第9話 星空の下で Epilogue
定例行事と言っても、物事には限度と言うものがある。
今の状況もまた、そんなものの一つかもしれない。
「マスター。新たな涙の飛来を確認。上空の映像、出しますか?」
「うん、側面モニターに映しといて!余裕があったら見るから!」
操縦桿を操作し、目の前に次々と迫りくる予定外の障害物を回避しつつ、機体を危機の外へ向けて運んでいく。
ちらと目を側面のモニターに向けると、そこには、上空を駆ける無数の小さな流星が映っており、徐々に近付いてくる様子が嫌でも分かる。
「あー、もう。横倒しになってるビルが邪魔っ!」
半ば八つ当たりするように、目の前に存在する瓦礫に向けて機体の手をかざす。
すると、掌の中心から腕までがそれぞれ三方向に、まるで放熱でもするように内部機構を覗かせるように展開。その機構への僅かなエネルギー充填の後、コゥンと言う独特な低音と共に目の前の瓦礫に向けて、誘導用レーザーと共に光の輪を射出する。
その光の輪は、誘導用レーザーに沿うように移動して瓦礫の内部に消えると、次の瞬間には、瓦礫の中央に大穴を、円柱状の通路でも作るように穿ち、貫いた。
そしてボクはそのまま、その穿たれた大穴に向けて機体を滑り込ませる。焦れていたとはいえ、我ながら無茶をしたものだと思う。
「力押しは危険です、マスター」
案の定、八意から指摘が入った。
破壊したばかりの場所に突入したことで、目の前で飛散した瓦礫の破片がコンッと機体の外装にぶつかり、掠めて行く音が聞こえてくる。
ただ、この程度の破片がぶつかった程度では、この外装はビクともしない。
機体の製造元によれば、嘘か本当か砲弾の直撃からも内部を守ることが出来るのだと言う。その事実をここで改めて確認出来て、ボクは機体の設計者に感謝すると共に微笑を浮かべた。
「ほら、平気だから。八意は心配し過ぎだよ。だいたい、サカズキは本来なら軍事用の…」
そう言いながら、喜色を浮かべた目でチラと側面モニターの映像を見やる。
そこにはつい十数秒前に砕いた建築物の残骸が映っていたのだが、同時に、つい先ほど通過した穴の上から、崩落した瓦礫が大量に降り注ぎ、完全に埋没させている様子も同時に映していた。
「あ…」
その様子に思わず、我ながら、実に間の抜けた声が出た。
仮に、本当に砲弾の直撃をも防ぐ装甲を有しているとしても、流石に無策のまま瓦礫に埋まればただでは済まない事は、火を見るよりも明らかだろう。
「……うーむ」
瞬きを一つし、目を逸らすように正面モニターへと視線を戻す。
「力押しは危険です、マスター」
「…うん、そうだね。気を付けるよ」
事務的であるが故に容赦の欠片もない言葉に一瞬だけ怯みかけながらも、今、自身が置かれている状況からの脱出に集中することにした。
そんな寸劇の最中にも、状況は次々と動いていく。
予想外の瓦礫の分布状態のせいで、規定ルートから大きく迂回させられていた為に、涙襲来までの時間的猶予が急速に無くなりつつあった。
「涙の襲来予想時刻まで、残り五分です」
「旧板橋駅周辺の簡易ゲートまでの状況は分かる?八意」
余裕の無さから、半ば強引に、細かな破片を弾き飛ばしつつ前進させる。
「はい、マスター。先に後退した、拓海さんの機体の残留反応が確認出来ましたので、間も無く到達できるものと推測します」
「有難う。でもこれは、存外と余裕がないなぁ」
操縦桿を操作しながら、流れるように側面モニターが捉えている流星の映像を確認する。
青白い炎のように輝く無数の流星が間近に見え、その内の幾つかは、既に近郊の上空を通過し始めており、その度に遠くからは空気を裂くような轟音が響き渡る。
その影響からか、たまにモニターに映る廃墟の映像が揺れた。
その向こう側、上にも、まだ無数の涙が見える。その幾つかは、大気の洗礼に耐えきれなかったのか途中で砕け、滂沱の涙のように変わった火花を残して、消えていく。
「八意。アンカーワイヤーで機体を向こうまで跳ばすから、その後の制御支援をお願い!ここから一気にショートカットする!」
「了解しました、マスター。存分に機体をお使い下さい」
