第35話 アレン②

 アインベルク邸のサロンに6人の男女が座り談笑を始めた。


 しばらくすると一人の初老の女性が紅茶を入れてくれる。


(うわぁ~上品な人~)


 シアはその初老の女性から発せられる貴婦人とした雰囲気に圧倒されていた。


(さっきのロムさんといい、この侍女さんといい何というか気品があるんだよな…。その、なんというか他者を見下さないと安心できないような見せかけの気品じゃなく…、う~ん何と言えばいいんだか…)


 ジェドはジェドでアインベルク家の使用人に対してすっかり敬意を持っている。


 ジェドとシアは侍女にお礼を言い、侍女に自己紹介をするとその侍女はニッコリと微笑み『キャサリン』と名乗った。


「二人とも、キャサリンの入れてくれた紅茶は本当においしいよ。それにお茶うけのスコーンもキャサリンの手作りだよ」


 アレンに勧められるままジェドとシアはスコーンを口に入れる。


「う、うまい」

「本当、これすごくおいしい」


 キャサリンのスコーンは決して華美なものではないが、ほんのりとしたバターの香りが絶妙だった。食感と言い、香りと言いそのまま店で出せそうなレベルのクオリティだった。


 ジェドとシアの反応にキャサリンは嬉しそうに微笑む。そして、アレンはどこか誇らしげだ。


「それでは、ご用がございましたらお申し付けください」


 キャサリンは一礼するとサロンから退出する。それを見送るとジェドはアレン達に話しかける。


「ところでさ、アレン」


 ジェドの問いかけにアレンは『ん?』という表情を浮かべる。その様子を見てジェドは続きを促されたと察すると話を続けた。


「アレンってさレミアと婚約してるんだよな?」


 ジェドの問いかけにアレンは頷く。


「でもさ…聞いたところによるとアレンって…その、王女様とも婚約してるって聞いたんだが…本当か?」


 アレンが答える前に二人の少女が割り込んでくる。


「ふっふふ~ジェド、アディラだけじゃないのよ。このフィアーネ=エイス=ジャスベインもアレンの婚約者なのよ!!」


 フィアーネは自慢げに胸を張る。形の良い胸が震えるのがジェドとシアの目に入る。そして次にフィアーネの顔もドヤ顔と称されるような『さぁ崇めなさい!!』的な世の中の幸せを手に入れた顔が目に入る。


「えへへ、実は私もアレンさんの婚約者なんですよ♪」


 フィリシアは恥ずかしそうに、そしてそれ以上に幸せそうにジェドとシアに伝える。


「…え? と言うことはアレンは四人も婚約者がいるって事か!?」


 ジェドの言葉にアレンは少し恥ずかしそうな表情を浮かべる。


「え…アレン…女たらしってやつだったの?」


 シアの静かな言葉がアレンに突き刺さる。


「う…そう見られても仕方ないな…でも」


 シアの静かな指摘はアレンの心に突き刺さっているのだが、アレンはめげない。ただシアはアレンを責めているわけではない。この国の貴族は一夫多妻制が認められているためにアレンを不貞で責めるのは筋違いというものだ。他の国から見れば不道徳に思われることであってもローエンシア王国においてはそうではないのだ。


「胡散臭く聞こえるかも知れないけど、俺は4人とも好きなんだ。しかも4人ともお互いを認め合ってくれてる。それがとっても嬉しい」


 アレンの言葉に全員が黙る。フィアーネ、レミア、フィリシアは嬉しそうだ。もしこの言葉を王女が聞いたら同じ表情をするのだろう。


「ふっふふ~アレンの気持ちなんて私はとっくにわかってるわよ♪」

「ちょっとアレン、2人の前で恥ずかしいじゃない」

「えへへ♪嬉しいです」


 3人の婚約者の惚気にジェドとシアはこの場に居づらくなってしまう。


(なぁ…シア…俺達おいとましようか…胸焼けをおこしそうだ)

(う、うん…明らかに私達ってお邪魔よね)


 ジェドとシアが視線を交わす。視線から大体の会話を行えるのは心が通い合っているといえるのだが、この甘すぎる雰囲気にはいたたまれないらしい。


「まぁ、そんな顔するなよ。そういうジェドだってシアのようなカワイイ恋人がいるんだからこれぐらいの雰囲気ぐらい出してるだろ?」


 アレンがジェドとシアの表情からとんでもない事を言い出す。


「え!?いや、俺達はそんな…」

「そ、そうよ!!何言ってるのよ」


 ジェドとシアはアレンの言葉に思いっきり動揺する。2人はとっくに両思いなのだが、奥手のために恋人となっているわけではない。しかし、アレンは2人の様子からてっきり恋人、もしくは長年連れ添った夫婦のような印象を受けていたのだ。


「え? そうなのか?」


 アレンがチラリとレミアを見るとレミアは呆れた様に頷く。それを見てアレン達はこの件は見守るべきだと判断する。


「そ…そうか、済まない。2人でコンビを組んでいるんだから、当然恋人なんだろうと思ったんだ」


 アレンの謝罪にジェドとシアは顔を赤くしてアレンの言葉に答える。


「き、気にするなよ~誤解する人は多いからな」

「そ、そうよ、気にしないで」


 ジェドとシアは若干棒読みに近い形でアレンの言葉に返す。


(今の俺ではシアに相応しくないからな。早く強くなってシアと…)

(う~私のバカ、なんで否定しちゃうのよ)


 心の中では2人は否定なんかしたくなかったのだ。だがどうしても『仲間』『幼馴染み』としか見られてないと思うとお互いに言い出すことは出来なかったのだ。


「ア、アレン」


 ジェドが意を決したようにアレンに声をかける。


「頼みがあるんだが…」


 ジェドの言葉にアレン達は黙ってジェドを見る。


「俺は少しでも強くなりたいんだ」

(じゃないとシアに相応しい男になれない!!)

「はぁ…」

「俺に戦い方を教えてくれ!!」


 ジェドの言葉にアレン達は呆けている。あまりにも話が急展開過ぎて驚いているのだろう。


「ああ、いいよ」


 アレンも戸惑いながらも返事をする。


「そ、そうか!!ありがとう!! それじゃあ早速手合わせを!!」


 ジェドの言葉に熱がこもる。


(熱量がおかしいぞ。ジェドはよっぽど強く…ははぁ…そういうことか)


 アレンはジェドがちらりとシアを見たのを見逃さなかった。まぁ男が頑張る理由など『好きな子』のためだというのは常識だ。


(そんなジェドの応援をするのは当然だな)


「ああ、まかせろ!!」


 アレンは力を込めた声でジェドの申出を快諾する。


 その様子を他の者達はやや呆然と眺めている。


(ねぇ?アレンたらどうしたの?妙にやる気になってるんだけど)

(わかんないわ…)

(う~ん、これで気心が知れるのは良いことなんでしょうけど…)


 アレンの婚約者達は目線で会話をするがアレンの心を今回は読み取る事が出来なかったのだ。フィアーネ達も男同士の友情の機微はすこしばかり疎かったのだ。


(良かったわね。ジェド)


 シアはアレンという友達が出来そうだという事を素直に喜んでいる。



 アレンティス=アインベルクという少年は敵にはまったく容赦をしないし、どこまでも冷淡になれるのだが、それ以外の人に対しては非常に礼儀正しくかつ穏やかに接する。そして気を許した相手には『熱く』接する男だったのだ。

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