第50話 練習試合③

「やるな…」


 ロバートの言葉にヴォルグ、ヴィアンカも感心したように頷く。


「まさかここで水瓶アクエリアスとはね…」


 ヴィアンカの言葉にロバートが返す。


「ああ、戦いに関係ない魔術をここで使う事で無駄な一手を妙手に変えてしまったな」

「うん、ジェド君が動いた事でシアさんの【水瓶アクエリアス】を無駄な一手から妙手に変えたわね」

「確かにジェドが動かなければただの無駄な一手だったがそれを妙手に変えた」

「しかし、あの二人は相談した感じは一切無かったわ。即興と言うにはその後の動きに不自然なものはなかった…」


 ヴィアンカの声には素直な賞賛が込められている。ロバートもヴォルグもジェドとシアを見る目には素直な賞賛が浮かんでいる。


「二人が予め話し合っていたのか、シアの行動から自分のやるべき事を選択したのか…いずれにせよ。あの二人が組むと遥かに実力をあげるのは確実だな」


 ヴォルグの言葉に二人は頷く。




 ジェドの木剣を受け止めたウォルターは冷静さを取り戻していた。背中に冷たい者が走ったがそれによって心が乱され立て直す事が出来ない等と言う事はウォルターにはない。


 ウォルターはジェドの木剣をはじき飛ばすのではなく、力を抜き受け流すことで対応する。力を発揮する地点をずらし力を入りにくくするのだ。ジェドは突然、消えた力のひっかかりを失い、前のめりに姿勢を崩した。


 そこにウォルターは引いた木剣をジェドの木剣の内側に滑り込ませるとそのまま腕を打ち付けようとする。ジェドは体勢を崩したがすぐに動きを立て直すとウォルターの小手を躱す。


「くっ…」


 意表を突いた攻撃であったがウォルターの柔軟さがそれを上回ったのだ。一端間合いをとるためにジェドは後ろに下がろうとした。


 ウォルターはジェドが下がろうとすることを察すると一気に間合いを詰める。そして鋭い斬撃を休み無く放った。打ち下ろし、横薙ぎ、袈裟斬り、突き、立て続けに放たれる斬撃にジェドは防戦一方になる。


 シアは魔矢マジックアローの詠唱を始める。ウォルターは斬撃を繰り出しながらシアが詠唱を始めた事を視界の端に捉える。


(ん?…この段階で呑気に詠唱?)


 ウォルターはシアの詠唱に違和感を感じていた。この段階で呑気に詠唱をするのはあり得ない。詠唱が終わる頃までジェドは凌ぎきることは出来ない。その事はシアにも分かっているはずだ。


 そこでウォルターは何かしらの罠を感じる。


(ちっ…ここは引くか)


 ウォルターはバックステップをしてジェドから離れる。シアのおかげでウォルターの連撃をジェドは何とか凌ぎきることに成功したのだ。


「ハァ…ハァ…シア…助かった」


 ジェドは息を切らしながらシアに礼を言う。


「ええ、良かった」


 ジェドの言葉にシアもほっと胸をなで下ろす。ジェドがここでやられればシアがウォルターの攻撃を凌ぐことは不可能である。ジェドの敗北はすなわちジェドとシアの敗北を意味するのだ。


「ジェド…まずは息を整えて…」

「ああ」


 シアの言葉にジェドは頷く。ジェドは大きく深呼吸を始める。あからさまな隙であるがウォルターは動かない。先程感じた罠の気配を警戒していたのだ。シアは不安気にジェドを見やる。


 ジェドへの気遣いを見せるシアの姿にウォルターの木剣を持つ手が緩む。その事をシアは見逃さなかった。


(よし、今なら!!)


 シアは魔矢マジックアローをウォルターに放つ。そしてその瞬間にジェドもウォルターとの間合いを詰める。


 完全に虚を突いた攻撃だった。




 はずだった…。


 ウォルターはニヤリと嗤うと木剣をジェドに投げつける。それと同時に回避行動に移り、シアの魔矢マジックアローを躱した。


 木剣を投げつけられたジェドはその行動に驚愕する。


「くっ!!」


 ジェドは咄嗟に投げつけられた木剣を木剣で払ってしまった。しかも最初限度の動きではなく咄嗟の事で大きく払ってしまったのだ。当然、生じた隙も大きい。その隙をウォルターが見逃すはずもなく。


 ジェドの鳩尾にウォルターの拳がめり込むとジェドは膝をついた。膝をついたジェドの横をすり抜けるとウォルターはシアの首筋に手刀を放つ。凄まじい速度で放たれたウォルターの手刀にシアはまったく反応できない。


 シアの喉の寸前で止められたウォルターの手刀にシアは敗北を悟る。


「参りました」


 シアの降参の意思に一つ頷くとウォルターは膝をつくジェドの首筋に手刀を放つ。ウォルターの手刀は先程のシア同様に首筋の寸前で止まった。


「参りました」


 シア同様にジェドも敗北を認める。


「そこまで!!」


 そこにロムが決着を宣言する。


「ふぅ…」


 ウォルターはロムの声を聞くと息を吐き出した。


 こうして兄弟子達との初邂逅はジェドとシアの敗北の日となったのだ。

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