八意の了解の合図を確認するやいなや、機体の左腕からアンカーワイヤーが射出され、近場にあった廃墟に突き刺さし、仮固定する。
その後、今度はワイヤー部の巻き取りを開始する。
「あぁ、ドキドキしてきた…!」
機械によってワイヤーが勢いよく巻き取られ始める。
本来飛ばないはずの機体が、この勢いを利用して天へと舞い上がろうとしている。その事実と、ワイヤーを動かすモーターの駆動音は、不思議とボクの胸の鼓動を高鳴らせた。
そしてついに、その瞬間が訪れた。
「八意、足の制御用アンカーを起動して!刺す必要は無いから、ジャッキみたいに平面で!」
操縦桿を握って機体の姿勢を安定させつつ、八意へと指示を飛ばす。
その次の瞬間、ガンッと言う不穏な音と共に巻き取りが止まり、機体が引き摺られ始めた。
緩んでいたワイヤーが張り詰めることで、無理やりに機体が引き寄せられるために、その自重によって引かれる勢いに抵抗し始めたからだった。
ただ、そのまま引き摺られ続けては、機体が軋みと言う悲鳴を上げた末に壊れかねない。
「了解。アンカー、スタンバイ。起動まで…三…二」
そこで、脚部に備えてある転覆防止用のアンカーを別に起動して下方向への衝撃波を発することで、機体の重量抵抗を相殺することにしたのだ。
「…一…アンカー、起動します」
その声と同時に、何かのロックが外れる音と、体が下方へと引っ張られる強烈な感覚が襲い掛かった。それは、アンカーが起動したことによる減少だった。
「うっ…ぐっ…!」
この解決策は、コクピット内部にも大きな負荷をかける。
しっかりと防護処理がされているとはいえ、引き寄せられる勢いと、起動した瞬間に発せられるアンカーの衝撃が合わさり、ボクの体は思い切りシートへ向けて押さえつけられ、思わず力んだ声を出してしまう。
(じ、自分で言っといてなんだけど、だいぶん賭けだよね、これ…。でも、これなら!)
しかし、そんな無茶が功を奏したのか、そこからは特に問題は起こらなかった。
無事に跳びあがると、モニターに映る視界が一気に開けた。
跳んだ事で離れた地面は闇へと沈み、代わって東京塔の明かりに照らされた廃墟の光と影が、目に飛び込んで来た。
視線をその横に向けると、東京塔から届く光によって、境界部の補助防壁が出力を上げた事で生じたと思われる空間歪曲現象を見ることが出来た。
(圧巻だなぁ…)
悠長だと自覚しながらも、空中を舞い見下ろしたその風景は美しく、見惚れた。
しかし、重量を引き寄せる役割を果たしていたアンカーワイヤーが抜け、モーターの唸り声と共に巻き取りが再開されたことで、一気に現実へと引き戻される。
「マスター。着地地点の付近に簡易ゲートが存在しています。旧板橋駅まで、もう少しです」
「ん、分かった。向こうに読み込ませるデータを纏めといて」
「了解しました。なお、着地まで、あと十…九」
「おっと…!」
八意の注意喚起を受け、操縦桿を握る手に力を込め直しつつ、対ショック姿勢を取った。
「牽引用噴射装置、用意…!」
「了解しました。牽引用噴射装置、噴射用意…」
同時に、股関節部に搭載されているガス噴射用の可動式ノズルを、可能な限り下へと向けた。無論、本来の用途とはかけ離れている。
「着地まで、五…四…三…」
ゆっくりと、急速に地面が迫ってくる。
「噴射開始!」
「ガス噴射、開始します」
そして、接地するギリギリのタイミングで、下方向に向けたノズルからガスの噴射を開始させる。
それによる轟音が何処か遠くで響き、足元からはその気配をはっきりと感じることが出来た。
本来であれば、坂道等で重量のある物を牽引する際や、ごく短い距離を跳躍する時の補助として使うための物で、ジェット噴射のような継続した長時間の燃焼噴射は行えない。だが短時間の噴射で落下の勢いを殺すには十分な性能を有している。
一瞬、最初と同じように全身を押さえつけられるが、その次の瞬間にはふわりと浮かぶような感覚が、下半身から上半身までを駆け上って行った。
とは言え、それもすぐに着地の際の軽い衝撃で上書きされ、浮遊感を味わう暇も無く集中を余儀なくされる。
「うっく…よ、よっし!着地成功っと!」
