしたー」
挨拶を交わし、その場を離れる。
そして、ゲート横に備え付けてあるチェイサー用の洗車機械へと向かい、機体全体の浄化を受けた。その方法は洗車とほとんど変わらない工程で行われるので、時間はそう掛からずに終わった。
その後、同じく浄化を終えた拓海と共に、神楽坂ゲートを潜り、帰還を果たす。
『短時間だけだってのに、何かどっと疲れた気がするぜ…』
スピーカーの向こうから、芯まで脱力したような声が聞こえる。
疲労が伝播すると言う話は聞いた事は無いが、その声を聴いていたボクも、何故だか急速に体の力が抜けて行くのを感じた。
「ボクも疲れたよ。流石に涙から逃げるのは緊張するしね。その代わり、今日もぐっすり眠れそうだよ」
『ははっ。違いねぇ!さってと、どうする?予想以上に早く帰って来ちまったけど、商店街寄ってくか?』
「そうだね。そうしようか。ついでにさっき言ってた、お勧めのご飯処、紹介してよ」
『おおマジか。良いぜ、行こう。へへっ、期待してくれていいぜー?』
「はは、そこは疑ってないよ。学校時代からの随一の腹ペコキャラがお勧めしてくるところだからね」
『……ん?俺、そんなキャラで通ってたのか!?大食いなのは認めるけど!』
ボクの話に拓海は、実に驚愕したと手に取るように分かる反応を返してきた。思わず、笑いそうになってしまう。
「よーし、どんどん行くから、先導よろしくー。あと、さっきのレーサーの夢の話についても色々聞きたいから、そっちもよろしく」
敢えて無視して、機体を発進させるボク。
『夢の話は良いが、ちょっと待ってくれー!おーい、もしかして同級のみんなも、そんな認識なのか!?』
「ふっふっふ、さてね?」
分かり切っていたが、意味深に笑ってみたりする。
『うっわー、全力で否定したいんだが!?』
そのような、何処か悲痛な声を背後に聞きながら、ボク達は人の少なくなった、整備された大通りを、単車形態に変形させたチェイサーで軽快に走行していく。
こうして、先へと走って行くにつれて、ボク達の今日は終わりに近付いていく。雑多な作業は残っているけれども、今は、この終わりを味わいたいと思う。
空を見上げた。そこに流星は無く、自分が知りうる限りでは平常通りに星が輝いている。その景色は、ずっと眺めていたいと言えるくらいには綺麗で、透明だった。
星空の下で今日もボク達は生きている。こうして、今も。
(始まりの話・了)
天の涙と星の顔 ラウンド @round889
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