第28話 レミア⑥

レミアが闇犬やみいぬ、黒狼くろおおかみのリーダーを討ったことにより第一戦は冒険者達の勝利で終わったと見て良いだろう。


 リーダーを失った闇犬やみいぬ、黒狼くろおおかみは冒険者達に打ち負かされその多くが逃亡したのであった。


 だが冒険者達に勝利の余韻に浸る時間は一切無い。なぜならば魔将は次の配下の魔物をけしかけたのだ。今回突入してくる魔物達は、ゴブリン、オーガの亜人種だ。


 オーガはゴブリンよりもはるかに背が高くその肉体も分厚いゴブリンを巨大化させたかのような容貌をしている。


 ゴブリンとオーガは雄叫びを上げて冒険者達に突っ込んでくる。その数は1000程度だ。1000もの魔物達が殺到してくるという状況は冒険者達の肝を冷やすが、誰一人逃げ出そうとするものはいない。


 それは勇気からではなく逃げ出して背中を見せれば間違いなく狩られるだけである事を冒険者達は知っていたのだ。そして逃げ出す暇が与えられなかったという事もその理由の一つである。


 戦って勝つしか自分達が生き残る事は出来ないのだ。


 魔術師やアーチャー達が殺到してくる魔物達に攻撃を仕掛ける。もちろん、この攻撃にはシアも参加した。


 突っ込んでくる魔物達に魔術師達の魔術、アーチャー達の矢が降り注ぐが数が圧倒的に違うために、魔物達の足はほとんど遅れさす事は出来なかった。


 前衛達が後衛の前に並びそれぞれの武器を掲げて魔物達に前進する。


 そして…


 魔物達と冒険者の前衛達が激突した。


 凄まじい怒号と悲鳴、雄叫びが周囲に響き渡る。同時に血の臭いが撒き散らされる。


 腕を切断された冒険者が苦痛のために蹲り、そこにゴブリン達が殺到し様々な武器で冒険者にとどめを差した。


 一方で冒険者達もゴブリン、オーガ達を斬り伏せていく。わずか数分で冒険者と魔物達がぶつかった場所では死が充満する地獄と化している。平常時の精神状態では顔を顰めるような圧縮された死の空間だったが、その中に身を置く冒険者達は生き残るために手当たり次第に目の前の魔物達を殺していく。


 だが数が違うということが冒険者達に大きな損害を与えていく。一体のゴブリンを斃したところにすぐに他のゴブリンが向かってくるために一息つく間がまったくなかった。


 ジェドは剣と盾を構えるとゴブリン、オーガ達を一体ずつ丁寧に斃していく。ジェドの今回の戦法はまず相手に攻撃を繰り出させ、盾で受け隙を作り攻撃するというものだ。


 一体のゴブリンが手斧を振りかぶりジェドを攻撃する。ジェドはそれを左手の盾で受けると同時に右手の剣でゴブリンの喉を切り裂く。非常に単純だがこれがもっとも効率が良かったのだ。


(レミアは無事か?)


 ジェドはレミアの姿を探す。最も先程のレミアの腕前を見た以上、ジェドごときが心配するような相手でないのは十分理解しているのだが、戦場では何があるか分からない以上、気にするのは仕方のない事であった。


(いた…)


 ジェドの目がレミアをとらえる。そして自分の心配がまったく杞憂であった事を即座に理解した。

 レミアは槍を繰り出しゴブリンやオーガ達を一突きで次々と絶命させていたのだ。一体のゴブリンを突き刺した瞬間を狙って他のゴブリンやオーガが突っ込もうとするとその時にはすでにそのゴブリン、オーガの顔面はレミアの槍が突き刺さり、レミアが槍を抜いたときにどうやら魔物達は自分がやられた事に気付いたようで驚いた表情 (あくまでジェドの感想)を浮かべて倒れ込むのだ。


「す、すごい…」


 ジェドの口から素直な感想が漏れる。レミアの技量はもはやジェドの目には芸術としてしか写っていなかった。


 そこに一体のゴブリンがジェドに剣で斬りかかってくる。ジェドはそのゴブリンの剣を先程同様に盾で受けると同時に剣をゴブリンの喉に突き刺した。


 グシュ…リ


 ジェドの剣がゴブリンの喉に突き刺さるとゴブリンはすぐに絶命する。ジェドが剣を抜きゴブリンが地面に倒れ込むのと後衛の魔術師達が放った火球ファイヤーボールが魔物達を吹き飛ばしたのはほぼ同時だった。


 火だるまになったゴブリンやオーガ達が体を焼く火を消そうと転がり回る。すでに動かなくなった魔物達の数は約100程だ。


 ジェドの頬が緩んだ所にジェドは信じられないものを見た。


 それはやはりレミアだった。


 レミアはいつの間にか槍ではなく、腰に差していた双剣を抜き放ちゴブリン、オーガ達を一方的に斬り捨てていた姿であった。


 レミアの槍の腕前は凄まじく芸術品とジェドは思っていたのだが、双剣を振るうレミアは先程の槍よりもはるかに馴染んで見えていた。そしてジェドはこれこそがレミア本来の戦法である事を理解する。


