仕事最後の日

一年間とは長いようで本当に短いものだ。

特に最後の一ヶ月は特別短く感じた。


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私と燕の事は現場の人たちはほとんどみんな知っている。

女性の従業員さんの多い職場だ。

噂話はあっというまに広がるのだ。


「仁さんどうするの?」


「何が?」


「何がって、結婚しないの?」


「しない。」


「もう少しで帰っちゃうよ。」


「しかたがないっすよ。僕も結婚はもういいし、彼女も望んでない。どうにも出来ないよ。」


「まぁ帰るのわかっていて、わりきって付き合ってたんでしょう。」


「わりきって…。うーん…。」


「ごめん。聞かなかったらよかったね。」



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今日は仕事最後の日。

私は日本で働くのが嫌じゃない。

みんな私に優しくしてくれる。

私はこの職場が嫌いじゃない。


「燕ちゃん今日で終わりなの?」


「はい。私今日で終わり。」


「なんかちょっと寂しくなるね。」


「大丈夫。わたし中国帰る!」


「そっか。私は少しさみしいな…。」



休憩中涙を流す日本人のお姉さん。

気丈に振る舞っても私も涙をもらう。


「ごめんね。涙がでちゃって…。燕ちゃんは日本語上手だし、いつも元気に笑っているから、私も元気をもらっていたよ。わかるかな?」


「わかる…。」


「泣かないで、ごめんね。」


「お姉さん優しい。わたし大好き。ちょとさみしい。」


「またいつでも、日本に来てね。」


「ありがとうございます。」



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燕はいつもにこやかに仕事をしている。

それに研修生の中で一番日本語が上手だし、何よりも積極的に話かけてくる。

だから他の研修生の名前は曖昧でも、

みんな燕の名前だけは知っているし、

みんな燕には話かける。

愛されキャラなのだと思う。 


「仁さんどうするんですか?」


「何が?」


「仁さんが結婚しないから、燕帰っちゃうじゃないですか。クリーム誰が作るんですか?」


「いやいやなんで俺のせいやねん。」


「いやいや、燕が帰ったら、仁さんと燕の事いじれなくなるじゃないですか。僕の楽しみ奪わないでくださいよ。」


「うるさい!しばくぞ!」 


と、年下の先輩鈴木にもからかわれる始末。

実際大丈夫じゃない。

かなり落ち込んでいる上に、今月はそうとう忙しかった。

勤務時間が夜勤が多く、燕と働く時間が一緒なのはよいが、なぜか休みはことごとく外れた。

たまたま休みがあった日も燕の方が、仲の良い他の研修生と遊ぶ約束をしていたり…。

意図的に避けられているのか?

などと勘ぐってしまう。


鈴木が話す冗談で、まだ少し気が紛れるが、まともに対面したらやはり少しやりきれない気持ちになる。


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いつも通り、仕事の始まりからクリームを作る。私はクリーム担当だ。

私は一人で黙々と仕事をするのが好きだ。

たくさんの人の中に入って、おしゃべりしながら仕事するのは得意じゃないし、

みんなが中国語で話す悪口も聞きたくないしみんなが日本語で話す悪口も聞きたくない。


クリームは一人仕事だ。

だから良い。


「燕、最近おなか大きい。お腹にこどもある?」


「ない!」


「誰の子供?」


「ない!ない!ない!」


同期の研修生にからかわれる。

いつもはめんどくさい。

でもそれも今日で最後。

少しさみしい気がする…。


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そして今日の仕事が終わる。

当たり前のように。

また明日も同じ事が続くかのように。 


🔹でも明日は彼女はいない。


🔸でもわたしはもうここで仕事をしない。


🔹彼女の同期生もいない。


🔸今日で全て終わり。


🔹そういう明日が来る事を


🔸わたしは2日後中国に帰るのを


🔹僕は


🔸わたしは


🔹🔸まだ想像できずにいるのだ…。


🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹

 

「おつかれさまでした。」


「今までありがとう。」


「気を付けて帰りなね。」


他の研修生と挨拶をかわしあう。

一人一人声をかけて握手していく。


燕のところには意図的に一番最後に行く。


「おつかれさん。」


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彼がこちらに向かって来るのをわかっていながら、気がつかないふりをする。そしてあたかも今気がついたように…。


「かえる?」


「うん。帰るよ。また✉するから、中国帰る前にご飯食べに行こう。」


「はい。」


涙をふくジェスチャーをする彼。

笑うわたし。

まわりの目も気になるのか

手を振って現場を去る彼。


何人かの従業員さんに肩をたたかれ、

てれわらいしながら事務所にあがる。


こうして二人最後の日は普通に終わる。



🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹事務処理を終えて会社をでる。

自転車にまたがり、

20分ほどの帰路をはしりだす。

帰ってから飲むビールと食べ物を買いに

帰りはスーパーによって帰ろう。

などと考えながら登り坂を立ちこぎで

全速力で走る。


涙が少し頬を抜ける。

やっぱりさみしい。

家に帰るまでは…

と堪えていたが、

どうも今日はスーパーによれそうもない。


そのまま朝日を浴びながら

人の少ない道を選んで

ひっそりと帰宅した。


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