第3話 敗北

 ジェドとシアは手早く準備を済ませるとゴブリン達が出没するというジルベ村とエズノ村の間に広がる森林地帯に向かって歩き出す。


 準備といっても日帰りするつもりだったので、ジェドは革鎧を身につけ、剣とナイフ、自作の盾を持ったぐらいである。


 この自作の盾は、木の板を貼り合わせ、余ったなめし革の切れ端をもらいそれらをつなぎ合わせた粗末な物であったが、意外と防御力は高くジェドは重宝していた。


 ジェドは手先が器用であり細々とした物を作る事は可能だった。


 シアは革鎧を身につけその上に黒いローブ、一般的な魔術師の使う杖を持ち、ジェドが作ってくれた盾という装備だった。


「シア、何体ぐらい斃せるかな?」

「う~ん、がんばって20体は斃さないと持っているお金が減っちゃうわよ」

「よしとりあえず、20体のゴブリンを狩ることを目標にしよう」

「うん、がんばろう」


 ジェドとシアは森の入り口までそのような話をしながら歩いて行く。森の中の道はジルベ村とエズノ村が共同で整備をしておりそれなりに立派なものだ。だが、道が整備され流通が活発化するようになると道を通る人や物を襲う物が出てくる。


 それはゴブリンやオークを代表とする魔物であったり、人間の盗賊であったりする。そのため定期的に騎士団がそれらを討伐して治安を保つのであるが、騎士団だけで広いローエンシアをすべて同時に見る事は当然不可能であるため、微妙なタイムラグが生じるのだ。そのため冒険者ギルドには魔物の討伐の依頼が舞い込むのだ。


 ジェドとシアの受けた依頼もそんな背景を持った依頼の一つである。ゴブリンは繁殖力が強くあっという間に巨大な群れとなって村々を襲うようになっていくのだ。


 ちなみに魔物を1000以上率いる群れが出来た場合、その群れのリーダーは『魔将』と呼ばれるようになる。


 2人は森の中の道を少し歩くと道をそれて森の中に入っていく。


 ジェドとシアは周囲を警戒しながら森の中に足を踏み入れている。この森は何度も足を運んでいるので道に迷う可能性は低いのだが、それでもいつ魔物や盗賊と出くわすかと思うと足の進みが遅くなるのも当然であった。


(今まではラウドがいてくれたから安心して進めていたんだな…)


 ジェドは今更ながらラウドがいかに心強い存在であったかを再確認する。ラウドがレンジャーとして斥候を行い、周囲を警戒してくれてたからこそ安心してジェド達は安心して歩を進める事が出来ていたのだ。


(いかんいかん、ラウドは…いや、みんなにはもう頼れないんだ)


 ジェドがそんな事を思いながら進んでいたときに目の前をヒュッと何かが通り過ぎていく。


 通り過ぎた先を見ると木に矢が突き刺さっている。敵に先制を許してしまった事を理解すると、ジェドとシアは大いに狼狽えた。ジェドとシアのの心にあったのは恐怖だった。


 今まではパーティーのみんながいた。しかもジェドとシアはパーティーの中では頼られる立場ではなく頼る立場だったのだ。


 だが、今はその頼るべき存在はいない。自分達だけでこの危機を脱しなければならない。


 見るとゴブリンが5体現れる。手にはそれぞれ弓矢、剣、槍、斧などを持っている。一般的なゴブリンの体格をしているため強者はいないようだ。


 ゴブリン達はみな一様に嗤っている。どうやらジェドとシアを格下と見ているらしい。


(ゴブリンなんかに舐められてたまるか!!)


 ジェドの心の中に惨めさと同時に怒りが湧き起こる。


「シア!!やるぞ!!」

「うん」


 シアが魔術の詠唱を始めるとジェドはシアを庇うように前に立つ。剣を抜き、盾を構えゴブリン達と相対する。


 ゴブリン達はシアが詠唱を始めたのを見ると警戒をしたようだ。それぞれ武器を構え、2人に突進していく。


 ジェドはゴブリンの突き出す槍を躱し間合いに踏み込むとゴブリンの首に斬撃を放つ。だが、そのゴブリンは槍を突き上げジェドの腕を押し上げ剣の軌道を変える。軌道を逸らされたジェドの剣は身長の低いゴブリンの頭の上の空気をむなしく斬り裂いただけだった。


「くっ」


 完璧なタイミングで放った斬撃であったが、躱された事にジェドは動揺する。そこにもう一体のゴブリンがジェドに斬りかかる。ジェドはその斬撃を盾で受けると今度はそのゴブリンに剣を突き出す。ジェドの突きは確かな一撃であったがゴブリンの革鎧を突き抜ける事は出来ない。


 だが、かろうして鋒が2㎝ほどゴブリンの体に刺さったため、ゴブリンは痛みのために動きが止まったのは幸いだった。


 とどめを差そうとしたのだが、今度は弓を構えたゴブリンがジェドに矢を射かける。運良く鎧に突き刺さったが威力がそれほどでも無かったので鎧を突き抜けなかったのは幸いだった。


(あっぶねぇ~鎧を着てなかったら致命傷だったか…)


 ジェドは心の中でほっと胸をなで下ろしていた。そこにシアが詠唱を終えると術を発動させる。


 発動させた術は【火球ファイヤーボール】という魔術だ。文字通り火球を飛ばす魔術で着弾した箇所で小規模な爆発を起こすのだ。


 シアの放った【火球ファイヤーボール】は槍を持ったゴブリンと弓を持ったゴブリンに命中する。


 ボン!!


