第7話 冒険の表裏
涙石の回収作業が始まる。
停止させたチェイサーの、ちょうど腕の接合部を保護する大型のショルダーアーマーが分離。ドローン型に変形したのちに自立飛行を始めた。
さらに、機体背部のコクピットとは違う小さな気密式ハッチが二ヵ所、蓋を開けるように展開し、内部からは別の自立飛行機械が一つずつ飛び出した。
それらは、最初に飛行を始めたドローン型機械と編隊を組むように動き、同調行動を始めた。
「八意、サポート宜しく」
「はい、マスター。二ヵ所分の涙石を回収しますので、受け入れの演算を終えるまでは機器の操作をお願いします」
「はいはーい」
コクピット内の機器を操作し、飛行機械それぞれの搭載カメラから送られてくる映像が分割表示されたモニターを注視する。
ぐんぐんと近付いてくるクレーターの映像は、さながらよく出来たドキュメンタリー番組のような迫力があり、思わず見ている方にも力が入ってしまう。実際に目の前で起こっている出来事なのだが、映像を通して見ていると、どうにもそう言う感覚が抜けない。
『お、始めたな?んじゃ、俺の方も作業を始めるぜー。ツクミ、頼むぞ』
『カシコマリマシタ、マスター』
近場で作業準備を進めていた拓海の機体も、その声を皮切りに同じような動作を始めた。
さて、この涙石の回収作業とは、どの様な事を行うのか。
そもそも、涙石とはどのような物質なのか。
実のところ、この天からの厄介者について、詳しい事は数百年もの時を経た今もなお、ほぼ何も分かっていないと言われている。
天の涙と言う災害として訪れ、大気の洗礼を受けて青い炎となり、地上に落着して存在を刻み込んでいく「何か」である為に、その光景に因んで隕石の本体を涙石と呼んでいる、そう言う認識しかないのが実情だった。
この涙石は、透明度の高い完晶質を持つ青色の部分と、その周囲を包む同色ガラス質の外殻部分とで構成されている鉱石で、高い硬度を持つ。そのため、並の衝撃程度ではヒビも入らないことで知られていた。その成分については謎が多く、少なくとも、この星には存在しない組成をしているらしい。
もう一つの特徴として、周囲の大気や液体と直接で接触することで、一定の熱エネルギーと水分を急速に奪うと言う特性を持っている事が挙げられる。涙石が落着した場所に氷が張るのは、それが原因だった。
しかし、このように多くの謎を抱えた涙石だが、その利用方法については確立されていた。
外部から一定量のエネルギーを規則的に流し込むことで本体に刺激を与えると、内部にエネルギーを溜め込むのと同時に、増幅して周囲に放出し始めるので、それを伝道させて取り出し利用する、再供給可能な燃料式発電機として利用されるようになったのである。
次に回収方法だが、本体が大気や液体に触れるとその都度エネルギーや水分を奪ってしまい、しかも一定以上に溜め込むと爆発的に放出し始める。そのため氷に覆われた状態で回収するのが基本となっている。
最初に飛ばした自立機械は、氷ごと涙石を切り取り、磁界に包み込んで回収するためのものだ。
ちなみに、その機械が格納されていた気密式ハッチは、機械が回収した涙石を安全に収容する機能も有しており、帰路の運搬も安心である。
そのような作業を、人工知能の援護を受けつつ進める二人は、周囲の警戒を行っていた。
過去の教訓から、他のテイカーの横槍によって強奪される心配はほぼ無いが、それを知らない同業者からの襲撃が全くないとも限らないからだ。
「涙石を回収。本体切り取り、磁界の檻による封じ込め、共に順調に推移。このまま後部ハッチ内に収納いたします」
八意の報告を聞きつつ、時々センサーの反応やモニターの映像にも気を配る。忙しないのは確かだが、重要な、或いは危険な物品の輸送を請け負う役職であれば、むしろ普通の事なのかも知れない。
今となっては慣れたものだが、強いて難点を挙げるとすれば、今回はその時間が少し長くなりそうだと言うことくらいであった。
『こっちは順調に進行中。そっちはどうだ?皐月』
『ダイイチ、モクヒョウ。カイシュウ、シュウリョウ』
スピーカーの向こうから、拓海と、彼の機体の人工知能の声が聞こえる。
「こっちも順調に進行中だよ。もう少しで二個目の回収が終わるとこ」
『お、早えなぁ。この分なら、帰りに飯屋に寄り道出来るくらいの時間には帰れそうだ』
「そうだねぇ。今日はボクも買って帰るかな。結局、買いそびれたし」
東京塔の展望台に向かわなければ、或いは涙が飛来しなければ、増田重工業に向かう途中の商店街で購入していたはずだった。
『お、なら、一緒に行くか!?実は、最近出来た美味い定食を出す店があって…』
その時だった。
拓海の声を掻き消すように、コクピット内のスピーカーから盛大に警告音が鳴り響いた。
「これは…!?八意!」
「はい、マスター。防壁境界付近を巡回中の、防空対策機関所属のシーカーより警報が発信されています。読み上げますか?」
「そっちは大丈夫。それよりも、飛行中の自立機器の呼び戻しと、拓海へ後退の要請を最優先で送って!」
キーボードに指を走らせながら、指示を飛ばす
「了解しました、マスター」
すると、鳴り響く警告音の三ループ目直後、正面のモニターにウィンドウが展開。赤文字で緊急の警告が表示された。その内容は。
『天候変動警報:涙滴落下 予想規模:T1』
つまりこれは、涙の再襲来を知らせる警報だと言う事を示していた。
テイカーは、確かに一獲千金の夢をも掴み取ることの出来る職業ではあったが、こうした危険も付きまとう、命懸けの仕事でもある。
「やっぱり、そんなとこだろうと思ってた!今日は本当、ちょっと多過ぎるんじゃないかなぁ!?」
少々声を荒げつつも、キーボードに走らせる指は的確に所定の操作をこなしていく。
引き戻された機器の配置や、収容した涙石の活性度の推移、そして、チェイサー本体の各部動作に対しての状態チェック等を慣れた手付きで行い、来る時に向けて準備を整えていく。
『こちら拓海だ!こっちの引き戻しは終わった!そっちは!?』
警告音の収まりつつあるコクピット内部に、再び拓海の明るい声が響く。
その後ろでは、彼の機体の動作チェックが進んでいるらしく、人工知能ツクミによる確認音声が流れていた。
「こっちも、もう少しで終わる!拓海、終わったら先に、旧板橋駅付近まで後退して待ってて!すぐに追いつくから!」
『お前また…。おう、分かった!お前も早く来いよ!?』
「分かってるって!心配しなさんな!」
そこで通信を切る。
同時に、機体上部に何かが設置されるような音が聞こえた。
「マスター、全ての自立機器、引き戻し終了しました。涙石収納庫、内部圧調整及び自立機器の外部設置による防護措置、共に完了。最後の機器チェックを行います。一分半お待ちください」
「有難う、八意。ふぅ…」
報告を耳に入れながら、キーボードへの入力を終えた体を駐機時用シートにもたれかからせる。
目線を横へと流すと、機材の撤収を終えた拓海の機体が、旧板橋駅方面に向けて移動する姿が見えた。
(さて、長い一分の始まりだね。送られてきた警報から考えて、次の涙襲来まであと十五分ってとこかな?T1規模なら、補助防壁にまで入れれば何とかなるかな)
その姿を見送りながら、次の行動に移る一分半後を思いやるのだった。
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