第67話 護衛任務追加⑤

 指をさされた少女は狼狽える。いや、その場にいる者達が狼狽えていた。そしてその狼狽えこそがジェドの指摘の正しさを裏付けている。


「ど、どうして…」


 指をさされた赤い髪の少女の声にジェドとシアは警戒する。警戒の理由は初老の男性の雰囲気が微妙に変化したのだ。その変化を察して、他の三人も雰囲気を変える。


 戦闘モードに切り替えた四人に対し、ジェドとシアも戦闘を決意する。


「喧嘩を売ってきたのはそちらだ。買ってやるからありがたく思え」


 ジェドは言葉を発すると同時に周囲に殺気を放つ。アレンやロム達には到底及ばないがジェドの殺気は並の冒険者達の及ぶところではない。


「やる気か?」


 周囲の護衛達もこの段階でジェドとシアの危険性を認識した。いや、思い知らされたと言った方がより的確かも知れない。オーガを屠った時よりも激しい圧迫感に護衛達は体を震わせている。


「ま、待ってください」


 赤い髪の少女がジェドとシアに声をかける。この段階で声をかける事の出来る胆力は相当なものだ。


「私達はあなた方を侮ったつもりはまったくありません」


 赤い髪の少女の言葉に嘘はなさそうだ。だが、この少女はそうであっても周囲の者達はそうとは限らない。


 ジェドとシアは予備動作などまったくとらずにバックステップをして間合いをとる。護衛達の間合いで呑気なお喋りをするほどジェドもシアも神経は図太くない。


「じゃあ、この段階でなぜ嘘をついた? 俺達を舐めている証拠だろう」


 ジェドの言葉にシアも頷く。実際の所、嘘をついた事情など二人はとっくに察していた。影武者のつもりだろう。二人が彼らを信用していないように、向こうもジェドとシアを信用していないのだ。


 ジェドとシアに護衛対象を誤らせることで襲撃から本来の護衛対象から目を逸らさせるつもりなのだろう。


 ここから襲撃者は、目的の人物の容姿を掴んでいない事をジェドとシアは察した。そしてそれを看破した以上、ジェドとシアは彼らの策を一つ潰しただけでなく情報を漏らす可能性のある存在となったのだ。


「それは私を守るためです」


 赤い髪の少女の言葉はジェドとシアの推測に正解を告げる言葉である事を決定付ける。


「お嬢様!!」


 テティスが赤い髪の少女の言葉を遮ろうとするがそれを手で制する。


「良いのです。この方達は鋭い…味方にするには誠意を持って依頼するのが最も確実です」


 赤い髪の少女がそう言うと全員が沈黙する。ここでジェドとシアと戦闘になれば一行は凄まじく損傷するのは明らかだ。先程ジェドの放った殺気はそれを十分に証明しているようだ。


「今まで大変失礼いたしました。私の名はオリヴィア=フィア=レンドールと申します」


 オリヴィアと名乗った少女は一礼する。その所作には一切の傲りというものは感じられない。ただ誠実な対応をしようという心情が見て取れる。


 オリヴィアの態度が演技の可能性もあるがそこまで気にしては何も出来ない。ジェドとシアは警戒を解くと誠意を持って応対することにする。


「こちらこそ色々と失礼しました。俺はジェドといいます。見ての通り冒険者です」

「私も失礼しました。私はシアと言います。ジェドと同じく冒険者です」


 ジェドとシアはペコリと頭を下げる。元来、ジェドもシアも相手がそれ相応の態度を取るのならそれに応じて丁寧な態度をとるのだ。今回はあちらが不誠実な態度をとり続けていたためにそれに呼応したに過ぎない。


「レンドールという事は…あなたは伯爵家の?」


 シアの言葉にオリヴィアは頷く。


「はい、レンドール家の娘です」


 オリヴィアの言葉に部下達も諦めたようだ。


 レンドール家の爵位は伯爵であるがリヒトーラ公国との国境沿いに領土を有し、国防上重要な貴族だ。国境を守るという事からその私兵はかなり優秀だ。また王家への忠誠心も高く国王の信認も厚い。

 当代のレンドール伯であるマラン=ヴォルド=レンドールも堅実な領地経営を行い、領民達の信頼も厚い人物だ。まず非難するところが見つからないような一族だった。


「レンドール家のご令嬢が身分をなぜ隠すのです?」


 ジェドの言葉にオリヴィアは静かに答える。


「最近、領内で神殿跡が見つかったという話はご存じですか?」


 オリヴィアの言葉にジェドとシアは驚く。まさにその神殿の調査に出かけているのだ。その神殿とオリヴィアが身分を隠すことに何かしら関係があると言う事は二人を驚かせるに十分だった。


(ひょっとしたらアレンはこの事を知ってた?……ないか)

(アレンが裏で手を回し…ないわね)


 ジェドとシアはアレンの計略の戦を考えたがすぐに否定する。アレンは場合によっては計略を用いるが、友人を利用するような事はしない人物である事は自身を持って断言できる。もし、レンドール家と裏取引があったというのならアレンなら絶対に二人に告げるはずである。

 アレンが利用するのは敵に限られると二人は思っていたのだ。


「はい、実は俺達はその神殿を調査する依頼を受けたんです」


 ジェドの言葉に今度はレンドール側が驚く。


「何を探るつもりだ?」


 護衛の青年がジェドとシアに言う。


「俺達の雇い主は、ただ単にその神殿が何なのか知りたいから雇ったんです。ちなみに雇い主はその神殿にあるモノは持ち帰るような事は避けた方が無難だと言ってましたね。そういう神殿にあるモノは呪われている可能性があるからって」


 ジェドの言葉にその青年は沈黙する。


「俺達の雇い主は基本、常識人です。レンドール領内で見つかったものはレンドール家に所属すると考えてます。俺達が求められたのは神殿の情報です」

「情報ですか?」


 オリヴィアがジェドに聞き返す。


「より正確に言えば土産話です。俺達の雇い主はそう言う話が好きなんです」


 ジェドの話をレンドール側の者達は胡散臭そうに聞いている。だが、どんなに胡散がられようとも事実なのだから仕方が無い。


「まぁ、話が逸れましたね。肝心の身分を隠す理由を教えてください」


 ジェドの言葉にオリヴィアは頷き口を開く。


「王都の屋敷に悪魔が現れました」

「悪魔?」

「はい、神殿の持ち主を名乗ったそうです」

「え?」


 オリヴィアの言葉にジェドとシアは面食らう。軽い物見遊山のつもりだったのにかなりきな臭いものだ。


「どうやらその悪魔にとって神殿は大切な施設らしいのです。そこに私を捧げる事で何やら良からぬ事を起こすという事みたいなのです」


 オリヴィアの言葉にジェドは疑問を呈する。


「そんな状況でどうして神殿に近付こうとしているんですか?」


 ジェドの疑問はもっともだった。神殿に自分が捧げられることで良からぬ事が起きるというのなら出来るだけ遠くに離れていた方が良いだろうにわざわざ近付くなどアホのすることだと言わざるを得ない。


 ジェドの言わんとする事を察したのだろうオリヴィアはニコリと微笑む。


「その悪魔を滅ぼすためです」


 オリヴィアの言葉にジェドとシアは絶句した。

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