7日目 春の嵐

【登場人物】カイ、ゲルダ(カオス含む)、その他



 暦の上ではもう春だと言うのに、目の前でビュオオオオオと吹雪が吹き荒れている。

 ここが雪の降る北の地域ならまだしも、そうではないこと、むしろ、季節など皆無な“空白の空間導きの栞の中”であることは、つまり、この吹雪はを意味する。


「さ、寒いよパト◯ッシュ……」

「……君のハナシはそれじゃないでしょ」


 吹雪に身を屈め今にも寝そうなマッチ売りの少女に目の覚める一発を背中に打ち込みながら寒さ耐性のあるミールがツッコむ。この空間においてまともに立っていられるのは自分くらいか。このマッチ売りの少女のように、物語の英雄ヒーロー達が死屍累々とばかりに雪に埋もれている。死んではないし、死ぬこともないがなかなかに悲惨な状況である。


 この吹雪の元凶。吹雪の中心にそれはいた。


「カイのバカぁぁぁ!」


「っゲルダのわからずやーー!」


 これはなんと珍しいことか。『雪の女王』出身の相思相愛カップル、カイとゲルダである。そんな二人が互いに必殺技を繰り広げている。しかも、初期ではなく、パワーアップバージョン(天空&カオス)でお送りしているものだから周りは雪の嵐が吹き荒れている。普段なら赤いバラの花弁も舞っているのだが怒りなのか花弁は氷に包まれ雪よりも厄介なつぶてとして吹雪いている。

 一体二人に何が?マッチ売りの少女特製、黄リン100%特大マッチを最後の灯火とばかりに雪から這い出た数名の英雄が二人の戦いを見つめた。


「なんでなんでなんで!カイは何でもできちゃうのよ!なんでそんなにパーフェクトなのよー!」


 やば。吹雪の追加ですね。

 ゲルダの叫びと共に極寒の一陣が吹き上がる。やっとのことで起き上がったアラジンが、凍った。そんな半裸同然の格好でこんな吹雪、ご愁傷さまです。ミールが一同はそれぞれの宗教の葬送の祈りを捧げた。


「ゲルダのだって素晴らしいって言ってるじゃないか!」

って何よ!やっぱりカイは分かってないのよ!うぇーん!」


 これはなんだ。あれか。豆の木からのカオスゲルダ編のデジャブ?パーフェクト彼氏に色々な不安と不満を抱く乙女の憂鬱の再来か。


「おーい!みんな生きてるか?」


 空間が絶対零度化した頃、吹雪の中からもこもこに毛皮を着こんだタチアナが出てきた。


「タチアナ!あれらは何故いがみ合っているのか分かるか?」


 タチアナはマッチの火にかけ寄ってきて凍り付いた手袋を温めながら疲れた笑顔で応えた。


「ほら、もうすぐバレンタインデーなんだろ?ゲルダがカイにお菓子を作ってたんだ」


 ほうほう。と一同は聞き入る。


「あたいからみたらそりゃ美味しそうで、もちろん美味しいチョコレートのお菓子だったさ」


 まさか。と一同は2パターンの答えを導きだした。

 一つはカイの口に合わなかった。けど無理して食べたが、ゲルダがそれに気づいた。「不味いなら不味いってちゃんと言って!」パターン。

 二つ目はカイの方が上手に作ってしまった。「なんで私より上手いのよー」パターン。


「もちろん。後のだよ。でももう少し事情はあって……」


「僕は…ゲルダのことを思って…なのに」


 ゲルダの吹雪を打ち消すようにカイからももう一陣吹き荒れる。とりあえず原因は今回もカイのパーフェクトヒューマンにあるようだ。でも何故カイも攻撃態勢なのだろう?


