第44話 国営墓地⑥

 フィリシアの剣が背後から死の隠者リッチハーミットを貫き、偽りの生命を終わらせる。


 それはあまりにも呆気ない幕切れであった。


 死の隠者リッチハーミットと言えば、それこそ絶大な魔力とその膨大な知性で恐れられているアンデッドだ。死の隠者リッチハーミットの逸話はそれこそ、『一体でどこどこの城を落とした』『一体で一軍を殺戮した』などというものばかりだ。


 それをわずか5分ほどで討伐するというアレン達に、ジェドとシアが呆然となるのも仕方のない事であった。


 しかも、アレン達は死の隠者リッチハーミット討伐という偉業を成し遂げたというのに当たり前のように残ったアンデッド達を駆逐している。


 今、まさに死の隠者リッチハーミットを討伐するという大金星をあげたフィリシアも当たり前の様に残りのアンデッドの駆逐に加わっている。


「いくらなんでも…凄すぎないか?」


 ポツリと呟いたジェドの言葉を聞き、シアも半ば呆然と呟き返す。


「噂って本当に当てにならないものね…」


 シアの言葉にジェドも頷く。もちろん、ここでいう『噂が当てにならない』というのは、噂がアレン達の実力の半分にも満たないほどおとなしいという意味だ。


 アレン達は本当に危なげなくアンデッド達すべてを駆逐するとジェドとシアの元に近付いてくる。


「お疲れさん。2人とも」


 アレンがジェドとシアに笑いかける。その笑顔には特別な事をやり遂げた充足感というものは一切見られない。本当にいつもの見回りの一幕としかとらえてないようだ。


「ああ、そちらこそ」


 ジェドの声も少しばかり固い。その声の固さにアレン達は首を傾げる。


「ん? どうした2人とも、死の隠者リッチハーミットは確かに珍しいが別にそこまで驚くようなアンデッドじゃないだろ」


(んなわけあるか!! 発生した事がわかっただけで軍が動き出すわ!!)


 ジェドはアレンに心の中で盛大にツッコミを入れている。


「いやな…どうも、お前は常識人なのにことアンデッドとなると途端に非常識になるんだ?」

「馬鹿にするなよ。俺だってデスナイトやリッチがどんな存在か知ってるぞ」


 ジェドの頭を抱えて言う言葉にアレンは少しばかり戸惑っているようだ。


「そりゃそうだろうよ。でも多分…いや、確実に世間一般の人との間の認識に大きな開きがあるぞ」

「?」

「あ~~もう!! その辺りの事はそのうち教えるから…それよりも気になる事がある」

「ん?」

「フィリシアの事だ」


 フィリシアはいきなり呼ばれた事で首を傾げている。


「フィリシアはどうやって死の隠者リッチハーミットの背後に回り込んだんだ?」


 ジェドの言葉にフィリシアは『え?』という顔をする。


「普通に歩いて…ですが?」


 フィリシアは不思議そうにジェドに答える。ジェドが不思議がっているポイントが今一把握出来ないのだ。


「いや、そういう事じゃなくてな」


 ジェドの言葉にアレン達は首を傾げる。アレン達の感覚は本当に特別のことをしたという意識はない。普通の事をやったという感覚に過ぎないのだ。アレン達がアンデッド達の注意を引き、フィリシアは気配を消して背後に回り込み、核に剣を突き立てる。


 アレン達としてみれば極々自然の事に過ぎないのだ。


 だが、それはアレン達だから出来る事であって普通は死の隠者リッチハーミットの背後をとれない。いや、注意を引くといっても引ききる前に殺されてしまうのだ。


「う~ん、あのね、フィリシア…普通は死の隠者リッチハーミットの背後をトルなんて出来ないのよ。死の隠者リッチハーミットはもちろん、リッチであっても探知魔術を展開しているのよ。それなのに、あんなにあっさりと背後をとるなんて不思議でしょうがないのよ」


