第66話 護衛任務追加④

 ジェドとシアの前に現れた5人の男女を2人は観察する。


 まず女性に声をかけたのは初老の男性だ。半白の髪をオールバックにした。まるで猛禽類のような目をしている。魔術師のローブを身につけていることから魔術師である事が察せられる。


 その隣にいる30代半ばの男性は、錆びた鉄のような髪の色に黒い目を持った筋骨逞しい男性で大剣を持っている事からパワーファイターのような印象を受ける。先輩の近衛騎士のヴォルグと似た感じであるが、技量は及ばないように思われる。


 後ろに控える少女は10代半ばでジェドとシアよりも年下のようだ。金色の髪に碧い瞳のいかにも貴族の令嬢というような雰囲気を持った美しい少女だ。ちょっと良いところのお嬢様が着るような商家の娘風の服装をしているが、少女の雰囲気とのチグハグ感が凄かった。

 ジェドもシアも「偽るならもっと本気でやれよ」と思ったぐらいだ。


 少女の隣にいるのはジェドとシアと同年代の少女だ。赤い髪と茶色の瞳の少女でよく見るとなかなかの美少女だったが、いかんせん隣の美少女と一緒にいると霞んでしまう。服装は革鎧に長剣を持っている。


 そして金髪の美少女の反対側に立っている男性は20代前半、金髪碧眼の美丈夫だ。これまた長剣を持っており周囲を警戒しているところを見ると中々優秀な護衛の様だ。


「ふむ…随分と警戒されたものじゃな」


 初老の男性がジェドとシアの観察に対し、もらした感想がそれだった。遠回しの非難のようにも思われるがジェドとシアは謝ろうとはしない。ここで弱みを見せればそれにつけ込まれる可能性がある以上、それは出来ない。


「まぁ、あなた方の怪しさを考えればこれぐらいの警戒は当然でしょう」


 ジェドの言葉に初老の男性はニヤリと嗤う。


(猛禽類が獲物を捕らえたときの目はこんな感じかな?)


 ジェドは初老の男性の目を見たときにそう思う。


「そう言わんでくれ。お若いの」

「で、あなた方が私達をどう利用しようとしているか考えるのは勝手ですが、俺達がそれに付き合ってやる義務は無い事をまずは想定して話して欲しいですね」

「当然じゃな」


 ジェドの言葉に周囲の者達の顔が不快気に歪む。


(5人の中で反応があったのは同年代の女の子だけか…)

(…金髪の女の子は反応を見せてないわね…)


 ジェドとシアは新たに現れた五人の反応を逃すまいとそれぞれ観察している。あえて無礼な表現をする事でどのような反応があるか確認しようとしたのだ。


「では単刀直入に言おう。お二人も我々の護衛に参加せぬか?」

「お断りします」

「嫌です」


 初老の男性の誘いにジェドとシアは間髪入れずに断りを入れる。だれがこんな嘘をついている雇い主に雇われたいというのだろうか。


「そうか、給金ははずむつもりじゃぞ?」

「そりゃ給金をはずむでしょうね。空手形なんだから、いくらでも大きな額を言えますよね」

「ほう、どうして空手形じゃと?」


(話聞いてたのかクソジジイ…今までの話からどう考えても空手形って分かるだろ)


「それが分からないほど、あんたはアホなのか?」


 ジェドの声に険がこもり始める。


「ふはは、すまんすまん。つい、からかってしもうたわ」


 初老の男性は笑う。先程の猛禽類が獲物を狙う目ではなく優しげな目をジェドとシアに向ける。


「そうですか。それで、なぜ俺達を雇うつもりなのですか? 見たところ護衛としては十分すぎるでしょう」


 ジェドの言葉に張り詰めていた雰囲気が緩む。


(さて……この連中は俺達をどのように利用しようというのかな?)

(上手くいったと考えるべきね…、この場の雰囲気が和らいだけど…これがこの人達の演技の可能性もあるわね)


 ジェドもシアも実は警戒などまったく解いていない。初老の男性はわざと雰囲気を張り詰めさせそれを意識的に緩めることで、こちらの警戒心を解こうとしている可能性が高い。


 落とし穴に人を落とそうとするときは金貨を落とし穴の手前に置いておくべきなのだ。


「その前に…」


 初老の男性がジェドとシアに優しげに声をかける。ジェドとシアは表面上は先程の険しい表情をやめ親しげな表情を浮かべる。相手が落とし穴に落とそうというのなら逆に落とし返すぐらいの事はするべきだ。


「どうしてお主らはこれが隊商で無い事が分かったのじゃ? 少なくとも表面上は冒険者に見えているはずじゃが」


 初老の男性の言葉に周囲の冒険者に偽装した者達も不思議そうにジェドとシアを見ている。


(さて…正直に言うべきか……)


 ジェドは一瞬迷う。ここで根拠を伝えジェドの目利きを相手方に知らせるのは一長一短だ。長はジェドとシアが決して簡単に騙せる相手ではないと思わせる事ができること、短は思考の型を読まれそれを利用される危険性がある事だ。

 だが、沈黙するという事になれば気を許してないことが相手にバレてしまう。


 結局…ジェドは正直に言うことを選択する。とっさに嘘の根拠を考える時間がなかったのだ。


「護衛の人達の使う技にいくつかの共通する技がありました。ですから同じ場所で、同じ訓練を受けた人達だと考えた訳です」


 ジェドの言葉に初老の男性が僅かに目を細める。その目は感心しているようにも警戒しているようにも思える。


「で、でもそれだけで…」


 先程のテティスと呼ばれた女性が反論する。


「この場にいる冒険者達がたまたま同じ場所で同じ訓練を受けたと? んな偶然があるわけないでしょう」


 思い切り嘲るようにジェドは言う。もちろん演技である。怒りによってポロッと何か情報を漏らすことを期待したのだが、テティスは悔しそうに黙る。


(納得すんなよ…)


 あっさりと引き下がったテティスに内心ジェドはため息をつく。アレン達ならここで情報を聞き出すために「いやあるだろ」と言うのではないかとジェドは思っている。何しろあの友人の墓守は絶大な実力を持っているくせに必要とあれば平気で騙しに掛かるのだ。


 そのため、あっさりと引き下がったテティスが残念だったのだ。出来るだけあいてに喋らせる事は意外と大事だったりするのだ。


「まぁ、話を戻しましょう。どうして俺達を雇うのです?」


 ジェドは話を打ち切り、もう一度初老の男性に尋ねる。


「簡単じゃ、お主らが使える人材じゃからよ。あのオーガ達を屠った実力を見れば護衛として雇うのに十分すぎる理由じゃろ」


 初老の男性はあっさりという。まぁ確かに筋は通っている。よからぬ利用を考えている可能性はあるが、そこに不自然さはない。


「なるほど、ではあなた方が護衛しているのは誰です?」


 ジェドの質問におずおずと金髪碧眼の美少女が進み出る。


「私です」


 その美少女の言葉を受けてジェドとシアは呆れた様な表情を浮かべる。その表情に気付いたのか全員が怪訝な表情を受かべる。


「やっぱりあんた方は信用ならないな」

「これは私達を舐めているという意思表示よね」


 ジェドとシアの言葉に全員がゴクリと喉を鳴らす。


「護衛対象はそっちの子だろ」


 ジェドの指差した先には金髪の美少女の隣にいたジェドとシアと同年代の赤い髪をした少女だった。

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