第4話 日々の欠片と境界線(2)


 街灯に照らされた大通りには、見事に一般車が居らず、同業者が乗っていると思われるチェイサーが数台ほど、ゲートに向けて列を作っていた。 ただ、ここに至るまでの交通規制の影響が出ているのか、予想以上に数が少ない。

 周囲の状態を確認しつつ、最後尾へと並んだ。

「ここは、いつ来ても異様な景色だよね。崩落した建物が向こうに見えているのに、横とか後ろを見たら、普通に繫栄している街があるって」

 この待機中は暇を持て余すので、ほぼ毎回、辺りを見回すことにしている。

 特に何かが変わる事も無いのだが、逆に、その変り映えしない景色に、妙な安心感を覚えている自分が居た。

「……「落涙の日」以降、人類は塔の庇護の下、紆余曲折を得て今の状況を獲得しました。その過程で少なくない犠牲が払われましたが、境界部の構築とゲートの建設に成功したことで、マスターのようなテイカーたちの活動が始まりました」

 自分の呟きに、八意が早速反応、学校での社会授業で行われるような言葉を朗読するように発声した。

「チェイサー搭乗免許を取る時に、イヤってほどに見て聞いた一文だね。もう二年前の話だけど。その後に、過去の設計思想を参考にしたチェイサーの第一世代が開発されるんだよね」

「はい。この三葉重工業製チェイサー「サカズキ」は、その第一世代機の特色を受け継いだ日本製第十世代の傑作機とされています」

「まあ、もう旧式になりつつあるけどね」

 前に待機しているチェイサーが前進するのに合わせて、自分も機体を進める。自分の番まで、あと四機ほど。


 その時、ピピピと言う音と共に、八意が周辺状況のスキャンに利用しているモニターに、何やら十一桁の番号が表示された。

「マスター、後方についた機体から通信への応答要求が来ています。如何しますか?」

「んー?あ、この番号は…」

 そこに表示された番号にピンときたので、外部センサーアイを利用して自機の後方へと視界を動かしてみる。するとそこには、赤と黒を併用した塗装のチェイサーが停まっていた。

 そして、その機体には、見覚えがあった。

「うん、要求承認。回線を開いてあげて」

「了解しました。通信回線を開きます」

 八意の応答の直後、正面モニターに新しい枠が一つ表示され、そこに通信相手の名前とテイカー登録番号が視覚情報として表示された。

 表示された名前は、アルファベットでカワラタクミ。教導学校時代の同級生だ。

『よお、お前もこっちだったか!』

 スピーカーからは、聞き慣れた明るい男声が聞こえてくる。

「お疲れー。情報だと混んでなさそうだったし、こっちのが良いかなってね。拓海も、今日はこっちで作業?」

 その声に、教導学校時代と変わらない態度で対応しつつも、ゲート通過に備えて機器を操作する。

『おう。「涙」の流れてる方向を見てると、稼げるのは今日もこっちっぽいからな。皐月も、そうだろ?』

「まぁねー。ボクの場合は工場から近いって言うのもあるけどさ。それはともかくとして、今日は組む?」

『うーん、そうだな。組んだ方が今回は楽…って言うより、安全そうだしな。「涙」の時間も長いし、境界部の防壁だと、一発くらいはすり抜けてくるかも分からないからなぁ…』

「まあ確かにね。分かった、ならゲートを抜けたら、旧江戸川橋駅前に一回集合ってことでどう?」

 伺いを立てる間に、チェイサーに標準搭載のナビゲート画面を呼び出してルートを検索する。必要情報を入力すると、現在位置からの距離、蓄積している地図情報などを加味した、最適と思われる道順が表示された。

 ただし、塔の直接的な庇護の外での位置特定が非常に困難になっているのが実情なので、表示されるナビゲート情報は参考程度にしかならないのが玉に瑕だった。

『あぁ、あの周辺かぁ。あそこなら瓦礫も少ないし、再開発予定地域だから壊しても問題ないしで、良いと思う』

 スピーカーの向こうでキーボードを叩くような音が聞こえてから、程なくして、拓海はそう返事を寄越した。その声に、ボクも頷く。

 そして、自分がゲートに入る順番が巡ってきた。

「決まりだね。それじゃ、お先にー!」

『おう!あっちでな!』

 通信回線を切り、そのまま、チェイサーをゲート前まで進入させる。


 ゲートとは、塔の防壁に守られている都市部と、その外部とを物理的に行き来するために必ず通行する事になる場所であり、また法的にも必要となる関所のようなものだ。

 当然、内部から外部へ、或いはその逆へと移動する者は、そこに詰めている職員に通行証を見せなければならない法的な義務が課せられている。

 テイカーの場合、この手続きは、自身が法的な効力を持つ免許の所有者であることを再確認し、関係機関に通達すると言う意味合いも持っている。つまり、ゲートを何の問題もなく通過できると言う事は、それだけでテイカーとして問題が無いことの証明となる。

 ちなみに、無理にこれを通過しようとしても、ゲートの物理的な防壁によって弾かれてしまうし、仮に防壁が解除された瞬間を狙って突入出来たとしても、賞金を懸けられた挙句、他のテイカーまたは関係機関の職員によって追跡され続けることになる。


 そう言う事もあり、今こうして提出している情報には、実に大きな意味があるのだ。

『ワタヌキ・サツキ。綿貫皐月様ですね。はい、登録情報を確認致しました。提出書類にも問題御座いません。では、神楽坂ゲートの防壁解除と証明書の送信を行いますね。ゲート解除後の発進タイミングは自由ですが、お気を付けて』

 スピーカーから聞こえてくる、優しくも事務的な趣を拭えない女性の声が、ここに居る自分のテイカーとしての身分が正当であると証明する言葉を告げ、キーボードを打つ音が聞こえ始めた。

 同時に、正面モニターに証明書のダウンロードの進行度合いを示す画面が表示された。

「うーん。この瞬間は、いつも緊張するね。旅立ちって感じがして」

 目の前に広がる、微妙に歪んだ廃墟の街並みを見据えながら、そう呟く。

「発言の意図が不明です、マスター。私に、感情面での同意は至極難しいものと判断します」

「感情面での話って言うのは、分かるんだね。良いね、何だか面白いよ」

「……集中してください。ゲートが開きます。余所見運転は撲滅しましょう」

「ははっ、何それ!」

 ボクの発言と笑い声に、八意は不思議な反応を返して見せる。

 ただ、いじっている暇はない。

「ま、良いか。続きはいつでも出来るわけで…」

 左右の操縦桿を握る手に、ペダルに乗せた足に、力を籠める。

 景色を見据える目に、炎を宿すが如く、見開く。

そして、正式に外出許可証が発行され、データのダウンロード画面が消えた正面モニターに「出撃用意」の文字が大きく表示された。

「そんじゃまあ…」

 目の前の微妙に歪んだ景色が、まるでガラス窓に穴が開き、そこから世界広がって行くように、正常なものへと戻って行く。それこそ、ゲートの防壁が解除された証だった。

「張り切って行きましょうかね!」

 操縦桿を操作し、あと一押し分の力を入れてペダルを踏み込む。

 世界が加速し、自分が後方に引っ張られる感覚が、体全体を包み込み始める。

 目の前に、飛び込む。

 もはや人もなく、かつての繁栄は何処ともに消え去った街並みに向けて、今を生きる音が木霊した。

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