第36話 アレン③

 ジェドの申出を快く引き受けてくれたアレンはアインベルク邸にあるという修練場へジェドとシアを案内してくれた。


 このアインベルク邸というのは生活の場である屋敷自体はそれほど大きくない。ちょっとした商家とそう変わらない大きさだ。かといって庶民からすれば十分豪邸に分類される。


 だが、敷地全体で見るとアインベルク邸は凄まじく広かった。聞いたところによれば国営墓地の管理者となる際に国から下賜されたとの事だった。


 アレンの案内に従って歩くジェドとシアはアインベルク邸の広大な敷地に目を見張ったものだ。


 修練場は思いの外立派なものだ。


 修練場はぐるりと1メートルほどの高さの壁に囲まれ、地面は舗装されていないが綺麗にならされている。あとでアレンに聞いたところ、国営墓地の地面の様子に似せたものらしい。


 よく見ると、舗装された石畳の場所もあり国営墓地もまた石畳の場所があることが窺える。


 現在、この修練場にいるのはジェド、シア、アレン、フィアーネ、レミア、フィリシアとロムの7人である。

 アインベルク家の家令であるロムはアレンがついてきて欲しいという願いを受けての事である。


「じゃあ、ジェド木剣か真剣かどちらか選んでくれ」


 アレンが修練場でジェドに木剣か真剣か選ぶように言う。


「当然、木剣だ。レミアと同レベルの実力のアレンに真剣なんてもたれたらどうなるかぐらいの想像力はあるよ」


 ジェドの言葉にアレンは嬉しそうに微笑む。フィアーネ、レミア、フィリシア、ロムも頬を緩ませる。決してアレンを侮っているわけではないという事を察した故の笑顔である。


「そうか、わかった。安心したよ。ジェドが俺を舐めている訳じゃないことがわかったからな」

「?」

「つまりな俺の噂を聞いた冒険者は時々、俺に勝負を挑んでくることがあるんだ。そういう奴は俺を舐めて掛かってくるから、俺としてもそんな奴との勝負に何も得るものが無いんだ」

「え?お前を舐めて掛かるような奴がいるのか?」


 アレンの言葉にジェドは驚く。どう見てもアレンの実力が低い訳がない。隙の無い立ち居振る舞い、歩くという行為一つとっても一分の隙もジェドには見つける事はできない。この段階でアレンの実力が自分の遙か彼方にある事はわかっていたのだ。


 アレンに挑んだ冒険者の目ははっきり言って節穴以外の何物でもないだろう。


「それがいるのさ、俺が10代の若造だからかもな」


 ジェドの問いかけにアレンは苦笑して答える。


「そうか…世の中にはアホが結構いるな」


 ジェドの言葉にアレンは苦笑だけで返す。


「さて、それじゃあ。始めようか…」

「ああ」


 アレンが言葉を発するとジェドは木剣を構える。ジェドは目線をまったくアレンから離さない。そしてアレンも木剣を構える。ジェドはそこに一分の隙も見いだすことは出来なかった。


(先手をとるか? …いや、それを逆手にとられてしま…)


 ジェドがどのように動くか思案を巡らしていると気がつくとアレンの木剣がジェドの喉の手前で止まっている。


(な…)


 ジェドとすればアレンから一切目線を外していない。


 にも関わらず、気付いた時にはジェドの喉元寸前にアレンの木剣があったのだ。いや、より正確にはジェドの喉元にアレンの木剣があったのに気付いたという方がより的確かもしれない。


「ま…参った」


 ジェドは潔く負けを認めるとアレンはニコリと笑い剣を引く。


「ジェド、何があったの? さっきのアレンの動きは決して速いものじゃなかったわ」


 シアが不思議そうにジェドに尋ねる。


「え?」


 シアの問いかけにジェドは不思議そうに返す。


(あのアレンの動きをシアは見切った? いや…違う。シアはアレンの動きを『決して速いものじゃなかった』と言った。…とすると)


 ジェドはそこに思い至ったときに戦慄する。アレンの動きは少なくともジェドにはまったく見えない。だが周りで見ていたシアには見えていたのだ。と言うことは単純な力や速力ではないということだ。


 アレンの使っている武術は、俺の…いや、俺達の使っているものとはまったく異質のものという事に思い至ったのだ。


 ジェドはアレンを見るとアレンは感心したようにジェドを見ていた。


「どうやら気付いたようだな」


 アレンの言葉にジェドは頷く。


「ああ、どうやったか…どうすれば良いか…そういう具体的な事は何一つわからない。だがアレンの使っている武術が…俺とは根本的に違うという事だけはわかった」


 ジェドの返答にアレンは満足気に頷きロムを見る。アレンの視線を受けてロムは微笑みながら一礼する。


「ジェド、どうやらお前には素質があるみたいだ」

「俺に?」

「ああ、その証拠にシアの言葉で俺の使っている武術がこの国の剣術、格闘術などとは根本的に異なる事に気付いた。普通はその考えにまで至ることはない」

「…そうなのか?」

「ああ、残念だが。少なくとも9割以上はそうだ。ロム」


 アレンがロムに声をかけるとロムは一礼して一歩前に進み出る。


「ロム…もしジェドが了承したときはジェドを鍛えてくれるか?」


 問われたロムは微笑みながらアレンの質問に答える。


「はい、アレン様のお許しがあれば私としても喜ばしい事でございます」


 ロムはまったく淀みなく答える。


「ジェド、お前さえ良ければロムの指導を受けてみないか?俺の使ってる武術の基礎を仕込んでくれたのはロムだ。指導の腕前は間違いない」


 アレンの言葉はジェドにとって渡りの船だ。断るという選択肢自体が存在しない。


「ぜひ頼む。ロムさん、俺は強くなりたいんです。俺を鍛えてください」


 ジェドはロムに深々と頭を下げて言う。その様子をロムは微笑ましく眺めると返答する。


「こちらこそ、よろしくお願いします。それからアレン様」

「何?」

「シア様はどうやら魔術師のご様子。キャサリンにシア様の指導をさせれば…と」


 ロムの言葉にシアは『え?』という顔をする。


(え?え?キャサリンさんってさっきの上品な侍女の方よね)


「そうだな…シア、よければ君もキャサリンの指導を受けてみないか?」

「いいの?」


 アレンの提案にシアは恐る恐る聞き返した。もしロムの指導でジェドが強くなってしまい自分が置いてけぼりにあってしまうような不安を感じたのだ。ジェドはどんなに強くなっても自分を見捨てるような事はしないことは確信していたが、それでも足手まといになるのはシアはどうしても嫌だったのだ。


「ああ、キャサリンの魔術の腕前はどう軽く見積もっても俺以上だ」

「よろしく頼むわ。私も強くなりたい。ジェドを助けれるようになりたいの!!」


 シアの言葉にジェドは驚く。ジェドが今、生きてこれてるのはシアが助けてくれたからと思っていたからだ。


 シアの言葉を聞き、アレン達はみなニヤニヤと生暖かい視線を2人に送る。その視線を感じたのだろうジェドもシアも慌てふためく。


「と、とにかく」


 ジェドはできるだけ平静を装いながらアレン達に向けて言う。


「ロムさん!!これからよろしくお願いします」


 ロムはジェドの言葉にニッコリと微笑む。


 こうしてジェドとシアはロムとキャサリンの指導を受けることになったのだった。

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