第29話 レミア⑦
退却するゴブリン、オーガを追うレミアをジェドは呆然と眺める。いや、ジェドだけでなく他の冒険者達もだ。
「おい、あの女の子…ゴブリン達を追っていくぞ?」
「正気か?」
「あんなスタンドプレーをしたら死ぬぞ…」
冒険者達がレミアの行動に呆れたかのように言う。中にはレミアにあからさまに蔑みの言葉を向ける者もいた。
「ふん、ちょっと腕がいいからってあんな戦い方をしてればすぐに死ぬさ」
「違いねえ。あ~あ…顔と体は良かったからな。もったいねえな」
「ゴブリン達の苗床に使われる前に俺が具合を確かめても良かったな」
その言葉を聞いた時、ジェドはその冒険者達に向かって歩き出し胸ぐらを掴む。その冒険者達は30代前半と言ったところの年齢だ。自分よりも遥かに年齢が低いレミアに注目が集まることに対して苛ついていたのだろう。
だが、それと自分達のために体を張っているレミアに対してあんまりな言葉だ。胸ぐらを掴んだジェドは暴言を吐いた冒険者達に向かって怒鳴りつけた
「レミアに助けてもらっておいてその言いぐさは何だ!!てめぇらにはそれぐらいの分別もないのか!!」
ジェドの行動に胸ぐらを捕まれた冒険者は呆然としたが相手が少年である事がわかるととたんに強気になりジェドを突き飛ばした。
「うるせえ、クソガキが何のつもりだ!!殺されてぇのか!!!!」
ジェドを突き飛ばした冒険者達は敵意を込めた目でジェドを睨みつける。だが、ジェドは一切恐れを見せずに冒険者達を睨みつける。
一触即発の雰囲気に周囲の冒険者達が間に入る。他の冒険者が間に入ったことで戦闘まで発展はしなかったがその場の雰囲気は最悪レベルまで悪化していた。
「ちょっと、何してるのよジェド」
そこにシアがジェドに声をかける。とりあえず戦闘が収まったという事でジェドを心配して様子を見に来てみれば他の冒険者の胸ぐらを掴んだ所を見て慌てて走ってきたのだ。
「すまない…」
シアの登場にジェドは少し冷静さを取り戻す。
「どうしたの?」
シアがまだいきり立っている冒険者達とジェドを交互に見て尋ねる。
「ああ、あいつらがレミアをバカにしたんで頭にきたんだ」
「え?」
「誤解するなよ。レミアは俺達のために一生懸命戦ってくれたんだ。レミアのおかげで俺達は戦線を維持することが出来たんだ。それなのにあいつらはその恩を…」
「なるほどね」
ジェドの話を聞いて周囲の冒険者達も非難の目をジェドが揉めた冒険者達に向ける。
シアはジロリとその冒険者達を一瞥するとジェドに微笑む。その微笑みを見てジェドはシアが怒っていることを察する。
「ジェド、仕方ないわよ。助けてもらっておきながらそれをかんしゃするどころか悪意を持って返そうなんてクズが存在するのは珍しい事じゃないわ。そんな連中はこの冒険者の世界でもどうせ長く生きれないわ」
シアの言葉は周囲の冒険者達の耳に入る。
「そんな連中はどうせ消えるんだから。ほっときましょう。でもそれよりもジェドは気を付けてね」
「?」
「そんなクズが次にとる方法なんて見え透いてるわ。次の乱戦になったらジェドの後ろから斬りつけるという事をするはずよ」
シアはまったく隠そうとしていない。その意図はここまで大きく告げる事で揉めた冒険者達を牽制するためである。
「十分考えられますよね?」
シアはまったく関係ない冒険者に向けて聞く。言葉をかけられた冒険者は戸惑いながらも頷く。
「まぁこの中にはそんなクズなんて存在しませんよね」
シアの言葉はかなり論理が破綻しているのだが完全に意図してやっている。ここで怒り出すものがいればそいつはクズであり仲間を背後から襲う卑怯者のレッテルを貼られる事になるのだ。
その程度のソロバンをはじけなければさっさと冒険者など辞めるべきだろう。
シアの言葉に場が支配され始めた頃に冒険者の声が響く。
「おい…あれ見ろよ…」
その声を受けて周囲の冒険者達は一斉にレミアが斬り込んだ所に目をやる。
「な…」
「おい…」
「…まじか?」
冒険者達の口から呆然とした響きが漏れる。
ゴブリン、オーガ達の元に斬り込んだレミアが双剣を縦横無尽に振るい、ゴブリン、オーガ達を斬り伏せている姿が見えたのだ。
草を刈るようにという表現そのものにレミアはゴブリン、オーガ達を斬り捨てていく。
やがて一体のゴブリンの首を刎ねその首を剣に刺し掲げていた。しばらく掲げるとレミアは首を放り投げ落ちてくる首を真っ二つに両断した。
するとゴブリン、オーガ達がレミアから逃げ惑い始め烏合の衆と化していた。
どうやらレミアが掲げたゴブリンは魔物達のリーダーだったのだろう。そのリーダーをレミアが討ったことで統制をなくしたのだ。
レミアはその様子を見るとこちら側に悠々を歩いて戻ってくる。
レミアの姿が大きくなるに従い冒険者達の動揺も大きくなる。
レミアはその冒険者達の様子を見ると僅かに微笑むとくるりと踵を返し魔物達を見ていた。レミアがリーダーを討ったことでゴブリン、オーク達の混乱は中々収まっていない。
この段階で周囲の冒険者達がレミアが無謀にも一人で突っ込んだ理由が分かってきた。
レミアは冒険者達を休む時間を稼ぐために突っ込んだ事が分かったのだ。レミアがゴブリンのリーダーを討ったことで魔物達は混乱し、集団として形になるにはかなりの時間が必要である事は明らかである。
もし、レミアがリーダーを討たなければ今頃は再び戦いが行われていたことだろう。レミアのもたらした時間のために治癒を行う時間が確保できたのは間違いなかった。
なんとか治癒を終え、かなりの冒険者が戦列に復帰することが出来た。だがその数はわずか50名弱というかなりの冒険者が命を散らしていた。
魔物達を見るレミアにシアが声をかける。実のところ周囲の冒険者も声をかけたかったのだが先程の出来事もありバツが悪いと声をかけることが出来ない者もいたのだ。
「レミア、あなたってミスリルなの?」
シアの質問にレミアは苦笑して答える。
「いいえ、私はブロンズよ」
レミアの返答にシアだけでなく周囲の冒険者達も目を見開いた。周囲の冒険者達もどうやらレミアの言葉に聞き耳を立てていたようだ。
「信じられない。あんなに強いのに…」
「ウソだろ…俺達と同じブロンズなのか」
ジェドとシアの口から呆然としながら言葉が漏れる。周囲の冒険者達も同じように驚いているようだった。
だが、レミアが次に放った言葉が周囲の冒険者達に与えた衝撃は今までの比ではなかった。
その言葉は…
「私、いつもは国営墓地の見回りをしてるの」
冒険者達の間に衝撃が走った。
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