間断なく体を揺さぶられ続けた影響が、今更になって体に不快感として充満していく。
「…機体各部のダメージは、軽微です。ただし、マスターの体も含め、使用後のメンテナンス作業は念入りにお願い致します」
しかし、八意の冷静な報告と盛大に鳴り響く警報音が、ボクの体にそれを抑え込む意地を与えてくれた。
「う…大丈夫、分かってるよ。幸い、問題ない範囲で収まったしね。まあ、おやっさんにはどやされそうだけど…」
「自業自得です。甘んじて受け入れることを提案いたします」
「はーい…」
八意の冷静な突っ込みに苦笑を浮かべる。この人工知能は、やはり手厳しい。
そしてそのまま、モニターに映り込む流星の様子をチラと確認しつつも、先程の浮遊している間に捉えていた旧板橋駅方面の簡易ゲートへと向けて、機体を走らせるのだった。
それから一分後。予め纏めておいた情報の転送により、機体の強制停止を受けることなく速やかに簡易ゲートに駆け込むことが出来たボクは、無事、拓海と合流することが出来た。
『おいおい。見てたぜー?お前って、相変わらずチェイサーの扱い方が奇抜なのな』
合流した直後、彼にこのような事を言われた。
「苦渋の決断ってことで一つ。ダメかなぁ?やっぱり」
確かに、短距離ならばガス噴射とアンカーワイヤーとの併用で何とか出来るが、飛行機能の存在しないこの機体で遠距離跳躍を行うと言うのは、技術者としての視点から見ても無謀な行為だと言えた。
そう言う意味でも、拓海の言葉には一理以上の意味がある。
ボクは苦笑した。
『いやいや、そう言う事じゃなくてよ。お前の使い方は、チェイサー乗りとして心揺さぶられるものがあるんだよ。こう、未知のロマンみたいな?』
しかし、拓海は慌てて否定し、何処か恥ずかしそうな声音でそう口にした。
「…そっか。拓海は相変わらずだね」
『当然だぜ。まだあの時の、レースライダーになる夢は諦めてねぇしな。お前だって、そうだろ?宇宙関係の仕事に就くってやつ』
「それは…まあ、そうだけどさ…」
拓海の言葉に、一瞬言葉に詰まってしまい言葉を続けることが出来なかった。
その時だった。
「お話し中、失礼致します」
『ホウコク、ガ、アリマス』
スピーカーから八意とツクミの電子音声が響く。さらにその次、コクピット内の全モニターが警告の表示を映し、緊急用アラームがけたたましく非常事態を告げ始めた。
その一連の流れで、凡そ、その後に続く言葉を察した。
「天の涙、落着します」
『ナミダ、ラクチャク、シマス』
直後、轟音が響き、天を光が裂いて行く。
それは驚異の連続だった。
青白い塊が尾を伴い、轟と音を響かせながら空を裂き、少し遠くの地面に突き刺さって更なる音と炎へと変じて行く。
それはセンサー類の取り込んだモニター越しの映像や音ではあったが、先程のドキュメンタリー番組を見ていると言う雰囲気はそこにはなく、流星と轟音の乱舞するステージを特等席で見せつけられているような、その様な気分だった。
これまでに幾度も目の前で見て来たはずなのに、それでもなお、そうとしか形容し得ない光景が目の前に広がっていた。
そうしている間にも、涙は先刻の予告通りに飛来し、次々と大地に爪痕を残している。
一つ、また一つと涙が落着するたびに情報が忙しなく更新され、直接目で見えない区域の状況や、被害の概要が電子情報として飛び交う。
その一方で、自分の近くに存在する補助防壁に涙が接触し、盛大に反発作用を起こした後で、透明な音と共に砕けて、弾かれて、破片の一つまで零れて落ちて行く。
「……星空も、流星も、どっちも好きなんだけどなぁ」
しばらくその光景を見届けた後、防空対策機関のシーカーと呼ばれる飛行外骨格の飛び交う下で、チェイサーを走らせ反転する。
廃墟から、守られた廃墟へ。そして守られた廃墟から、安寧の地へと向けて。
これが、数百年もの過去からの延長線上に在る、ボク達の日常で。
星の光が、明るく道を照らしていた。
これまでも。そして、これからも。
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