5日目 仁義なき戦い

【登場人物】調律の巫女一行


「タオ兄。節分ですよ」


「…………ああ…そうだな…」


 シェインが自分の身の丈の倍あるタオを、普段は見せない笑顔で見上げる。その笑顔にタオはひきつり笑顔で返す。


「セツブン?」


 タオとシェイン以外の一同は首をかしげる。あ、と物知りなファムがハイハーイと手を挙げた。はい、ファムさん!とシェインも珍しくノリノリにファムを指した。


「あれだよね。東洋のイベントで豆を投げるヤツじゃないかな?」

「豆?」


 ファムの答えに一同さらに首をかしげる。


「さすがファムさんですね。50点というところでしょうか。正解は立春の前日、つまり今日行われる邪気払いです。豆とは大豆のことですが、古来より魔目や魔滅といわれ、霊力があり邪気である鬼を追い出し、新しい節目を迎えるために行われてきた伝統行事なのですよ」


 ムフフと軽快に説明をするシェインに一同はなるほどといいつつまた首をかしげる。


「ってことは、シェインにとったらあんまり楽しくないイベントなんじゃないの?なんでそんなに楽しそうなの?」


 レイナの問にシェインは待ってましたとばかりに瞳を光らせた。


「そうなんですよ。鬼とは忌み嫌われる存在。たかが暗闇が怖い=何か潜んでいるだの、たかがちょっとうっかり流行っちゃう疫病を全て鬼のせいにされ、こんな一方的に豆を投げられる始末……そこでシェインは考えました」


 シェインの不敵な笑みが止まらい。そんな妹分を複雑な表情で見るタオの様子に、一同は関わらない方がよかった話題だったのでは?と不安になる。しかし、時既に遅し。


「今年は人数が多いので盛大にやりましょう!題して『豆まき大会!本当に外になるのはどっち!?負けたら柊鰯地獄!』さぁさぁ!みなさん、和装のヒーローにコネクトですよ!ルールは後で説明します。異論は認めませんよ!!」


 まさに鬼気迫るとはこのこと。シェインの目は爛々と輝き、背中からは燃えたぎる炎が見える。

 



ールールは簡単です。チーム戦で大将を決めます。と、言っても人間チームの大将は桃太郎さんです。鬼チームはシェインが鬼姫にコネクトします。


ー武器は升に入った大豆のみ。皆さんにはライフとして紙風船を背中と頭につけてもらいます。二つ割れたらアウト。この紙風船はシェインのお手製です。本物よりも動いてもへこたれない耐久性をもってますので大豆を思いっきり投げて割ってください。


ー大将は紙風船の他に恵方巻の入った鞄を下げてもらいます。恵方巻が取られたらそこで勝負あった、です。ちなみに、二つ割られたら動けません。仲間が生きていれば守るしかありません。


ー勝ったチームは美味しい恵方巻食べ放題。負けたらひいらぎで百叩きです。よろしいですか?



「…………これでいいのかな?」


 腰に刀を下げつつも、刀身は大人しく鞘に入ったままで、本日の武器は升一杯の大豆。桃太郎にコネクトしたエクスは見事大将という大役を担ってしまった。

 チームは以下の通りである。(中の人が持っているヒーローより抜粋)


【鬼チーム】

シェイン→鬼姫

ファム→倉餅餡子

クロヴィス→孫悟空&猪八戒


【鬼退治チーム】

エクス→桃太郎

タオ→蒼桐&初芽

レイナ→綾央&駒若夜叉



「なんかちょっとわくわくしてきたかも」

「そんなこと言ってられっのも今のうちだぜ…」


 怪しげな巫女姿の綾央に扮したレイナは大豆をちょっとつまみ食いしながらゲームの始まりを待つ。その隣でタオが嫌な予感しか無いとばかりに呟いた。


「逆にさー豆でこの風船割れるのかなー?本当に思いっきりやらないとダメな感じかな?」

「ゲームでもやるからには本気を出すということだろ。思うにうちの大将は何か企んでいるぞ」


 ファムは普段着ない着物の長い袖を見ながら豆を投げる練習をしてみた。それよりも草履がネックか。いや今は餡子ちゃんだから所作に不都合はないか。


「私も参加したかったのだが審判ということで仕方ないな。審判は恵方巻食べれるのか?」


 人数的に余ったのはエイダで、審判役としてとりあえず場の空気に合わせて弁慶にコネクトした。


「さて、始めますよー…エイダさんお願いします」


「うむ。では、始!」


 そして火蓋は切って落とされた。

 初めての豆まきに、しかも人に向けて投げるかつ紙風船を割るということで一同はやや苦戦する。ゴム製の風船とは違い紙風船は割れやすそうではあるが意外とへこむだけで一筋縄ではいかない。


