第10話


 白くて高い天井に、温かみのある照明。天井からぶら下がるシャンデリアがきらきらと色とりどりの洋服を照らし出す。白い顔をしたマネキンがまるで手招きをしているように見えるのは気のせいだろうか。

 陽菜は久々に来るアパレルショップに小さくため息をついた。最近はファストファッションばかり着ていて、こういうお洒落なお店には来てなかったからである。


『陽菜先輩! ダブルデートの時に着る勝負服、買いに行きましょうよ!』


 そう芽依に半ば無理やり連れてこられた陽菜はそのキラキラとした雰囲気に少し気後れしながら、目の前で喜々として洋服を選ぶ彼女をながめた。仕事終わりだというのに化粧崩れの無い肌、セットしてある髪の毛も朝のままだ。爪はピンク寄りのベージュに染まっていて、高いヒールのパンプスはピカピカに磨かれている。

 化粧も崩れているし、所々から後れ毛が出てしまってる自分とは大違いだ。陽菜は鏡に映る自分と女子力の高い彼女を見比べて、少しだけ肩を落とした。

 そんな陽菜に芽依はいつもの明るい声を響かせる。

「というか、長谷川先輩とのこと、なんで今まで教えてくれなかったんですかー?」

「なんでって、言いふらすことじゃないでしょ?」

「えー、私なら絶対に自慢しちゃうのになぁー」

 そう言いながら芽依は首をかしげる。

 結局、陽菜は強請られるがままに長谷川のことを芽依に告白した。告白したといっても、陽菜一人の話ではないので、長谷川に付き合ってほしいと言われたことぐらいしか言ってないのだが……。 もちろん押し倒されたことや、彼の部屋に泊まったことは何一つ言ってない。

 芽依は入社した頃から仲良くしている後輩だ。そんな彼女が陽菜のことを言いふらすとは思えないが、だからといって絶対に口が滑らないとも思えないのでこれ以上のことは秘密にする予定である。

(社内で変な噂でもたったら嫌だもんね……)

 陽菜がそんな風に物思いにふけっているのを後目に芽依は鼻歌まじりに洋服を手に取っていく。

「先輩! こんなのどうですか? 先輩足が綺麗だから絶対に似合うと思うんですよねー」

 そう言って彼女が差し出しのは、ホワイトベージュのニットワンピだ。首周りはゆったりとしたタートルネックで、丈は膝が出るぐらいである。

 芽依は鏡の前に立たせた陽菜の身体にそのワンピースをあてがう。いつもは着ない甘ったるい雰囲気の服に陽菜は少しだけ顔をしかめた。

「長谷川先輩も絶対こういうの好きですってー! ね? これにしましょ?」

「言っておくけど、私、お洒落して行く気無いからね。そもそも長谷川さんの好みに合わせるつもりないし……」

 呆れたような声でそう言うと、まるで非難するように芽依が口を尖らせた。

「そんな―。もったいないですよ! 長谷川さんいい男じゃないですかー」

「じゃぁ、芽依は長谷川さんと付き合いたいって思うの?」

「私はストレスで胃がねじ切れちゃいそうなので嫌です!」

 ふふふ、と笑いながらそう言う彼女を陽菜は半眼で見つめる。

「でもぉー、私思う存分お洒落して行きますし、長谷川さん見た目だけはかっこいいので、陽菜先輩変な格好で来たら確実に浮きますよ? それでも良いんですか?」

「う……」

 確かにそれを言われると厳しいものがある。芽依は控えめに言っても美人の部類だ。少し遊んでそうな雰囲気はあるが、大抵の男ならころりと落ちてしまう見た目の良さである。そんな彼女と見た目だけは良い長谷川の間に立った自分を想像して、陽菜はブルリと震えた。芽依の彼氏がどんな人なのかは知らないが、こんなに綺麗な彼女が選ぶ男性なのだ、レベルは推して知るべしといったところだろう。陽菜が普段の格好で行けば確実に悪目立ちしてしまう。

「ごめん、私やっぱり行かな……」

「もー。もうチケットは取ったんですから今更キャンセルは出来ませんからねー」

「…………」

 いつの間に取ったのか、コンビニで出したチケットを芽依はひらひらと陽菜に見せつける。陽菜はその行動力の高さに、諦めたように項垂れた。

 そんな陽菜の手を引っ張って芽依は楽しそうに笑う。

「それじゃ、諦めて私の着せ替え人形になってくださいね、先輩」

 結局、促されるままそのニットワンピを買った陽菜は、憂鬱な気分のまま日曜日を迎える事となったのだ。


◆◇◆


「絶好のデート日和ですね先輩!」

「……そうね」

 陽菜はどことなく晴れない気分で、突き抜けるような青い空を見上げる。前からはジェットコースターに乗った客の叫び声が耳を劈く。

 久々に来る遊園地は記憶の中と同じように派手な音楽と人で満たされていた。

「気分でも悪いんですか?」

 そう言って覗き込んでくるのは長谷川だ。額を指先で撫でられて陽菜は思わず飛び上がった。

「悪くないですっ! ていうか、勝手に触らないでくださいっ!」

「陽菜先輩、照れてるんですね? かーわい」

 語尾にハートマークを付けて芽依が陽菜をつっつく。その仕草に陽菜は眉間に皺を寄せた。

「そうじゃなくてっ……」

「またまたぁー」

「芽依ちゃん、あんまり人をからかっちゃだめだよ?」

 そう言って芽依を諫めたのは、芽依の彼氏である優真ゆうまだ。芽依の彼氏というのだからもっと派手めの男を想像していたが、彼はおっとりとした控えめ男子だった。年齢は芽依の一つ下なのだという。さらさらとした黒髪に優しく笑う表情が彼の性格を物語っている感じがした。

「ゆうくんごめーん」

 甘えた声を出しながら芽依は優真の腕に自分の腕を絡める。その瞬間に頬を染めるあたりも本当に可愛らしい好青年だった。

「それに比べて……」

 そう呟きながら陽菜は隣で腕を組む長谷川に目をやる。いつもの仏頂面を顔に貼り付けたまま、彼は後輩カップルのやりとりをじっと見つめていた。

「かわいげがない……」

「どうかしましたか?」

 陽菜の呟きが耳に入ったのか、長谷川は少しだけ顔を下げると、陽菜の方に目線だけ向けた。その視線と冷たさに、それが好きな人にする態度なのかと問い詰めたくながやめておいた。ここでコントみたいなやりとりをする気はない。

「あぁ、もしかして君も腕を組みたくなったんですか? どうぞ」

「結構ですっ!」

 陽菜が叫ぶと、隣の長谷川がふっと笑う。それを見て陽菜は自分がからかわれたのだと理解した。「――っ!」

「陽菜先輩、長谷川先輩、置いていきますよー」

 遠くで芽依が嬉しそうに二人を呼ぶ。陽菜は長谷川から顔を背けると、手を振る芽依に駆け足で近づいていった。

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