第90話 三つ巴の戦い⑨~死闘:後編~

 ジェド、ヴェイン、アグルスはエハンを取り囲み、攻撃を仕掛ける。3人の戦い方は決して打ち合わせをしたわけではなかったが、それぞれが突出すること無く少しずつエハンを削っていった。


 エハンが3人のうち誰かに狙いを絞れば、その狙われた者は防御に徹し、他の2人が攻撃をしかけるのだ。


 エハンは魔族の騎子爵というだけあって実力的には相当な使い手である事は間違いない。だが、防御に徹したジェド達を短期間で仕留めるという程、戦闘力がずば抜けているわけでは無かった。


 ジェドはエハンを取り囲み、少しずつ誘導していく。その事に気付いているのは、おそらくこの場ではジェドとシアしかいないだろう。それほどジェドは細心の注意を払って誘導していたのだ。


 エハンがジェドの攻撃を避けたときに、誘導箇所へ向かうように仕向け、時にはヴェイン、アグルスの攻撃により軌道がずれれば、またしても自らの攻撃で修正させる。


 エハンが攻撃を仕向ければわざとそちらの方向へ向かうように避ける。


 敵であるエハンはもとより、仲間のはずのヴェインとアグルスもジェドの思惑が何なのか察していないようだ。それだけジェドの誘導が巧みであると言うことも理由として挙げられるだろうが、ヴェインとアグルスはエハンの行動に集中している、いや、エハンの攻撃に集中しているという事がジェドの意図を意識から逸らしていた。


 また、エハン自身も3人の実力が決して侮れないものであることを理解すると、3人の攻撃に自然と集中するようになったのだ。


(もう少しだな…奴は俺達に意識を集中し始めている…)


 ジェドはそう察すると、シアの方をチラリと見る。一瞬にも満たない時間だったが、ジェドはシアが頷いたのを見逃さなかった。


(さすが…シアは俺の作戦を察してくれているみたいだな)


 そこにエハンの爪が伸びる。


 高速で伸びる爪をなんとか躱す。だが、ジェドは躱すことに成功したが、射線上にいた魔狼の団長であるギリアムは躱すことが出来なかった。


 高速で伸びた爪がギリアムの胸を貫く。


「だ、団長!!」

「ギリアム団長!!」

「そ、そんな…」


 魔狼達の口から絶望の声が発せられる。ジェドからすれば敵の首領であり、エハンを斃すための駒に過ぎないのでまったく同情しないが、部下達にとってはそうではないのだろう。


 胸を貫かれたギリアムは膝をつく、その顔は苦痛に歪み憎々しげにエハンを睨みつけている。その視線はエハンの不快感を刺激したらしくエハンは他の指の爪を伸ばすとギリアムの喉と腹を貫く。


「が…」


 ギリアムはようやくその一言のみを発すると地面に倒れ込んだ。それから間もなくギリアムの目から光が失われ、傭兵団『魔狼』の団長はその生涯を閉じたのだ。


「も、もうだめだ!!」


 生き残った魔狼の1人が叫ぶと他の魔狼達もそれが伝染し、それぞれエハンから背を向けて逃げ出す。


「逃げられるとでも思っているのか、クズ共が!!」


 エハンはそう叫ぶと容赦なく背後から逃げ出した魔狼の残党を貫き出す。


「がぁ!!」

「ぎぃ!!」


 エハンは誰一人逃がすつもりは無いのだろう。一人また一人と魔狼達を串刺しにしていった。


 ヴェイン、アグルスは剣を振り上げエハンに斬りかかる。エハンはニヤリと嗤うとヴェインとアグルスを迎え撃つ。


 エハンが魔狼を容赦なく背後から貫いたのはジェド達の動揺と怒りを買う事で無計画に突っ込ませることだったのだ。


(くっ…仕方がない!!)


 ジェドはヴェインとアグルスに対処するためにジェドに背を向けているエハンに斬りかかる事にした。エハンが背を向けているのは罠である事はわかっているが、このままではヴェインかアグルスがやられる可能性が高いためにあえて罠に掛かることを選んだ。


 だが、ジェドは決してただやられるつもりは無かった。たとえ二人を助けるためとは言え自分の負傷が戦力の低下を意味する以上、ジェドはその負傷を利用する事にしたのだ。


 エハンは左腕を伸ばし拳を作り、右手を折り曲げ顔面の前に掲げる、一見ヴェインとアグルスに対する構えのように見える。


 だが、ジェドはその構えは見せかけであり、本当の狙いは自分である事に気付いていたのだ。エハンの武器は伸びる爪だ。背後から襲うジェドをそれで貫くつもりだったのだ。


 エハンの右手の親指がジェドに向いている。爪を伸ばしジェドを貫き、二人を動揺させその隙に攻撃を仕掛けるのがエハンの作戦なのだろう。


(はぁ…痛いのは苦手なんだよな…)


