第6話 再戦②

 ジェドとシアはゴブリン達の討伐の証をして左耳を切り取る。残酷な行為であるがこれをしないと報酬をもらうことが出来ないので仕方の無いことだった。


 ジェドもシアもその辺の事は十二分に理解しているため、今更この行為に嫌悪感を持つ事はない。確かに最初の頃は死体から耳を刈り取るという行為に嫌悪感を持っていたのだがなれとは恐ろしいもので今では躊躇無く出来るようになっていた。


 すべてのゴブリンの死体から左耳を切り取り袋の中に入れ、矢を回収しているとシアがジェドに緊張をはらんだ声をかける。


「ジェド、新手よ」


 シアの言葉にジェドは頷く。もともと前回と同じくこの少数のグループは斥候、別働隊の可能性があった。にも関わらず本隊を斃す前に左耳を回収した理由は。ゴブリン達に冷静さを失わせるのが一つの目的だったのだ。


 左耳を切り取るのは冒険者が討伐の証拠とするためのものであることはゴブリン達も理解していた。

 ゴブリン達から見れば冒険者達こそ排除すべき敵である事は間違いない。その憎い冒険者達に仲間をむざむざと殺され冷静さを保つ事の出来るゴブリンは数少ない。

 もしリーダーが自制できるタイプの性格であっても周囲のゴブリン達はそうではないのだ。ゴブリン達のグループといってもリーダーが完全に統制をとっているグループは実はまれなのだ。


 もう一つはもし本隊の討伐を出来ない場合には退却することになるのだが、その際に今回も討伐が一切認められないと言う状況は避けたかったのだ。


「シア、隠れるぞ」

「うん」


 ジェドの言葉にシアも頷く。先程同様、本隊の不意をつく作戦で行くつもりだったのだ。実戦において不意をつくという方法は非常に有効なのは言うまでも無いだろう。その有効な作戦を使わないという選択は二人にはない。


 ジェドとシアは茂みの中に身を伏せる。先程同様、ボウガンの矢を装填しゴブリン達が現れるのを待った。


「シア…数はどれぐらいだ?」

「結構な数よ、15体ぐらいかしら…」

「15…」


 シアの返答にジェドの声に緊張の度合いが高まる。上位のランクの冒険者達ならゴブリン15体ぐらいなら余裕で屠ることが出来るだろうが、ジェドとシアはその域には当然ながら達していない。ならば二人がその数のゴブリンを討伐するには不意を衝くしかないのだ。 


 先程と同じようにしばらくするとジェドの耳にもゴブリン達の騒ぎ声が聞こえてくる。


 どうやらこちらには気付いていないようだ。


 先程もそうだが不意をつくまでの時間は非常に長く感じた。ジェドもシアも少しずつ呼吸が浅くなっている。何しろ不意をつくことが出来なければ勝率は一気に下がるのだ。この不意をつくというのがある意味、二人の生命線なのだ。


 一体のゴブリンが現れ、仲間達の死体を発見する。


『フネミ シヲ ズズ!!』


 死体を発見したゴブリンが大声で自分が来た方向に向かってなにやら話す。


『ゴスル シヲ』

『レスマシ!!』


 茂みの向こうからゴブリン達が次々と現れる。その中に他のゴブリンよりも一回り体格の大きいゴブリンがいる。


「ホブゴブリン…」


 シアの口から緊張以上の警戒を含んだ言葉が発せられる。


 ホブゴブリンは、ゴブリンの上位種であり普通のゴブリンよりもはるかに高い戦闘力を持っている。体格の大きさだけでないゴブリンとの違いは額に4~5㎝程の角が生えている点だ。


 現れた一回り体格の大きいゴブリンの額に角があったためにシアとジェドはホブゴブリンであると断定したのだ。


「シア…やるぞ」

「うん」


 ジェドの言葉にシアは【火球ファイヤーボール】を放つ。シアはゴブリンを察知してから茂みに隠れている間に詠唱を終えていたのだ。


 突如放たれた【火球ファイヤーボール】であったが、ゴブリン達に着弾する前に防御陣が形成されシアの【火球ファイヤーボール】は防御陣にあたり爆発する。


(魔術師がいる!!)


 シアとジェドに動揺が走る。不意をつく事が戦闘の基本であったのにそれが失敗に終わった以上、勝利の確立が一気に下がったことを二人は悟る。だが、ここで逃亡したとしても魔術師がいる以上、背を向けるのは自殺行為以外の何ものでもなかった。


 少なくとも逃亡するには魔術師を斃してからでないと逃亡も出来ないのだ。


 ジェドはその事を察するとボウガンを射つ。


 バシュン!!


