第34話 アレン①

 魔将討伐を終え、王都に帰還して2日後にジェドとシアは王都のはずれにあるアインベルク邸の前に到着していた。


 王都に凱旋した冒険者達を王都の人々は口々に冒険者達の活躍を褒め称えてくれた。当然ながらレミアの活躍が知れるとあっという間にレミアの人気は王都の住民の中でうなぎ登りであった。


 また凱旋中の道すがらいつの間にかレミアの事を『戦姫』という二つ名が定着していた。本人はあまり喜んでいなかったためにジェドとシアはレミアをその名で呼んではいないがその二つ名がレミアの名が王都の住民の中に定着するのに一役買っているのは間違いなかった。


「緊張するな…」

「そうね」


 ジェドの言葉にシアも頷く。レミアの話から『アレンティス=アインベルク』という人物は穏やかで礼儀正しいという話だった。この事はサリーナから聞いた人物像と一致しているために安心したのだが、ジェドもシアも実は貴族に会うというのは初めてであり緊張しているのだ。


 だが、せっかくここまで来たのだからここで待っていても仕方ないと考え、思い切ってアインベルク邸の呼び鈴を鳴らす。


 カランカラン…


 鈴の音はそれほど大きくはなかったがすぐに扉が開く。


 扉を開けた人物は初老の紳士という表現がピッタリの男性であった。その紳士からは何も威圧的な雰囲気が放たれているわけではないのだが、ジェドもシアもまるで歴戦の武人のような佇まいに圧倒される。


「どちら様でしょうか?」


 紳士は穏やかに微笑んでいる。だが、ジェドとシアは緊張せずにはいられなかった。


(この人…多分、とんでもなく強い…)

(立ち居振る舞いが絶対にただ者で無いわね…)


 ゴクリと唾を飲み込みながらジェドとシアは紳士に挨拶を返す。


「あ、あの…私、レミアの友達でシアって言います」

「俺、いや私はジェドと言います」


 ジェドとシアのあいさつを受けて紳士は微笑むと優しげな声で二人に声をかける。


「これはこれは、レミア様よりお話は伺っております。私、アインベルク家の家令であるロム=ロータスと申します。以後お見知りおきください」


 ロムと名乗った紳士は微笑むと優雅としか表現できない一礼をジェドとシアにする。


「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」

「あ、あの俺達は家名がありませんので、そのままジェド、シアとお呼びください」


 ジェドは緊張のあまり、ロムにジェド、シアと呼んで欲しいという事を言ってしまう。普通に考えれば家令に自分達の名を呼んで欲しいというのもおかしな話なのだが、緊張のあまりジェドの中にはその事に思い至る事は出来なかった。


「はい、承知いたしました。それでは私の事もロムと読んでいただければ幸いです」


 ロムは穏やかに微笑むと改めて一礼する。


「それではジェド様、シア様、皆様方はサロンでお待ちしておりますのでご案内させていただきます」


 頭を上げるとロムは二人をサロンに案内する。ジェドとシアはロムに従いサロンまで歩き出す。


 アインベルク邸は決して華美ではないが、所々に花が飾られ落ち着いた雰囲気ではあるが殺風景とは言えない。掃除もきちんと行われているのだろう埃など一切見られない。


(これが…貴族様のお屋敷か…)

(私達の格好…大丈夫かしら?いつも通りの格好で来ちゃったけど…)


 ジェドはいつもの任務に行く格好にただ鎧を着けていないだけの格好だし、シアに至っては、ローブを着込んでいるためにまったくいつもの格好だった。一応、不潔に思われないように洗濯はきちんとしてきたのだがそれでも場違いという意識が二人の心の中には不安という名で存在し、どうしても消せなかった。


 サロンの扉を開けるとそこに4人の男女がお茶を飲みながら談笑していた。


 円形のテーブルに座っている4人のうち、見知った顔は一人だ。その一人はもちろんレミアだった。レミアはサロンに入室してきた客を見ると嬉しそうに微笑むと立ち上がり二人に声をかける。


「あ、シア、ジェド!!来てくれたのね!!」


 レミアが立ち上がってすぐに他の三人も立ち上がる。


「アレン様、お客様でございます」


 ロムが苦笑しながらアレンに来客を告げる。


「ありがとう。ロム」


 手前の黒髪の少年がロムに礼を言う。アレンと呼ばれた少年こそが当代のアインベルク家の当主である事は間違いないだろう。


「初めまして、アレンティス=アインベルクです。今回の魔将討伐ではレミアが大変お世話になったと伺いました。よろしければレミア同様にアレンと呼んでいただけると嬉しいですね」


 アレンティス=アインベルクと名乗った少年は、背は180㎝程で黒髪、黒眼をしており、顔立ちも秀麗と呼んで差し支えないような容姿をしていた。穏やかに微笑む姿は自らの実力に裏付けられた余裕のように二人には感じられる。