「くっやはり豆の威力だけじゃ割れそうにないな。背中なら何とか…しかし頭なんて本当に難しい…」


 豆の数、投げ方、スピード。それぞれ思考を凝らすがなかなか割れない。辛うじて思いっきり投げやすい背中の風船は割ることができた。


「シェインちゃんこれはちょっと埒が明かないんじゃ……え?どうしてコネクト外してるのかな?」


 先ほど背中の紙風船を割られ、反撃しようと蒼桐の背中をめがけ豆を投げるも、上手く交わされたファムがどうしたものかね、と大将であるシェインを振り返るとそこには鬼姫ではなくシェインがいた。うちの大将は何を考えているんだ?


 と、思っているうちにシェインが動く。そして次の瞬間、パン!と激しい音がして綾央の頭と背中の紙風船が割れたら。


「え?ちょっと何々?」


 割られたレイナは訳もわからず、しかし、エイダの促しで綾央から駒若夜叉に切り替えざるをえなかった。


「…ほう。チビスケそう言うことか」

「まさか、シェインそれは…」


 その様子を別の所から見ていたクロヴィスはシェインに負けない不敵な笑みを浮かべた。対するエクスはシェインの持つブツを見て開いた口が塞がらない。


「鬼に金棒とは、このことですよ」


 ガシャンと回転式弾倉を押出し、玉を詰めるその手先は手慣れている。ハンマーを引きいつでもトリガーを引ける状態にしてシェインはニヤリと笑った。


「…やっぱりな」

「あれって反則じゃないの!?」


 イヤーな感じタオが呟くと、駒若夜叉の姿なのにキンキン声でレイナが叫んだ。


「ほほーう。これはまさに“仁義なき戦い”ってわけね」


 もはやここに正式なルールなど皆無。ファムも状況を理解してフフフと滅多に出さない笑いをこぼした。仲間が理解したところでシェインが再び銃口を向ける。その先にはタオとエクス。目にも止まらぬ早さでタオの頭上と、エクスの背中の紙風船が割られる。


「ちょっと待ってよ!え?こんなルールでいいの?」


 エクスは三発目に備えてシェインの動向を見やり審判のエイダに問う。エイダは弁慶の無骨な顔のまま普通に答えた。


「ああ。あれも大豆だから問題ない」


 シェインの銃から発射された玉は、落ちたものを見ると確かに大豆であった。いや、大豆だからいいって話なのか?審判、こうなることを知っていたの?鬼退治チームはただただ戸惑いを隠せないでいる。


「ふ・ふ・ふ…ソイリボルバーをこの日のために改良に改良を重ねた成果が今ここに…ああ、遂にこの時が来たのです!一泡吹かせてやるのですよ!」


 まさに鬼の逆襲である。


「大将がああなので遠慮なく行かせてもらう」

「あたしは魔導書だからんーとりあえずこうしとくかー」


 ファムが「負けない!」と倉餅餡子の必殺技「剣より団子」を発動する。そしてクロヴィスは猪八戒にチェンジし思い切り豆をぶん投げた。防御力の低下。それは紙風船に影響し、猪八戒のヘビー投球と合わさり難なく割れた。


「ごめんタオ!」

「いや、しょーがねーよ」


 割れたのは蒼桐の紙風船。蒼桐の背中が盾となり狙われた桃太郎は守られたが、これでタオもチェンジを余儀なくされた。


「きゃ!もー!こんなの聞いてない!」


 その間にシェインの銃がレイナの頭上を割り、残りは駒若夜叉の背中、初芽の頭と背中、桃太郎の頭のみとなった。


「しゃーねー!こっちもこうしてやるぜ!」


 初芽としてタオは弓に矢をつがえ天に放つ。稲妻のように落ちてきた矢はファムの、倉餅の背中すれすれをかすめた。そして一つ紙風船が割れる。もちろん矢じりが大豆なのでセーフである。


