第3話 日々の欠片と境界線(1)
渋滞するだろう大通りを避けて、資材搬入用の通路を中心に走行し、街中を邁進していく。
風を切るように移動する頭上では、未だに「涙」の落下は続いており、目に見える範囲のあちらこちらでも、流星の砕ける様子が見えている。
「今回は、比較的長く降ってるみたいだね。境界部とか大丈夫かな?」
操縦桿及びアクセルの微調整運転を続けながら、そのような事を呟く。
「壁の増強は進んでいると言う情報があります。塔の防護能力が損なわれなければ、別段危険は無いと考えられます」
そして律儀と言うべきか、それが義務と言うべきか、八意が情報に基づいた理知的な返答を返した。
この人工知能には、起動中の能動的なネットワークの利用を許可しているので、逐次情報を仕入れて更新を掛け、適解を導くことが出来る高性能な仕様になっている。
「それは、まあ、そうなんだけどさ…。ほら、こう振り続けると、気分的に悪いと言うか」
「発言の意図が不明です、マスター。塔の防護能力が失われていない以上、危険はありません。御心配には及ばないかと」
「うん、まあ、そうだね…」
その返答に苦笑した。
如何に高性能で学習する機能があるとは言え、人工知能と言う一つのプログラムであることに変わりはない。
そのような存在に、初期の状態のまま人の心の機微に配慮した発言を期待するのは、どうしようもなく間違えているのかも知れなかった。
「それはそれとして。渋滞の状況とかはどう?境界部へのゲートは混んでる?」
いったん思考を脇に退け、運転に集中することにした。
「少々お待ちください…。検索を掛けます」
主の指示に従って、八意は、無線と独立したモニターを利用して、東京塔のネットワークシステムへのダイブを開始した。
(さて、どう向かおうかな)
ボクは検索結果を待たず、今想定出来ることを頭の中で思い描いていく。
人通りのある場所を避けているとはいえ、同業者が動いているだろう現状では、主要の交通路でチェイサーが渋滞する光景が容易に想像出来た。
もしもそうなら、まずはその回避と迂回路を選択するかどうかの判断が必要だろう。
「検索結果、出ました。良い報告と悪い報告がありますが、どちらから報告しましょうか」
「…うーん、悪い方からお願いして良いかな?」
こう言うところでの気回しは最近になって出来るようになってきたらしく、よくこのような二択を提示してくるようになっていた。
「はい。では悪い報告ですが、今向かっている表通りで、チェイサー同士の接触事故があり、警備隊による交通規制が掛かっております。このまま向かうと、巻き込まれます」
「うっわ、マジで?ま、まあ良いか。いや良くは無いけどさ。それで、良い報告は?」
「はい。良い報告ですが、この交通規制により、境界部ゲートまでの交通量が著しく減少中です。迂回路の選択は必要になりますが、他のテイカーよりも先行できます」
「お、それは本当に良い報告!分かった、迂回路を選択して一気に突っ切ろう。次の分岐点からは、交通状況のみをナビゲートして。運転はボクの方で何とかするから」
操縦桿を握る手に力を籠める。
「了解しました。ナビゲートモードをシティモードへと切り替えます。迂回路進入前に、チェイサーの走行モードを、脚部連結状態の高速機動から、四脚利用の安定機動状態に移行させます」
「お願いねー」
適した形態へと変形していく機体を操作し、表通りに向かう道路から少しだけ逸れた、より人の少なくなる脇道へと進入する。
案の定人通りは全くなく、障害物もほとんど存在していなかった。先日も同じ場所を散策し、全く人通りが無い事は確認済みだったとは言え、順調だ。
「これは、表の交通規制のお陰かな。この前はちらほら見えたホームレスの人達のテントが無くなってる」
「…はい。進行方向上に生体反応はありません。このまま直進しても問題ないと判断します。ただし、廃棄物が放置されていると言う情報がありましたので、念のためご注意下さい」
「廃棄物…ねぇ。まあ、爆弾とかは、放置は有り得ないから別に良いけど」
「はい。有効活用する方法は幾らでもありますからね」
もしも本当に爆発物が放置してあったとすれば、宝物を放置しているのと変わりがない。
手続きこそ必要だが、テイカーに直接売っても良し、東京塔の労働者組合の爆発物買取り窓口に持ち込むも良しの、優良な換金物だからだ。
加えて、そう言った物を製作できるような専門の技術、知識を有する人間は組合が積極的に迎え入れてもいるので、手っ取り早く収入を得るには打って付けでもあった。
「一応、その反応が無いかも探っておいて。手間が増えるけど、頼める?」
無論、無闇矢鱈にその技術を揮えば法の下で裁かれるし、不逞を働く輩が居ないとも限らないので、警戒は怠れない。
「勿論です。センサーの探知範囲を、進行方向とその側面の建築物に向けさせましょう」
八意の応答直後、側面で手すきになっていたモニターの映像が、センサーの動体反応検知を示す状態に切り替わった。高速で通過していく風景に合わせ、多数の四角線が映り込む物体を捕捉し、追う様子が見えた。
風のよって運ばれてくる木の葉や、何処からか飛来したハンカチなども検知し、追っているようだ。
「さぁて、そろそろ分岐点を抜けて、迂回路から本筋に戻るよ。四脚から連結脚に戻して、高速機動で突っ切る!」
「了解しました。安定機動状態から、脚部連結状態の高速機動へと移行します」
路地から、ある程度の大通りへと抜けた段階で、再び機体の形態を適したものへと合わせて行く。
そしてそのまま、最初に工場から飛び出した時と同じ、腕を閉じたバイクのような状態に変形したチェイサーが、予定通りに空いていた大通りを疾駆していく。その進行方向の先には、この東京塔の都市部と、その外との境目に当たる景色が見え始めていた。
間を仕切る役割を持つ近代的なゲートと、そのゲートを境に、ぷっつりと明かりの絶えて久しい崩壊した建物とが同居した、奇妙な光景が。
見慣れた景色だったが、ボクはいつも通りに、息を呑んだ。
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