 レミアの振るう双剣はゴブリン、オーガにとって理不尽そのものの存在だった。なぜならばレミアの双剣は剣があろうが、棍棒があろうが、槍があろうがお構いなしにゴブリン、オーガ達を斬り捨てていくのだ。特に盾ごとゴブリンを斬り捨てる姿を見たときにはジェドはゴブリン達への理不尽さに同情したほどだった。


 盾はもちろん身を守るための物である。だがレミアの双剣は盾ごとまとめてゴブリンを真っ二つにするのだから理不尽以外の何ものでもないだろう。


 レミアはまるで舞うように一切の淀みなく動きゴブリン、オーガ達を斬り捨てていく。


 周囲のゴブリン、オーガを斬り伏せるとレミアは移動し冒険者達と死闘を演じるゴブリン、オーガ達を背後から容赦なく斬り裂く。


(援護してくれてるのか…)


 ジェドはレミアの行動を見て即座にそう判断する。そしてその支援こそが冒険者達に力を与えたのだ。自分達を支援してくれる存在がいるという事がこの状況ではなによりも有り難かったのである。このレミアの支援により崩れかけた冒険者達は何とか戦線を維持することに成功したのだ。


 ゴブリン、オーガ達は凄まじい戦闘力を見せつけるレミアを殺すために殺到するがレミアはニヤリと嗤うとゴブリン、オーガ達をまたもや理不尽という言葉を教え込むような戦闘力を発揮する。


 一体のオーガがレミアに棍棒を振り上げる。レミアはオーガの懐に入り込むとオーガの両足を容赦なく切断する。


『ギェェェェェッェェェェッェェェェェッェェェェェェェエェッェェ!!』


 音程の外れたオーガの叫び声が響き渡る。倒れ込むオーガの頭をレミアは踏みつけると剣をオーガの背中に突き刺した。わざと急所を外したのだろうオーガはまたしても叫び声を上げる。


『グィィィィィゲェェェェァ』


 耳を防ぎたくなるような叫び声だったがレミアは残虐に嗤う。その姿に冒険者の中からもレミアに対する視線の中に恐怖が含まれる。


 だがジェドは違和感を感じていた。確かにレミアとは知り合って日が浅いどころかまだ一日も経っていない。だが、オーガを残酷に殺したレミアの嗜虐的な笑顔はどことなく作り物めいたものを感じていたのだ。


(あの笑顔は何というか嘘くさい…)


 ジェドはレミアの笑顔をそう断じた。正確に言えばシアのレミアに対する態度を信頼したのだ。シアはレミアに悪い感情を持っていないのは明らかだ。シアは決して表面上の事に惑わされるような事はしない。レミアは確かに美人であるがその見かけに欺されシアが評価を誤ることはないとジェドは信じていた。


 となると、先程のレミアの笑顔は演技という事になる。


(一体何の目的で…)


 ジェドの疑問はすぐにとける。周囲のゴブリン、オーガがレミアを殺すために攻撃を集中させたのだ。


 その様子を見てジェドは悟った。レミアはゴブリン、オーガ達の怒りを自分に集中させるためにオーガを残虐に殺したのだ。自分に攻撃が集中すればその分、他の冒険者達への攻撃が緩むという事になるのだ。


 ジェドはその事に気付いて戦慄する。理由はレミアがこの場にいる魔物達のすべてから狙われても構わないという意識を持っていることだ。そしてその意識はその高い実力にあるのだ。

 逆に言えば3000もの魔物はレミアにとって何の脅威にもなっていない事の現れである。


(3000もの魔物を皆殺しにする自信をレミアは持っているという訳か…一体何者なんだ?)


 レミアに殺到する魔物達であったがレミアはまったく苦にすることなくゴブリン、オーガ達を死者の列に加えていく。


 別の場所では『オリハルコン』のシグリアが大剣を振り回しゴブリン、オーガ達を容赦なく斬り捨てている。


 冒険者側は1000もの魔物にやられることなく戦線を維持し続ける。それは逆に言えは魔物達の損害が増えるという意味でもある。


 その時…


 ドォォォォン!!ドォォォン!!


 魔将達の方向から太鼓の音が鳴り響いた。その太鼓の音が響くとゴブリン、オーガ達は退却を始める。


(凌ぎきった…か?)


 ジェドは魔物達が下がり始めたのを見て安堵の息を漏らす。周囲の冒険者達も同様だった。


 ジェドはレミアに声をかけようとレミアを探す。


(え?)


 ジェドの目には退却をする魔物達を追うレミアの姿が目にうつった。

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