「さすがタオ兄…◯年目ともなると慣れてくるものですね侮れません!」


 え?そんなに毎年やってるの?と濁された年月にツッコミたくなるのを抑えて、レイナもエクスも上手く相手の紙風船を割る方法を考えた。



 シェインの銃弾とタオの矢、そして地道な豆まきにより大豆が激しく撒かれ合い、ついに残るは大将同士になった。見た目を重視したのか、シェインは再び鬼姫になっていた。


「はぁはぁ…なかなかしぶといですね新入りさん。いや、遂に決着を着ける時だ桃太郎!」

「……桃太郎的にやった方がいいの?ちょっと分かんないけど、大人しく倒されろ鬼姫よ!」


 なんだこの茶番は。とは、もはや全力を尽くした者たちからは聞こえない。これは、長きに渡る人と鬼の決闘なのだ。一定の距離を保ちつつじりじりと間合いを詰める。きっとこれが最後の打ち合い。


「鬼ヶ島流剣法!斬桃の舞!」

「減鬼奉公!」


 先に仕掛けたのは鬼姫。間も無く桃太郎も地面を蹴る。お互い残すは頭の紙風船と恵方巻。鬼姫の小刀がフェイクとして空を裂く。桃太郎の大剣はその小刀に阻まれつつも下から上へ何度か突き上げた。


「勝負アリですよ」


 ニヤリと鬼姫が袖の下から銃を取り出し、すれ違う瞬間の桃太郎へ銃口を向ける。そして、カチリとトリガーを引く。鉄の塊のような大豆が桃太郎の頭上の紙風船を貫き、乾いた音がした。二つ目の紙風船が割れた。つまり、桃太郎は動けず、そして守ってくれる仲間もいない丸腰となる。鬼姫、シェインは残すところの恵方巻を取るべく桃太郎に向き合った。


 しかし


「勝負あり。僕の勝ちだよ」


 そこには鬼姫の恵方巻が入った鞄を持つ日の本一の侍が立っていた。


「ど、どういうことです?」


 シェインは自分の割られていない紙風船を確認し、そしてさっきまで掛けていた鞄の所在を確かめた。しかし、やはり自分のところに鞄、恵方巻はない。


「すれ違い様にコレで鞄の紐を切ったんだよ。…シェインこれにも細工してたんだね…」


 桃太郎、エクスは刀を収めた脇から柊を取り出した。例の柊鰯の柊だ。一見普通の柊に見えるがその葉身はやけに鋭く、作られたものだと分かる。


「……それも紙風船割るのに使用しようと思ったので…まさか新入りさんに使われるとは…」


 やはり。ただそうすると大豆使用のみだけが生き残ったルールも崩れてしまう。念には念を入れたシェインの勝ちに対する執念が窺えた。来年は節分アイテムなら可としてもらおう。いや、もうこういう節分はおなかいっぱいだ。

 ガックリと肩を落としたシェインは鬼姫のコネクトを解いた。エクスもそれにならう。


「悔しいですが、鬼チームの負けです。煮るなり焼くなり好きにしてください!」


 ぷぅと頬を膨らませ悔しさを露にするシェインの言葉にファムとクロヴィスは「ただでさえ柊痛いのにその柊は絶対ダメなヤツだから!」と首を思い切り横に振った。


「美味しい恵方巻用意してくれてるんだよね?」


 エクスがそう言うとシェインは頷き、みなさんでどーぞと素っ気なく応えた。余程悔しいらしい。


「やったー!早くいきましょ!」

「じゃあみんなで食べようよ。お腹ペコペコだし」

「シェインはいーです。負けたんです。潔く百叩きされます」


 いち早くレイナは立ち上がり、それに乗じてファムもしれっと恵方巻のある小屋に足を向けた。他のメンバーもそろそろと移動する中、完全に拗ねたシェインはそこから動こうとせず柊鰯の頭をつついている。


「豆まき楽しかったよ。だから恵方巻も一緒に食べようよ」

「いいんです。シェインはこの鰯を…ちょっと!新入りさん!?」


 もごもご言うシェインの腕を掴みエクスは歩き出した。


「シェインがいなきゃ恵方巻の方角分からないよ。桃太郎にコネクトして分かったけどちゃんと決められた方角があるんでしょ?」

「……………仕方ないですね。早く行きましょう。姉御がもうかじっているかもしれません」


 深く溜め息をはき、シェインは自分の足で歩き出した。そして、ハッとしてエクスの腕を振り払い走り出す。


「姉御のことです。一本どころじゃすみませんよ。急ぎますよ

 

 今年は北北西ですよー!


とりとめもなく、終わる。




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