 ボウガンから放たれた矢は手前にいたゴブリンの喉を射貫く。射貫かれたゴブリンは糸の切れた人形のように倒れ込む。


「シア!!この状況で逃げきるのは不可能だ。殺るしかない!!」

「うん!!」


 ジェドの言葉にシアは頷くと立ち上がる。


 ゴブリン達は二人を睨みつけるが、何体かのゴブリンは周囲を見渡している。どうやら二人だけではなく他にも敵がいると考えたらしい。となればこれを利用しない手はない。


 ジェドはゴブリン達の背後に視線をずらすと大声で叫ぶ。


「今だ!!放て!!」


 ジェドの言葉にゴブリン達はジェドの視線の先に視線をやる。そこに剣を抜いたジェドがゴブリン達に斬りかかった。その時にわざわざ雄叫びを上げるような真似はしない。あくまで不意を衝くことで戦いの流れを掴むのが目的なのだ。そこにわざわざ雄叫びを上げて突っ込むなど悪手中の悪手である事は間違いない。


 振り向いたゴブリンのが驚愕の表情を浮かべる僅かの時間にジェドの剣はゴブリンの喉を斬り裂く。鮮血が舞い喉を斬り裂かれたゴブリンはヒューヒューと空気が漏れる音を発しながら地面に倒れ込む。


 ジェドは次のゴブリンを狙う。


『ギィヤァァッァァァァッァ!!』


 音程の外れた叫び声を上げながらゴブリンは地面を転がる。次のゴブリンはジェドに右足を斬り裂かれたのだ。


 ジェドが狙うのは足、手首だ。乱戦において重要なのは敵の武器を奪うことだ。首、顔面は命に関わる場所なので本能的に躱す事が可能であると考え、まず手足を奪う事により戦闘力を削ることに集中するのだ。


 もちろん、致命傷を与える事が出来ればそれに超したことはないのだが、ジェドの実力ではそれは難しかったのだ。


 ジェドは魔力によって運動能力を強化することで3ヶ月前よりも遥かに戦闘力を上げている。だが、それは数によってあっさりと覆される事を誰よりもジェドは知っていたのだ。そのため、傲りとは無縁であった。


 ジェドが乱戦に持ち込んだことで、弓を持っているゴブリンや魔術師もジェドに対して同士討ちの危険性が高い以上攻撃は出来ない。


 一体のゴブリンがジェドに斬りかかるのをジェドはヒラリとジェドは躱す。躱した先には仲間のゴブリンがおり、そのゴブリンの肩に剣が食い込んだ。このような乱戦になった場合、意外と数が多いことは同士討ちの危険性があるため絶対的な優位を意味するものでは無い。


 実際にゴブリンはこの同士討ちにより僅かながらジェドへの攻撃を躊躇するようになっている。ゴブリンの何体かは距離をとることを選択したのだが、そこにシアが【魔矢マジックアロー】を放つ。


 シアの魔矢マジックアローの直撃を受けたゴブリンの頭部は無残に打ち砕かれ、フラフラと立ちすくんだ後、自らの死を受け入れたかのように倒れ込んだ。


 この段階でジェドとシアが葬った、もしくは戦闘力を奪ったゴブリンは7体を超えている。ゴブリン達の総数が16体である事を考えるとジェドとシアの戦闘はここまで十分善戦していると言って良かった。


「ジェド!!」


 シアが叫ぶ。その声にジェドは考える前に現在いる位置から右に飛ぶ。右には一体のゴブリンが盾を構えて待ち構えているがジェドは構わず剣を振るう。ジェドの剣はゴブリンを盾ごと両断する。盾ごと両断したジェドの剣はゴブリンの右肩から入り、そのまま左脇腹まで抜けていく。


 ジェドの剣は盾ごとゴブリンの体を両断できたのは、ジェドが魔力を剣に流し込んでいたからだ。魔力によって強化された剣の切れ味はナマクラであっても名剣まで引き上げる。


 欠点は魔力の消費量が大きいため今のジェドの魔力量ではそう何度も振るうことが出来ないことだ。


 ジェドはゴブリンを斬り捨てたあと、先程までいた場所に目をやるとその場所にシア・・の【火球ファイヤーボール】が着弾し、ゴブリンが火に包まれているのが見える。


『ギャアアアアアアアアア!!!!』

『ギュゥゥゥゥャイァァァァ!!!!』


 2体のゴブリンが転げ回り地獄の苦しみから逃れようと必死になっている。そこに魔術師が【水衝アクアインパクト】を仲間のゴブリンに放つ。


 魔術師の咄嗟の判断により炎に灼かれていたゴブリン2体の日が消え、2体のゴブリンは瀕死の状態であったが命を取り留めることに成功した。


「はぁはぁはぁ」

「はぁ…はぁ…」


 動き続けたジェドと魔術を四発放ったシアは息が上がり始めている。まだ戦えるが余力は少なくなり始めたのを二人は感じ始めている。


 残りはリーダーのホブゴブリン、魔術師、剣を持ったゴブリンが2体、弓を持ったゴブリンが2体…。


 厳しい状況が続いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る