第4話 反省会

 ジルベ村にある酒場の席にジェドとシアが腰掛けている。2人の放つ雰囲気は『どんより』としか表現できないほど暗い。ゴブリン如き余裕で斃せると思っていた2人は見事に鼻っ柱を折られ命からがら逃げ出したのだ。


「俺達は…弱い」


 ジェドが小さく呟く。その声には悔しさだけでなく自惚れていた自分に対する怒り、そして恥じ入っている感情が込められている。その声を聞いてシアも頷く。


 今まで4年間、ウォルモンド達と何体もゴブリンを斃してきた。ジェドもシアも実際に一対一でゴブリンを斃したことは幾度もある。


 だが、それはウォルモンド、ラウド、アンナがジェドとシアをフォローしてくれていたからこそだったのだ。ウォルモンドが前衛として敵を食い止め、ラウドが遊撃し、傷を負えばアンナが治癒してくれたからこそジェドは一対一でゴブリンと戦えたのだし、シアも落ち着いて魔術を詠唱する時間が与えられたのだ。


「そうね…」


 シアの声も沈んでいる。ゴブリン相手に逃げ出さざるを得なかった現実に木を落としても不思議ではなかった。


「よし、シアそれじゃあ。この失敗を次に活かすために『反省会』を行おう!!」


 ジェドの言葉にシアは『え?』という顔をしていたが、ジェドの言葉の意味を理解が浮かんだのだろう目に力が宿る。


「そうね、落ち込んでいたって仕方ないわ。この仕事で生きていくって決めたんだから泣き言を言っている暇なんか無いわ」

「ああ、俺達が弱いと言う事を確認出来ただけで意味が無かったわけじゃない!!」

「そうよ!!」


 ジェドとシアは頷き合う。自分達が一人前と勘違いして強い魔物に挑み、命を失っていたら目も当てられない。むしろ今回の任務失敗は戒めとして心に刻んでおくべき事であった。


「では、まずは失敗の分析に入ろう」

「うん」

「まずは、俺が一度に多くの敵を相手に出来ないのがあげられるな」

「私も魔術の詠唱に時間がかかりすぎてるのがあげれるわ」

「となると…」

「ジェドは多数を想定した戦法を身につける必要があるわね」

「ああ、そしてシアは詠唱の時間を短縮する必要がある」

「そうね」

「それじゃあ、さっそくその訓練をする必要があるな」

「あと、私は近接戦闘が出来ないのが致命的ね」

「魔力をつかって肉体を強化する術があるだろ。あれを身につけたらどうだ?」

「そうね…今まではウォルモンドさん達がいたから後回しにしてきたけど、これからはそんなことは言ってられないわね」

「ああ、俺も魔力操作できた方が確実に強くなれるから、シア俺に魔力操作を教えてくれないか」

「もちろんよ」


 ジェドの申し出にシアは快諾する。ジェドが強くなることに対してシアが



 魔術は魔力と呼ばれる燃料を使う。魔力というのはローエンシア王国が使っている言葉であり、『チャクラ』『気』『霊力』などと称する地域もある。


 魔力の量は個人差があるが鍛錬によって増やす事も可能であり、一流の冒険者の有する魔力量は剣士、戦士などの魔術を使用する機会が少ない者でも現在のシアよりもはるかに多いのだ。


 魔術師はそのような魔力を詠唱によって様々な形に変えることで魔術を使うのだ。ただし詠唱は必ずしも必要なものでは無くイメージを作るためのものである。そのため詠唱自体がデタラメであっても魔力操作とイメージが的確であれば問題なく術は発動する。逆に言えば魔力操作とイメージが的確でさえあれば詠唱は必要ではないのだ。


 だが、詠唱無しで魔術を発動できる魔術師などほとんど存在しない。詠唱無しで魔術を発動することはそれほど高度な技術なのだ。


 ただし、魔力操作によって肉体を強化する、身体能力を上げる事自体は詠唱無しで魔術を発動するよりかは難易度が低かった。それでも相当な修練を要するのだ。


「よし、次は探知だな」

「探知?」

「ああ、さっきのゴブリン達に俺達は先手を打たれたろ」

「うん」

「もし、あの時ゴブリンが矢を外さなかったら俺は死んでいた」

「…そうね」

「そうならないためにも俺達に必要なのは探知能力だ」

「確かに」

「俺達が生き残るには探知能力を上げることが必須だ」

「うん」

「それに先にこちらが敵を見つける事が出来るようになれば先手を取ることが出来るようになるはずだ」

「うん」


 具体的にどのように探知能力を上げれば良いのか2人にはその道がまったく見えていないが、方向性が見えてきただけで2人の心に光明が差してくる。人間落ち込んだときにはまず動くという選択が良い結果をもたらす事があるのは事実であった。


「よし…あとは…」

「退却についてね…」

「?」

「今回、逃げ切れたのは単純にゴブリン達の足が遅かったからよ。形成が不利と判断したらすぐにでも逃げると言う選択を常に持っていた方がいいわ。その時に声をかければ相手もそのつもりで行動するじゃない。そこで撤退のサインやを決めておいた方が良いんじゃない?」

「確かにそうだな…」


 シアの言葉にジェドは頷く。どのような状況でも生き残るためには必要な事だとジェドは思ったのだ。


「最後は…罠ね」

「罠?」

「ええ、毎回出来るとは限らないけど今回のような場合には退却する時のために罠をしかけるように心がけましょう」

「そうだな」

「幸い、ジェドは手先が器用だから罠を自作してくれればお金をそんなに使わなくてもいいわ」


 シアの提案にジェドは考え込む。シアの提案に不満があるわけではない。このジルベ村は小さな村であり手に入る道具は限られているのだ。手持ちの道具だけでどれだけの罠が作れるかわからない。


「…不満?」


 シアの声がジェドのプライドを傷つけたのかと不安になったのだ。シアの声に申し訳なさそうな響きが含まれる。その声を聞き、ジェドは慌てて否定する。


「違うよ。ただ手持ちの道具でどんな罠が作れるか考えていたんだ」

「良かった。私、ジェドを傷つけちゃったのかと心配になったのよ」

「シア、俺達は弱いんだ。弱いんだから罠を張るのは当然だ」


 ジェドの言葉にシアは笑ってしまう。生き残るためにすべき事をプライドが邪魔して出来ないというのは本末転倒だった。もちろん、高潔に生きたいと思う気持ちはジェドにもシアにもある。だがそれは強者にだけ許された特権である事を前回の敗北で2人は学んでいたのだ。


 少なくとも現在の2人には『常に正々堂々と戦う』などという生き方をする資格はないのだ。そのような生き方をしたいというのなら力をつけるしかないのだ。


「そうね…それじゃあ、しばらくは仕事は休んで訓練と罠の製作をしましょう。幸い白金貨が一枚ずつあるからそれだけで3ヶ月は宿屋に泊まれるわ」

「ああ、逆に言えば3ヶ月で強くなってゴブリン達の群れを斃せるようにならないといけないわけだ」

「うん、がんばろう」




 シアとジェドは3ヶ月間、一から訓練をしなおした。シアもジェドも虎の子の白金貨を使ってしまった以上、もはや後戻りは出来ない。そのため訓練に一切妥協はしなかった。



 そして、3ヶ月後…


 再びゴブリン討伐に挑むことになったのである。

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