 シアが補足説明を行う。だが、これには聞かれたフィリシアのみならず、アレン、フィアーネ、レミアも困った表情を浮かべている。


 その表情を見て、ジェドもシアも悟った。アレン達においてはあまりにも当たり前すぎて説明する事ができないのだ。おそらくアレン達は気配を消して背後に回り込むのも別に特別な事をしているわけではないのだ。例えば『足音を立てないように歩く』という事は誰でもやろうと思えば出来る。アレン達はそれを遥かに高い水準でやってるだけなのだ。


 アレン達が特別な事をしているのではなく自分達が特別な事をしているように見えてるだけなのだ。それを説明してくれと言われても困惑するのは当然だ。


「あ~~、何というか…フィリシア、アレン、フィアーネ、レミア…済まなかった。勝手に自己完結しちまったが何となく事情は察知したから大丈夫だ」

「私もよ、困らせてしまってごめんなさいね」


 ジェドとシアの言葉にアレン達はさらに困惑しているようだ。2人の中でどんな結論が出たのか気になるところだろう。


「お前らの中でどんな結論が出たんだ?」


 アレンが2人に聞く。それに対してジェドが素直に答える。


「ああ、フィリシアは別に特別な事をしたわけじゃないんだ。あまりにもレベルが高すぎて俺達の目には特別な事をしたように見えただけなんだって結論に達したんだ」


 ジェドの返答にアレン達は苦笑する。


「まぁ、確かに特別な事をしているという意識は俺達にはないな。いつの間にか出来るようになってたからな」


 アレンが2人にそう告げる。


「でも、お前らも十分、他の人達から見れば特別な事をしていると見られてるぞ」


 アレンの続けて言った言葉にジェドとシアは固まる。


「え?何言ってんだよ…俺達が特別な事をしている?」

「そうよ…私達はロムさんやキャサリンさんに習ったことをやっただけ…」


 2人の返答にアレン達は苦笑する。


「どうやら俺達も自覚が足りなかったようだが、ジェドもシアも自覚が足りてないな」

「え?」

「どういう事?」

「いや…みんなもそう思うだろ?」


 呆けた返答を行うジェドとシアを見て呆れたかのようにアレンはフィアーネ達に尋ねる。するとフィアーネ達は苦笑しながら頷く。


「そうね。どうやら自覚がないみたいね」

「結構、自分って客観視出来ないわよね」

「2人とも私達の事を自覚ないとかいうけど…あなた達も…ねぇ?」


 フィアーネ達の言葉にジェドとシアは戸惑った。


「ジェド、あなたさっきスケルトンソードマンの足を両断したでしょう?」


 レミアが先程のスケルトンソードマンでの戦闘の事を指摘する。


(スケルトンソードマンの体を両断するという事ぐらい…そんなに特別な…あれ?)


 そこまで思い至りジェドは思い至る。そういえば背後から襲ったスケルトンソードマンへの第一撃はまるで鉄の棒を斬りつけたように弾かれた事に思い至ったのだ。


「わかったみたいね。この国営墓地のアンデッドは他の地域で発生するアンデッドよりも遥かに強力よ。以前、聖女の護衛の聖騎士の人達はスケルトンの骨を断つ事はできなかったわよ」

「え…?」


 レミアの言葉にジェドは困惑する。


「シアもよ」

「え? 私?」


 レミアは続けてシアに言葉をかける。


「シアは魔矢マジックアローをさっき放ったじゃない」

「う、うん」

「詠唱無しであの威力をどうして出せるの?」

「え? 普通に魔矢マジックアローを放っただけだけど?」

「何言ってるのよ。詠唱無しであんな威力の魔矢マジックアローを放つなんてあり得ないわ」


 レミアの言葉にシアも絶句する。


「つまりな…ジェドもシアも通常であれば出来ない事を当たり前のようにやれてるんだよ」


 アレンの言葉にジェドとシアは今更ながら自分達が使っている技術が特殊か察したようだ。


「よし、それじゃあ、あと少し見回りして今夜は終わろう」


 アレンの言葉に全員が頷く。



 ジェドとシアはアレン達の言葉に戸惑いながら初めての国営墓地の見回りを終えたのだった。

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