 ゴブリンに着弾した【火球ファイヤーボール】は燃え広がりゴブリン達を灼く。耳を覆いたくなるような絶叫と肉の焼ける臭いが周囲に撒き散らされる。


『ギェェェェェェェ!!!』

『ギャアアアアアアアア!!』


 周囲のゴブリン達が転げ回るゴブリン達の体を叩き火を消そうとする。だが、中々うまくはいかないようだ。やがて【火球ファイヤーボール】が直撃したゴブリンが動かなくなるとシアを睨みつけそれぞれ武器を構えシアに斬りかかる。


 そこをジェドが横から入り、剣を一体のゴブリンの足に突き刺した。


『ギャアアアアア!!』


 またも響くゴブリンの絶叫、ジェドは剣を引き抜くと今度は首筋に剣を突き刺す。



 首を刺し貫かれたゴブリンが絶命するとジェドはもう一体のゴブリンに斬りかかる。ゴブリンは剣を構え仲間の命を奪ったジェドに敵愾心を燃やしているようだ。先程までの見下した嗤いは浮かべていない。


 ジェドは剣を振るいゴブリンを斬り伏せようとする。


 キィン!!キンキン!!


 何度かの金属を打ち付ける音が響く中で、徐々にジェドがゴブリンを押し始める。


「きゃあ」


 そこにシアの叫び声が発せられた。残り一体のゴブリンがシアに斬りかかっていたのだ。シアはかろうじて持っている杖で受け止めたが、ゴブリンの膂力に押され地面に転がされたのだ。


 ゴブリンの膂力はそれほど強いものでは無い。むしろ魔物のなかでは大した事のない部類と言えるだろう。それでも成人男性と同程度の膂力はあるのだ。シアは冒険者とはいえ魔術師である。

 もちろん魔術師の中には魔力を肉体強化に使用することで身体能力を上げる者もいるが、シアはまだその術を習得していない。そのためシアの肉体的な力は同年代の少女のものと大差ないのだ。


「シア!!」


 ジェドはゴブリンの腹を蹴りつけ吹っ飛ばすと、シアを転がしたゴブリンに斬りかかった。


 キィィィィィン!!


 ジェドの斬撃をゴブリンは受け止める。


「く…」


 ジェドが声を出したのは先程、蹴り飛ばしたゴブリンが立ち上がるのを見たからである。


 怒りに満ちた目でジェドを睨むとまたも斬りかかってきた。


「でぇぇい!!」


 そこにシアがジェドの剣を受け止めているゴブリンの腹を杖で思い切り殴りつけた。


 ボゴォ!!


 そのゴブリンは不幸にも革鎧を身につけていなかったためにシアの杖での打撃をまともに受けることになった。


 ゴブリンは倒れ込み。そこにジェドがとどめを刺した。


 ドシュ…


 喉を貫かれたゴブリンの目から光が消える。


「はぁはぁ…」


 ようやく最後のゴブリンだと目を向けたときに、ジェドとシアの顔が凍る。


「な…」

「そんな…」


 ジェドとシアの視線の先には新手のゴブリンがいた。


 数は20体程…。


 5体のゴブリンにここまで苦戦したのだ。とてもこの数のゴブリンを相手することは出来ない。


 生き残ったゴブリンが現れた仲間達に何か大声でしゃべっている。驚いていたゴブリン達は徐々に怒りを露わにしていく。


「シア…逃げるぞ」

「うん」


 ジェドがシアにそういうとシアは迷う事無く頷く。


 そして、踵を返すとジェドはシアの手を引き駆け出す。


 その行動にゴブリン達は最初呆気にとられていたが、怒りの声を上げながらジェドとシアを追い始めた。


「振り返るな!!」


 ジェドは振り返ることなくシアの手を引きながら一目散に逃げ出した。


 ゴブリン達を振り切るため、ただひたすら走り続ける。


 やがて2人を追う声が遠ざかり、ジェドとシアは森に等された道に出る。声が遠ざかったといえども安心は出来ない。2人はジルベ村になんとかたどり着いた。


 なんとか息を整え背後を何度も振り返るがゴブリン達が追ってくる気配はない。安全を確認した2人は安堵したのだろう。ジェドとシアはその場にヘナヘナと座り込んだ。


「はぁはぁ…助かった…」

「うん…」

「無駄になっちゃったな…」

「うん」


 ジェドとシアの口から自嘲気味な言葉が漏れる。討伐任務の場合、討伐した魔物の体の一部分を持って帰ることになっているのだ。ゴブリンは左耳と冒険者ギルドでは定めている。水増しを防ぐための措置であるが、場合によってはゴブリンの左耳が欠損している事もある。その場合は首を持ってくると言うのが取り決めだったが、さすがにそこまでする冒険者は少なかった。

 左耳を回収していない以上、討伐したと認められない。ジェドとシアの今日の戦いはまったく報酬に関与するものではなかった事になったのだ。


「「はぁ…」」


 ジェドとシアは同時にため息をつく。


 2人にとって最初のデビュー戦は苦い経験となったのだ。だが、この敗北が後の2人に大きな影響を及ぼすのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!