「こちらこそ、よろしくお願いします。ジェドといいます」

「よろしくお願いします。私はシアと言います」


 ジェドとシアはアレンに挨拶を返す。そしてジェドはそのまま話を続ける。


「それから俺に敬語は必要ありません」

「私もです」


 ジェドとシアの言葉にアレンは微笑むと口を開く。


「そうかい? 見たところそんなに年も変わんないようだし、俺にも敬語は使わなくて良いよ」


 アレンの言葉にジェドもシアもさすがに戸惑う。いくらなんでも貴族にタメ口をきくというのは二人にとってかなりハードルが高かったのだ。


「え?さすがに貴族様相手に…」


 ジェドの戸惑いの声を否定したのはレミアだった。


「良いのよ、二人ともアレンはそんな小さな事は気にしないから」

「ああ、さすがに公式の場では困るけど、こういう私的な場所なら構わないよ」


 アレンの言葉にジェドとシアは戸惑いながらも砕けた口調で話す事にする。


「う、うん、それじゃあ、よろしくなアレン。俺の事もジェドと呼んでくれ」

「よ、よろしくね。アレン、私の事もシアって呼んでね」


 ジェドとシアの言葉にアレンは嬉しそうに頷く。


「それじゃあ、次は私ね」


 アレンの横にいた銀色の髪の少女が言う。


(うわぁ…なんだ、この綺麗な子は)

(ちょっと…何この美人?この世にこんな美人が存在して良いの? 神様って不公平よね)


 ジェドとシアが見惚れたのも無理はない。


 それだけこの少女の美しさは群を抜いていた。長い絹糸のような銀髪には緩くウェーブがかかり、白皙の肌に配置されたルビーのような紅い瞳、すっと通った鼻、柔らかそうな唇と絶妙のバランスで配置されることにより美しさを何倍も増しているようだ。

 しかも、出るところが出て、引っ込むべき所は引っ込むというどれだけ世の女性の嫉妬を買いたいのかという抜群のプロポーションだ。


「私はフィアーネ=エイス=ジャスベイン、見たとおりの吸血鬼ヴァンパイアで、両親もヴァンパイアであるいわゆるトゥルーヴァンパイアってやつよ。私の事もフィアーネって呼んでね♪」


 フィアーネという少女の自己紹介にジェドとシアは驚く。トゥルーヴァンパイアはその絶大な魔力で他の種族と一線を画す戦闘力を有している事は常識だ。同時に人間離れした美貌だったためにシアは安心したくらいだ。


(そ、そうよね、こんな美人が人間なわけないよね)


 シアはうんうんと納得しかけたところにレミアの姿が目に入る。


(ちょっと待って…ということはレミアって人間なのかしら?)


 シアはレミアの美貌を見てレミアが人間かどうか疑いを持ち始めていた。


「こちらこそ、よろしくジェドと呼んでくれ」


 ジェドがフィアーネに挨拶を返すのを見て慌ててシアも挨拶を返す事にする。


「私もシアって呼んでね」


 シアはできるだけ平静さを装っていたが、内心考えていたことをバレるのではないかとひやひやしていた。


「最後は私ですね。私はフィリシア=メルネスです。私の事もフィリシアって呼んでください」


 フィリシアと名乗った少女もこれまたものすごい美少女だった。レミア、フィアーネとは趣が少し異なるが紛れもない美少女だ。


 このフィリシアという美少女から発せられる『清楚』という雰囲気はこの少女の美しさをさらに際立たせる。紅い髪を綺麗にまとめる事で聖女という表現がピッタリだ。白皙の肌に配置されたパーツの絶妙さ、少々垂れた目がこのフィリシアという美少女に愛嬌を与えていた。

 また、スタイルの方もフィアーネ同様、出るとこ出て、引っ込むべき所引っ込むというものであった。


(このフィリシアって子もとんでもない美人じゃないの)


 シアはフィリシアの清楚な雰囲気に口を開けそうになるのをなんとか堪えている。


(この部屋にいる美形率は異常じゃない? 何か私がいなければ美形率は100%なんだろうけど、何か私が美形率を下げているとしか思えないわ…はぁ)


 シアは少ししょげ始めている。


 実際の所、シアはくりっとした目が愛嬌ある可愛らしい少女なのだが、この時、レミア、フィアーネ、フィリシアの美しさに完全に落ち込んでいた。


 ただ、フィアーネ達はフィアーネ達でシアの事を


(カワイイ…この小動物的な可愛さは反則じゃない? ねぇ…ちょっとぐらい抱きついても良いわよね)

(駄目よ、フィアーネ、シアがカワイイのは認めるけどいくらなんでも失礼よ)

(レミア、そうは言ってもシアは可愛いわ。フィアーネの気持ちはわかるでしょう?)

(そうだけど…)


 という風に三人はアイコンタクトを交わしていたのだが当然、シアはその事に気付いていなかった。


「それじゃあ、自己紹介も終わった事だし、二人とも座ってくれ」


 アレンは微笑むと二人に席を勧める。どうやら自己紹介は上手くいったようだった。

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