第11話
カタカタと音を立てて持ち上がった鉄の箱が、最高到達点へと達する。先ほどまであったレールが突如切れているように見えるほどの急勾配。空の青さと建物の小ささを視認した瞬間に突如襲いかかる体が浮くような感覚。頬を打つ猛烈な風と、左右に体を揺さぶられるような動きに思わず目を見開くと、隣にいるいつも仏頂面の彼が青い顔をしているのが目に入った。
「…………」
「長谷川さん、大丈夫ですか?」
ぐったりと体をベンチに預けて俯く長谷川に陽菜はそっと飲み物を手渡す。それを受け取って、長谷川は一つ頷いた。
「……ありがとうございます」
その声はどこかいつもより弱々しい。陽菜は長谷川の隣に腰掛けながら、もう一度ジェットコースターの列に並びに行った芽依と優真の方を眺める。駆け足で去って行った二人の背中はもう見えない。
「全く、情けないですね……」
ようやく落ち着きを取り戻したのか、長谷川はゆっくりと顔を上げる。そんな彼に陽菜はふっと笑みをこぼした。
「まぁ、誰でも苦手なものはありますよ。私としては長谷川さんのあんな顔が見れて面白かったです」
「悪趣味ですね……」
「何とでも言ってください」
今までの意趣返しというように陽菜は前を向いたままにやりと笑う。長谷川はそんな陽菜を眺めた後、少しだけ口の端を引き上げた。
「ジェットコースターなんて子供だましだと思っていましたが、まさかあれほどの破壊力があるとは思っていませんでした」
「まるで初めてジェットコースターに乗ったような感想ですね」
「初めて乗りましたよ? というか、そもそも遊園地に来たのだって今日が初めてです」
長谷川のその告白に陽菜は目を見開いた。いつも、『何でも知っています』というような顔をする彼にも、初めてや知らないことがあるのだと、そんな当たり前の事実に少し驚いた。
陽菜のそんな表情に気づいているのかいないのか、長谷川は気だるげに前を見据えたまま話を続ける。
「もう他界しましたが、父が厳しい人だったんです。学生は学業が本分だと言ってはばからない人で、遊びに連れて行ってもらったことなんて数えるほどしかありません。……実は実家の近所の公園にだって、ほとんど行ったことが無いんですよ」
「そうなんですね……」
長谷川の言葉からも表情からも悲壮感は見られない。むしろ昔を懐かしむように彼は淡々と言葉を紡ぐ。
「正直、俺も遊園地なんて子供が遊ぶ場所だと思っていましたしね。こんなことが無いと一生縁が無かった場所だと思います。最初は何で遊園地なんて子供じみた場所に行くんだと思っていましたが、いい経験になりました。計画をしてくれた桂木さんに感謝ですね」
そう言いながら彼は手の中にある飲み物を煽った。陽菜はその横顔をじっと眺める。
「遊園地、楽しいですか?」
「楽しくは……ないですね。先ほど入ったお化け屋敷とやらも何が怖いのかわからないですし、急流滑りとやらでは冬なのに水を被らないといけないし……何より、なんですかあの人の限界を試すような乗り物はっ……。……そもそもここは煩すぎるんですよ」
文句たらたらの長谷川に陽菜は苦笑いを浮かべる。確かに長谷川と遊園地なんて、どうにもかみ合わない組み合わせだ。
「でもまぁ、君がいるから良しとしましょうか」
突然そう言って微笑んだ長谷川に陽菜は頬をわずかに赤くした。絞り出すように「そうですか」とだけ答えて、そのまま赤い顔を隠すようにそっぽを向く。
そしてそのまま二人は他に会話を交わすことも無く、じっと人の群れを眺めた。
隣にいるのに、小指と小指が触れ合うぐらい近くなのに、長谷川は手を握ることも肩に手を回すこともしない。その距離のあり方が、どこか居心地がよかった。
それからいくつかアトラクションを回り、陽菜も久しぶりに遊園地を満喫したと思えた頃、芽依がひょんなことを言い出した。
「それじゃ、あとはお二人で楽しんでくださいね! 私達は私達で楽しみますので!」
にっこりと微笑み芽依は優真の手を取った。狼狽えたような優真が頬を染める。しかし、狼狽えたのは優真だけじゃ無かった。
「ちょっと、芽依っ!」
非難するように陽菜が声をあげると、彼女は企みを含んだ笑みを浮かべながら陽菜に耳打ちをする。
「二人でラブラブデート楽しんでくださいね」
「するわけ無いでしょっ!」
脊髄反射の勢いでそう言えば、芽依はさらに笑みを強くした。
「後からどうなったのか教えてくださいねー。あ、絶対誰にも言いませんから、その辺は安心してください! それじゃ」
優真の手を取り、あまりにも軽やかに芽依はその場を去る。人混みに紛れて消えるまで、陽菜はその後ろ姿をあっけにとられたまま見つめていた。
「完全に遊ばれてますね……」
陽菜の心の声を代弁するかのように長谷川が腕を組んだままそう言う。呆れたような視線を人混みに向けたまま、彼は一つため息をつく。
「これからどうしますか?」
隣にいる彼を見上げるように陽菜がそう言うと、長谷川は少し思案した後、「帰りましょうか?」と一番無難な提案をしてくれた。陽菜はその提案に少し拍子抜けしながらも、安堵の表情を浮かべ一つ頷く。
夕焼けが赤々と辺りを照らしていた。帰っているうちに日も暮れるだろう。
二人は遊園地の門を抜けると、まるで喧噪から逃げるように少しだけ早歩きでその場を離れた。
遊歩道に差し掛かった辺りで歩幅を緩め、二人は一定の距離を保ったまま歩く。恋人には見えないが、友人というにもおかしな距離感を保ったまま、二人は無言で足を動かした。
最寄りの駅までもうすぐだという時に、長谷川が陽菜の腕を引く。陽菜はその唐突な行動に思わず
びっくりして目を瞬かせる陽菜に長谷川の低い声が落ちてくる。
「……あと一駅分、歩いて帰りませんか?」
「え?」
「嫌なら断ってください。無理強いをするつもりはありませんから……」
眉間に皺を寄せたまま、そう言う彼に陽菜は無意識に頷いた。
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