第5話 暗闇に急ぐ二人


 待ち合わせ場所として設定した旧江戸川橋駅は、神楽坂ゲートから、直線距離にして約六百メートル行ったところに位置する、地下駅である。

 まだ駅として機能していた頃は、一日に四万人もの人々が乗降する駅として運営されていたそうで、周辺地区には神社や寺、公園、学校が多数あり、活気のある場所だったそうだ。

 ただ、今となっては、当時の景色は周辺に点在している一部が崩れた建物、何故か原形を保っていた無人の喫茶店、傾いた信号機、ボコボコにへこんだ多数の車から推測するしかなかった。

「……」

 拓海と合流した後、データリンクを済ませた双方のチェイサーを走らせ、地下駅へと繋がっているはずの埋もれた階段跡を横目に見つつ、一般道跡を使って旧首都高五号池袋線へと向かう。

 しかし、陸路での瓦礫の増加を見て取った二人は、機体の脚部を変形させ、駆け足用意の状態で閉じていた腕を展開。標準装備のアンカーワイヤーを使って直近の柱などを利用して高速道路へと上った。

 道路には、多数の車の残骸が玉突き事故でも起こしたように並んでおり、掠れ汚れた窓部分には、それでも分かる程の黒い汚れが内側から付着していた。

『うっひゃー、相変わらず、スゲェ光景だなこりゃ…』

 自分の後に続いて上ってきた拓海が、スピーカー越しに驚きの声を上げている。

「広範囲過ぎて、手が回らないみたいだからね。東京塔の中央審議会も、手を出しあぐねてるみたいだし…」

『なるほどなぁ。お上はお上で大変だな。でも、ここら辺は、こう言う鉄資源を回収できれば一儲け出来そうだけど、何でしないんだろうな?』

「いや多分、墓荒らしみたいな気分になるからじゃないかな…?ほら、あの車とか、内側から思い切り汚れてるし、触りたくないんだと思うよ?」

 そう言いながら、潰れた車を跨ぐように移動する。四脚はこういう時に便利だった。

『そう言われてみると、そうかもな。下手すると、その汚れの原因と鉢合わせだからなぁ…。耐性無いときついわ、ありゃあ…』

 何かを思い出したように、ううと唸る拓海。

「もう、跡形もないかも知れないけどね。数百年前の話だから。でもまあ、触らずに済むのならそうしたいって言う気持ち、何か分かる気はするね」

『……そうだな。通過し終わったら手でも合わせておくかねぇ。そう言う風習があったんだろ?昔は』

「合掌のこと?そう言う話らしいって感じで、今もたまにするけどね。どうする?近くには神社の跡もあるから、時間の余裕があったら寄る?」

『そうだなぁ…。空のご機嫌次第だな。寄れたら寄るってことにしようぜ』

「ん、了解。それに今は空模様が悪いし、涙石の回収が先だしね。ちょっとだけ、急ごうか」

『おう!』

 そこで通信を切った。


 モニターで八意が報せる、邪魔になるだろう車の残骸を避け、穴の開いた場所に注意しつつも高速は維持し、首都高を駆け抜ける。

 殺風景と言うには人の文明が遺り過ぎた、しかし、人の気配の全くない殺伐とした光景が飛ぶように後方へと過ぎて行く。その様には、人生経験の浅い身にも重い雰囲気を放っているように見えた。

「八意、「涙」の流れた方向は、旧豊島区役所の方角だった?」

 その雰囲気を味わいつつも、次に取るべき動きを模索する。

「はい、マスター。方向、落着数も含めて考えるに、あの先にも一、二度、降っていると考えられます。それぞれの質はともかく、ですが」

「なるほどね…。緊急に増設した補助防壁の端があそこだし、それなりに拾えそうだね」

「ですが、他のテイカーも、そのことは承知しているものと考えられますので、独占をお考えの場合は、お急ぎください」

「分かってるよ。今回はコンビで動くし、ある程度以上に確保しないとね」

 八意の提示するナビゲートを一瞥した後、遠くだが、高速道路の下方を見やる。

 特に明かりがついているわけでも、何かが移動しているようにも思われなかったが、チェイサーの性能を全面的に信頼して、暗闇でもライトを消して移動しているテイカーも居るかもしれない。

 事実、利益を独占しようとそれを行うテイカーは多く、それが原因の物損事故も、また多かった。

「拓海、ちょっといい?」

 後方を確認し、拓海のチェイサーへと通信を飛ばす。

『ん?どうかしたのかー?』

 回線をオープンにしていたのか、ほぼ時差なく通信が開かれた。

「このまま池袋線を走って豊島区に入るけど、一回、区役所跡を経由して良い?」

『ん?おう。俺は良いが、何かあんのか?』

「あの周辺が、ちょうど境界部の補助防壁圏外だから、幾つか涙石が落ちてるかもしれない。今、八意からも意見を貰ったんだけど、落着方向と飛来数から見ても、期待できるくらいには落ちてると思うんだ」

『なるほどなぁ、分かった。なら急いでいこうぜ。上手くいけば、俺達で独占だ』

「おうともさ!」

 景気の良い声音をスピーカー越しに聞きつつ、双方ともに機体を加速させていく。

 今や街灯の一つも無い暗がりの高速道路に、二機のチェイサーが点けたライトの光が尾を引きながら直進していく。


『それにしても…』

「うん?」

『その、何だっけか。八意ユニットっての?後付け人工知能って話だったけど、高性能過ぎないか?俺のサカズキにも欲しいぜ。劣化版でも良いから、コピーとか出来ないもんか』

 唐突に、拓海がそのような話を持ち出してきた。

「いやぁ、無理じゃないかなぁ。プログラムもだけど、基本ユニットからして、もうブラックボックスみたいな感じだしね。取り付けたり外したりは出来るけど、コピーはちょっと…」

 ボクは苦笑気味にそう返した。

『あぁ、そりゃ駄目だろうなぁ。残念。つーか、その人工知能を組み上げた、皐月の親に会ってみたいぜ。絶対、世界的権威レベルの研究者か技術者だろ』

「……そーかもね。はぁ。子ども置いて、何処ほっつき歩いてんだか。我が親ながら、呆れるよ」

 吐き捨てるように呟き、大きく息を吐く。

『あー……うん。わりぃ。興奮しすぎた』

「こっちこそ、ゴメン。それに、別に拓海は謝らなくて良いよ。謝るべきはうちの親なんだし。そんなことよりも今は収穫だよ、収穫。書き入れ時になるか否かの大勝負なんだから!」

 微妙に重さを増しつつあった空気を、努めて明るい声で塗り替えて行く。

『お、おう!行こう!』

 そこで通信を終えたボク達は、暗闇を振り切るようにペダルに力を籠めるのだった。

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