30pg
「趣味は生け花です。」
女は言った。一見すると良家の子女といった雰囲気だが年齢は60をゆうに超えている。
しかし老いを感じさせない色つやのある肌と、センスの良い身のこなしには若い男でも心を動かされざるを得ないだろう。
実際生け花は師範レベルである。
それだけではない、船舶の資格も取っているし、保育士や保健士、不動産業の資格も、ついでに教員免許も持っている。
「誰も私に、暗黒面があるなんて気づきやしないでしょうね。」
不意に彼女が上品なキツネ目を生意気気に釣り上げて言う。その時微かに獣の糞のような匂いがした。ごくわずかではあるが。
色気のある女が自分の色気を見せつけるときにはこのような香りが漂う事が多い。
しかし私には関係ないし、その匂いを嗅ぐと、洋服屋のイメージしか浮かばない。
彼女の「仕事」は盗撮であった。高額の報酬を得て、主に女子トイレに潜み、ターゲットのトイレ事情を記録するのだ。それをする前に何人かの仲間を前に立たせ、ターゲット以外の者を何かと理由を付けて避難させる。殆どの場合は掃除を言い訳に掃除夫の格好をさせ、自分は視察と称して一緒に入り込む。
最初は写真で金を得ていたが、一度捕まったのちは専らゆすりの方を請け負っている。
黒トカゲを演じさせるにうってつけの彼女は、しかし演技は不得意であり、嫌いであった。自分の存在はあくまで「華」であって、そして自分以外の醜い姿を見るととても気持ちが良くなるのだという。
私にはそのような性癖はなく、彼女を目の前にするとどことなく雑誌のインタビューのページのような、自分とは違う次元で起きた出来事のように感ずる。
悪い女性であるが、そうは見えない。愛らしくもあるし、罪悪感の無さが無邪気で屈託のない少女を思い起こさせる。
少女は元来常識を逸脱してるゆえ、愛らしい。少女らしさを秘めながら、大人の常識で自らを縛り付けて窮屈そうにしている彼女を解き放ちたいと思う男も多いのだろう。その手の女だ。
この仕事を終えた後も密かに続けて行くのだという。
何故続けるのか、仕事仲間の1人が尋ねた。尋ねたのは親の命を借金で奪われたとある学生だった。どのようにして亡くなったかは知らない。
彼女は
弱かった私に与えられた大切な吹き矢を最期まで大切に使うの。私は吹き矢自身よよ。
そう言って寂しそうに笑った。
そして彼女のカメラは、私は決して見る事がなかった。
私だけでなく、誰一人としてそれを見る事は不可能だった。
カメラは彼女の記憶の中にあり、その中から言葉によって配信される。
そして彼女は、夢の中で仕事を成し遂げるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。