キリスト教演劇とキリスト教文化の上でのヨーロッパ文化

 「預言者ダニエル」は今まで見たビデオの中でも一番何がなんだか判らなかった。

 この話で面白いと思ったのは、”よげん者”の表記が予言者ではなかったことだ。”予言”とは、未来に起こることを予測して言うことである。”預言”とは、キリスト教、イスラム教で霊感をえた者が神の意志を告げることである。今日、”よげん者”と自称する人、言われる人が多数存在するが、ほとんどが”予言者”であり、その多数が未来を好き勝手に予言している。

 さて、「予言者ダニエル」は権力による抑圧に対する信仰の堅持の尊さを伝えることがテーマであるが、題材が旧約聖書だあるからストーリーの方向性が堅く、私たちには理解できないことがたくさんある。私には宮殿の壁に、書かれた人の手の指の怪文字をを解読出来た事に対し、「怪文字なんだから読めなくて当たり前だ。」と思った。一般的な考えでは、怪文字を読める者を考えた時、読める者はその怪文字を書いた者、書いたことを知ってる者、と限られてくる。宮殿の怪文字はダニエルを嵌めるために仕組まれたモノのように感じる。

 クリスマスに好んで上演されたのは、この演劇が一番民衆にわかりやすく受け入れやすかっただけではないと思う。考えればこの演劇は以外に奇妙で不思議な場面が多く、その魅力に信心深い民衆は引きつけられるものを感じたのではないのだろうか。

 民衆にとってのキリスト教とは、明らかに生活の一部であり生活の様式だと思う。イギリスの民間童謡作家マザー・グースの生活を唄ったものでも、キリスト教的価値観が大きく影響を与えている。中でも次の唄は、価値観から見てキリストを思わせると思う。

 "Who killed Cock Robin?"(誰がコマドリ殺したの?)コマドリの赤い胸が、十字架にかけられたキリストを思わせることから、人の悲しい最後を表すときに使用されます。この事からもキリスト教は、ヨーロッパ文化の重要な一面であると言えると思う。キリスト教文化はヨーロッパの人々の歴史の流れと共に広がり、心の支えであり、大きな道標であると思う。キリスト教文化があり、その上にヨーロッパ文化があることは、紛れもない事実である。キリスト教が一番盛んであった中世は、何かそれを信じなければいけないような出来事が多かったのだろうと思う。 私は、キリスト教文化についてヨーロッパ文化の根源的ものであると思う。キリスト教であったからこそ、ヨーロッパは血なまぐさい怪しげな歴史があり、感動できる文化が創られたと思われた。

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楓羽 創作論・評論・感想文 楓羽 @fuuwa

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