第85話 三つ巴の戦い④~魔族エハン視点~

 人間は悪魔と魔族を同一視する。だが、この二つの種族は似て非なるものだ。人間とサルが同じ種族ではないと同じ事だ。


 進化の過程で人間がサルと別れたと同じように、悪魔と魔族もまた進化の過程で別れた種族なのだ。悪魔はどちらかと言えば魔力を肉体強化に振り分け驚異的な身体能力を得た種族であり、魔族は魔力を術の方に振り分けた種族と言って良いかもしれない。


 悪魔は肉体強化に振り分けたことで世代を重ねるうちに、肉体が強大な力に耐えられるように変質していった。体は巨大化し、骨、内臓も自身の力によって潰されないようにより強固なものとなっていった。


 そんな悪魔を魔族は軽蔑する者が多かった。それは人間がゴブリンやオーガなどの亜人種を敵とみなすのに似ている感情なのかも知れない。


 エハンもそんな魔族の価値観になの疑いも持っていない者の1人だ。


 エハンは人間達が暗黒大陸と呼ぶ『ガーンスヴァルク大陸』にある『ベルゼイン帝国』出身だ。爵位は『騎子爵』であり、最下級だが貴族に名を連ねている。


 そんなエハンがローエンシア王国にいるのは、ベルゼイン帝国の第一皇子であるエルグドの命によるものだ。


 現在、ベルゼイン帝国は次代の支配者を決定付けるために3人の皇子がそれぞれの派閥を形成していた。2年前までは血で血を洗う暗闘が繰り広げられていたが、現皇帝イルゼムが『後継者は瘴気を最も多く集めた者に譲る』という言葉により、3人の皇子達はそれぞれの派閥を率いて瘴気を求めるようになった。


 エハンは当初その話を聞いたとき、正直な所、『アホらしい』という感想を持ったのだが、イルゼムの命により各派閥の構成していた貴族が3つ見せしめのために一族郎党全員処刑された事を知ると顔が凍り付いた。


 その場にいた貴族からその時の様子を聞けば、現皇帝のイルゼムの恐ろしさに身震いしたぐらいだった。


 それから2年経ち、多くの魔族がガーンスヴァルク大陸を飛び出すと人間の国家で瘴気を集め始めたのだ。


 ローエンシア王国の王都にある国営墓地に、大量の瘴気があり、そこの墓守がとてつもなくやっかいだという話が広まったのは、第二皇子アシュレイの派閥に属しているボールギント子爵が、その墓守に討ち取られた事が発端だった。


 第一皇子のエルグドは、その国営墓地に目を付けた。同時に墓守の弱点を探ることになったのだ。その結果、墓守の友人の冒険者2人の存在が浮かび上がった。

 その墓守には婚約者がおり、当初はその婚約者を…という計画が持ち上がったのだが、その婚約者達は墓守と共にボールギント子爵を斃した事が分かると友人の冒険者の方が簡単に目的が達成できるという事でその2人を拉致することが決まったのだ。


 エハンはエルグドに命じられ、その2人であるジェド、シアの元にやってきたのだ。


 すると、どうやら人間同士で争っているらしく、エハンとすればこれ以上ない好機だった。なぜならばジェドとシアの実力を測ることが出来るからだ。


 エハンは2人の戦いを物陰から覗き込み、ジェド、シアの実力を把握する。50人程の人間の兵士達を完全に打ち倒すのを確認すると問題なく勝てるという事を確信する。

 人間としては、高い実力者と言えるだろうが、騎子爵を持つ自分なら問題なく斃す事が出来るレベルだ。


「まぁ…少しはやるようだが、所詮は人間だな」


 エハンの顔に嘲りの表情が浮かんでいた。魔族は基本的に人間を見下しているため、エハンの行動はそれほど不思議なものでは無い。だが、抵抗されるのは面倒だという思いも同時に生まれている。


「ふむ…森の入り口のマヌケ共をぶつけてからの方が楽そうだな」


 エハンはここで、森の入り口で待ち構えている連中とジェドとシアをぶつけて消耗させるとする作戦と取ることを決定する。せっかく、相手を弱らせてくれるような駒が近くにいるのだから利用しない手はなかった。


「では…行動を起こすのはもう少し待つとしよう」


 エハンは倒れ込む『魔狼』の元にやって来るであろう駒達を待つことにする。そして、その時はすぐにやって来た。


 倒れ込んだ男達の仲間達はもな一様に動揺しているようだ。


 エハンは1人の男が檄を飛ばし、他の者達が背を伸ばしている所を見ると、どうやらあの男が指揮官である事を察する。


 指揮官は男達をまとめてジェドとシア達を追っていくのを確認すると、行動を開始する。倒れ込んだ者達とともに2人の男が残って治療を始めた。


「まずは役に立たない奴を間引いておくか…」


 エハンはそういうと倒れ込んだ男達の元に歩き出す。見られても面倒な為にここで始末することにしたのだ。


 もはや気配を隠すことも面倒になり真っ正面からエハンは歩き出す。


 かなり近付いたところで治療に当たっていた治癒術士達が驚愕してエハンを見る。


「な、なぜ…魔族が?」

「ひぃ!!」


 治癒術士の中には戦闘技術を持つ者もいるが、どうやら、こいつらは戦闘力が皆無らしい。


 治癒が終わっていた者は残念ながら1人もいない。だが、応急処置を受けていたため、意識を回復していた者達が少なからずいたのだ。


「待ってくれ!!殺さないでくれ!!」

「助けてくれ!!」


 意識を取り戻した連中の中でエハンと戦おうという者は誰もいない。すでに満身創痍の状況で魔族と戦おうという酔狂な者はいないと言う事だ。


 だが…。


 エハンはこの人間達を助けるつもりなど一切無い。よって命乞いなど無駄だったのだ。


 ヒュ!!


 エハンが右腕を横に振る。命乞いをしていた男の首が地面に落下する。エハンの手刀が男の首を斬り落としたのだ。


 首の落ちた体の傷口から血が噴水のように吹き出る。周囲の男達は吹き出る血を浴び、それが仲間の血である事に気付くと恐慌状態に陥る。


「ひぃ!!」

「た、たしゅ!!」


 エハンは酷薄な笑みを浮かべ、男達を容赦なく狩っていく。裏拳を顎に受けた男は下顎を引きちぎられ絶命した。


 ある男は胸を貫かれた。


 また、ある男は腹を強打され、内臓を潰され血反吐を吐きながら地面に倒れ込む間に命を終えていた。


 エハンの手により『魔狼』の待ち伏せの連中はわずか5分程で全滅した。


「さて…行くか」


 エハンはニヤリと嗤うとジェド、シアを拉致するために『魔狼』達を追った。

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