「ホント寒いなぁ!まったく男なら吹雪かれてればいいのにホント。あ、そうそう。カイはカイでゲルダにお菓子のプレゼントを作っていたんだよ。それもゲルダよりも…すごいヤツ」


 それは多分、本来のバレンタインと現在流行のバレンタインを合わせた形。男性からチョコレートを贈ることをカイも考えていたようだ。ただし、女の子よりも素晴らしい出来のものを。これでは確かに女子の威厳ズタボロである。


「で、でもさ、いつもならカイがごめんっつって何だかんだ治まるじゃない?」

「今回はカイも引かなかったってことだ…」


 じゃあこのケンカは誰がどういう風に止めるんだ。

 吹き止まぬ雪嵐によって更に雪深くなる。


「妾は関わらんぞ」


 いつの間にか背後にいた雪の女王に皆がビビる。雪の女王はこの二人のケンカによって、あわよくばカイが自分のものになるのではと密かな想いを抱き、来たのだと分かった。


「しょうがない…ちょっと


 ミールは溜め息を吐き、マッチの火から離れ吹雪の中へ歩みだした。



**********


「カイなんて…カイなんてだいっキライよ!」


「酷い。僕はゲルダのことを愛しているのに。なんで分かってくれないんだよ」


 どっちでもいい。どっちが悪くてもいい。吹雪だけはやめてほしい。そんな細やかな願いさえも消え入りそうな雪の猛襲は誰の声も吸収していく。


「すまん遅くなった。じゃあエルノア頼む」


 凍てつく瞼を何とかこじ開けると、ミールが帰ってきており、更に寒さなど感じぬふわりとした目映い女性が困り眉を更に垂れさせながら弓を構えていた。

 そして、


「…撃ち抜きます!」


 ギリリと引かれた弦が弾けると、光の豪速球と化した矢がゲルダとカイの間を射抜く。

 雪原が真っ二つに分かれるほどの風圧と摩擦熱。キラキラと舞う氷の欠片、そして溶けた蒸気。


「…これ、マズイ…」

「伏せろ!」


 ミールが叫んだと同時。

 エルノアが放った矢の軌道を中心に爆発が起こった。水蒸気爆発である。

 死ぬことはないが、死んでもおかしくない。一日に何度そんな思いにかられないといけないのか。

 爆発の光と熱と風圧に耐えながら一同は治まるのをただただ待った。



**********


 エルノアのお陰で一面の雪原はどこかへ消え、何時もの空間へと戻っていた。さらに少しばかりの暖かい空気が辺りを満たし心も穏やかになる。

 吹雪の元凶の二人も何が起こったのか分からないまま、爆発に巻き込まれながらも無傷でポカンと立ち尽くしていた。


「ふぅ。さすが春を告げる花の妖精様だ。ゲルダにカイ、もーいいだろ?早く仲直りしてくれよ!」


 落ち着いた頃を見計らってタチアナは二人に駆け寄った。とたんにゲルダはカオスから通常の姿に戻ってわんわん泣いた。


「タチアナ~!カイが私よりすごいの作るのは問題ないのよ?だけどこの日くらいは遠慮してくれてもいいじゃない。なのにカイったら私がカイにあげる物にまでアドバイスくれてもう乙女の気持ちなんて分かってくれないのよ」


 びぇーんと泣きじゃくるゲルダに甦った女性英雄たちはうんうん確かに!と同意の意を示した。

 そこへカイが静かに寄っていく。


「その事についてはごめん。でも、僕がゲルダにあげたいという気持ちまで消えてしまいそうでついむきになってしまったよ。大切な人に贈り物をする日なんだから…」


 バレンタインデーなど一年のイベントが国や地域、時代で異なることはこの空間においては周知のこと。ゲルダは現代に近い発想で今年は頑張るつもりだった。のに、カイも古来の風習を重んじたかったのだ。


「うぇぇカイごめんね~!」

「ぼくこそ本当にごめんね」

「よし!二人で全部食べちゃおう!」

「僕が作ったのはゲルダだけのものだよ」


 さっきまでの痴話喧嘩はなんだったのか。正気に戻った二人は結局最初から最後まで巻き込まれた英雄たちに気付かぬまま仲直りし、そして普段の熱々カップルとしてお互いの家路に向かっていった。


「え?これでおしまい?何?」

「………よそう。余計虚しくなる」


 今度は英雄たちがポカンとする。そんな英雄たちにエルノアはにっこり笑った。


「皆さん、春が来たんですよ」


 妖精たん。いや違う。春の女神や!

 この妖精が先程の水蒸気爆発を起こした張本人だと言うことはすっかり忘れて、その笑顔に自然と顔が綻んでいた。


「これだからエルノアをみんなの前に出したくないのにな…」

「ミールさんのエルノアさん大好きオーラこわ…いてっ!」


エルノア、時期的にちょっと早いかも?な春一番!


チャンチャン♪


 



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