「がぁ!!」


 ジェドの口から苦痛の叫びが発せられる。わざと受けたと言っても、実際に生じた苦痛に対するものだったのだから演技の必要はなかったぐらいだ。 


 エハンの親指の爪が伸ばされ、ジェドの左肩を貫いたのだ。貫いた爪は一瞬で元の長さに戻ると、エハンは背後のジェドに向かって跳び、そのまま一回転してジェドへ爪を40㎝程に伸ばして短剣のようにすると、ジェドの首を狙って斬撃を繰り出す。


 ジェドとすればこの上ない展開だった。自分に狙いを付けさせようと思っていたところにエハンが自分から狙いを付けてくれたのだ。


 ジェドは左肩を貫かれた事で左腕があがらないフリ・・をしてエハンの攻撃を剣で受ける。当然、追い詰められた表情を浮かべる事も忘れない。


 エハンはジェドの傷が決して浅くないと判断すると、ジェドを仕留めることを決定付けたらしい。


 凄まじい攻撃がジェドを襲う。


 ジェドはそれを丁寧に躱しながら下がり始める。下がり始めたジェドを援護しようとヴェインとアグルスが背後から襲いかかるが、エハンはそれを読んでいた手刀を振り、ヴェインの剣を受け止める。


 キィィィィン!!


 まるで金属同士を撃ち合わせたような音が響く。エハンの爪は魔力で強化されており、少なくとも剣と同程度の強度を持っているようだった。


 そして、あくまでエハンの狙いはジェドだったのだ。エハンは後ろ蹴りを放つ。ジェドは腹にその蹴りをもろに食らうと2メートルほどの距離を吹っ飛び、地面に着地する。またもエハンは間合いを詰めるとジェドに攻撃を開始する。


 ジェドは痛む肩と腹を庇いながら後ろに下がる。


 そして、やっとその場にエハンを誘導が終わったのだ。


 その場所とは、ジェドとシアが罠を仕掛けていた場所である。仕掛けた罠は単純なもので、削った木の枝を飛ばすという単純極まるものだ。単純極まるものと言ってもまともに刺されば人間の体に突き刺さるぐらいの威力はあった。


 ジェドは足に細いワイヤーを引っかけると、それを引っ張った。その瞬間に仕掛けた罠が作動し、仕掛けられた自作の矢が放たれる。エハンはそれを手ですべてはたき落とした。


 その後で露骨に嘲りの表情をジェドに向ける。


「ははは…こんな子供だましで俺を斃せると思っていたのか? 所詮は人間の浅知恵をいうやつだ」


 エハンの嘲りにジェドは悔しそうな、絶望の表情を浮かべるふり・・をする。


「人間がここまで粘ったのは初めてだ…褒めてやろ…」


 エハンは言葉を途中で止める。自らの意思で止めたのでは無い、背後から生じた衝撃に言葉を発することが出来なくなったのだ。エハンは自分の胸の位置を見ると右胸から刃の先端が覗いている。

 背後には森林が広がっており、そこには誰もいないにも関わらずだ。


「ば…バカな…【魔槍マジックランス】だと…?」


 エハンの口から驚愕とも怒りともとれる言葉が発せられる。その瞬間、【魔矢マジックアロー】がエハンに直撃する。


「がぁ!!」


 エハンの口から苦痛の声が漏れる。


「ヴェインさん、アグルスさん、横に跳んでください!!」


 ジェドの言葉にヴェインとアグルスは横に跳び、次の瞬間にエハンの身長に匹敵する巨大な火球が通り、エハンに直撃する。


「ぎゃあああああああ!!!」


 エハンは炎に包まれ、のたうち回る。灼けた肉の臭いと絶叫を撒き散らした。


 自らを灼く炎が与える苦しみはエハンから魔術を使う余裕を失わせた。魔術の行使は集中力を有するのは当然だ。それは魔族のような種族であっても変わらない。自らが灼かれている苦痛の中で魔術を行使できるような集中力を発する事の出来るものなど魔族の中にもどれだけいるというのだろうか?


「シェイラ!!」


 ヴェインが叫ぶとシェイラは頷くと自分の目の前で手を合わせる。するとエハンを包んでいた炎が消え去る。


 ヴェインとアグルスが炎に灼かれ半死状態のエハンに剣を突き刺した。


「こ…こんな…バ……カ…な」


 エハンは全身を火傷で覆われ信じられないという表情を浮かべると地面に倒れ込んだ。

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