第91話 三つ巴の戦い⑩~終結~
エハンは絶命し、その顔は苦悶の表情を浮かべている。見下していた人間に敗れた事はよほど屈辱だったのだろう。しかも、もはやその失態を挽回することは出来ないのだ。
一方で傭兵団の『魔狼』もその構成員のほとんどがすでに命を失い、団長もすでに亡くなっている事を考えると、壊滅したと言って良いだろう。生き残りが何人かいるのだろうが、どう考えても前途は暗そうだ。
「シェイラ!!シア!!来てくれ!!ジェドがケガを」
ヴェインの言葉にシアとシェイラがこちらに駆け出す。シアはほぼ全速力でこちらに駆けてきたため、わずか数秒でジェドの元に到達する。
「ジェド、じっとしてて」
シアはジェドの肩口の患部に手を触れると治癒魔術を施す。ジェドの傷口はシアの治癒魔術によりみるみる塞がり1分程で完治する。
「ありがとう」
ジェドは微笑むとシアは「どういたしまして」とニッコリと笑う。
「それにしても二人とも良いタイミングで魔術を放ってくれたな」
アグルスがシアとシェイラを褒める。
「確かにな、でも【魔槍マジックランス】は誰が放ったんだ?」
ヴェインの疑問に答えたのはシェイラだった。
「あの【魔槍マジックランス】を放ったのはシアさんよ」
シェイラの言葉にヴェイン、アグルスは驚く。彼らとて『プラチナ』クラスにまでなった冒険者だ。シアが【魔槍マジックランス】を放った気配がまったくわからなかったし、シアが放ったというのなら角度的に刺さるわけがない。【魔槍マジックランス】は【魔矢マジックアロー】と違って、基本一直線にしか飛ばないはずだ。
「え? でも、角度的に…」
シェイラの答えに対し、ヴェインは戸惑いの声を上げる。
「ええ、私もビックリしたわ。【魔槍マジックランス】をいきなり森に向かって放ったのよ」
「森に?」
「ええ、通常は一直線にしか飛ばないはずの【魔槍マジックランス】は木の間を器用に避けながら飛んでいったわ」
「そんな事が…」
「私も目を疑ったわ」
ヴェインの言葉にシェイラが答える。魔術師のシェイラにとってこれがどれだけ異常なことなのか実感できるのだろう。
「う~ん、完全に誤解されてますけど、【魔槍マジックランス】事態は一直線にしか飛びません。あれはちゃんとタネがあるんですよ」
シアの言葉にヴェイン、アグルス、シェイラは興味深い視線をシアに向ける。
「そのタネはこれです」
シアはそう言うと、掌から直径5㎝程度の球体を作り出す。
「これは?」
「魔力操作の訓練用の魔力の塊です」
「え?」
シアはそう言うと魔力の塊は浮かびクルクルと回り出す。まるで命が宿ったように動く球体に三人の目が釘付けになっている。
「【魔槍マジックランス】の先端にこの球体を取り付けて放ちます。あとはこの球体をコントロールすることで、あの魔族の背後まで忍び寄らせたんです」
シアの説明に三人は沈黙する。【魔槍マジックランス】を操ったのではなく、球体を操る事で、結果的に槍を操った事は三人にとって盲点だったのだ。
「そ、それじゃあ、ジェドが仕掛けた矢を放ったのは?」
アグルスがジェドを見ると、ジェドは頷く。
「はい、あの場に誘い込んで、罠を発動させました」
「じゃあ、ジェドはあの罠は本命でなく…」
「はい、矢の罠はシアの【魔槍マジックランス】を当てる可能性をあげるためのものです。あの魔族は俺達を舐めてましたから、俺が罠を作動させ、それを防がせれば、俺を嘲ると思ったんです」
「なるほど…確かに魔族は、君を嘲ってたな」
「はい、魔族には俺の行動が悪足掻きにしか見えなかったでしょうから、嘲る可能性が高いと思ったんです」
相手を罠に嵌めるのならまずは警戒を一端解かせることが重要だ。ジェドはあの時、負傷しており、矢の罠にすべてをかけたとエハンは思ったのだ。その最後の手が破られた以上、警戒を解いたとしても仕方がないのだ。
「ひょっとして、ジェドが負傷したのも?」
ヴェインは思い至った様に言うと、ジェドは頷く。
「はい、あの時、魔族の構えで二人に向けた左手は拳を作っていました。奴の戦い方はそれまで爪を使用したものなのに、二人が突っ込んだ時には拳を作るのは不自然だったので、奴の狙いが俺であると当たりを付けていたんです。それで、わざと左肩を貫かせて追い詰められた風を装ったんです」
ジェドの言葉に三人は言葉を無くしている。ジェドの戦いに対する考え方に驚いていたのだ。躱そうと思えば躱せたというのに、相手を油断させるためにわざと攻撃を受けたというのは考えられないような行動だったのだ。
「そういう身を切る嘘が相手を欺すんですよ。シアが治癒魔術をかけてくれれば問題はありませんしね」
そう言って、ジェドは朗らかに笑う。
「そ、そうか…いずれにせよ、二人のおかげであの魔族を討ち取ることが出来たし、魔狼も退けることが出来たな」
「結局、あの魔族は何の目的でここに来たのかしら?」
シェイラの疑問に全員が首を傾げる。
「普通に考えればオリヴィア嬢を狙ったと見るべきだろうけど…俺達冒険者の可能性も否定できません」
ジェドの言葉に全員が頷く。
「とりあえず危機は乗り越えたという事で先を急ごう」
アグルスの言葉に全員が頷くとオリヴィア達の待つ馬車の所に歩き出す。
転がる魔族の死体をジェドとシアはチラリと見て視線を交わす。
(ひょっとしてアレン関連で狙ってきたのかもな…)
(アレン達への人質として狙ってきたのかも知れないわね)
ジェドとシアはもはや動くこともなくなったエハンを見て、何かが動き始めているのかも知れないと思うのであった。
墓守の友人が出来たら一気に成り上がった冒険者の話 やとぎ @yatogi
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