無慈悲にも時は流れる。

結局駅にたどり着くのに一時間程かかった。


 踏み切りを越えなければ駅にはたどり着かない。押し寄せる人波を制御するために、駅にもうけられたやぐらの上から警察官がスピーカーで走らないように促す。

踏み切り前では別の警官が進行の指示をだしている。

……にも関わらず我先にと横から横から若者たちが割り込んで来る。


まぁきっと自分たちの若い頃もそんなものだったのだろうと思う。

ただひとつ心配なのは燕の体調だ。

かれこれ20時間以上仕事をして起き続けているのだから。

そして暑い。

ただでさえ暑いのに、

この人工密集度はかなり暑い。


「燕、大丈夫?」 


「あつい…。」


「ごめんね、早く帰ろうな。」


「帰らない。」


「えっ?」


「私、お腹すいた。ご飯たべたいよ。」


「あっ……あー!」


「私、朝5時に休憩。ご飯食べる。あと…、さっきソーセージ食べるだけ。」


「そっか、そうだな。OK、地元に戻ったらご飯食べて帰ろうな。」


「うん!」


そりゃそうだ。

一瞬へんな期待がよぎったけれど…。

とおもわず苦笑する。


「あなた何を笑う?」


「なんでもないよ!」


駅に着くとすぐに電車が来た。

うまい具合に座席が空いたので、すぐに燕を座らせてすぐ横に立っていた。

燕がぼくの腕にもたれてすぐに眠りについた。

燕は仕事の時はベタベタするわけでもなく、どちらかというと接触をなるべくしてこない。(僕はすぐに接触したがるが。)

でもプライベートで会うときは違う。

そのギャップがたまらなくなる。

そんな彼女が愛しくてしかたがないのだ。


地元の駅に近づくに連れて人が降りて減って行く。二駅前でようやく燕の隣の席が空いたので、隣に座ると腕を絡めて頭を肩にのせてめを再び瞼を閉じる。


どれくらいぶりだろう、

こんな感情になるのは。

恋をするっていうこういうことだ。

年甲斐もなく胸がきゅんきゅんする。

その分一ヶ月後の別れを思うと…。


「さぁ着いたよ。」


「饿了…。」


「OK。お腹すいたなー。何でもいいか?」


「だいじょうぶ。」


燕は食べ物の好き嫌いが非常に多い。

胡瓜に、トマトに、レタス類。

基本野菜が好きじゃない。

魚類も好きじゃない。

だから寿司もお刺身もない。

甲殻類もだめ。

酸っぱいのもいらない。


お肉は大好き。

牛肉、羊肉、鶏肉何でもOK。

あっ馬肉はNG。

そう午年生まれなので。

辛いものが大好き。

でもカラシ、わさび、はだめ。

唐辛子が好き。

燕の好きな辛いものはただ辛いわけじゃない。

本当に辛くておいしい。

だから難しい。

とはいえ選ぶ程店もない。

ということで結局なじみの焼き鳥屋。


「前と一緒のお店でいいか?」


「なに?」


「まぁいいや、そこそこ。」


と店を指差しながら向かって行く。


「あー。OK。」


けしてロマンチックじゃない。

でもその距離感はちょうど良い。

気取らず、

肩肘をはらず

カウンターに横並び

腕が当たりながら串をほうばる。

食べながらしゃべる。

どうでもいい話をはなす。

最高に幸せな時間なんだろう。


「あと一ヶ月だね。」


「わたし中国かえる。」


「私は燕とずっと一緒にいたい。」


「あなたも一緒に中国行くか?」


「行かない。でも私はあなたと結婚したい。」


「中国、美味しいもの多いよ。」


「行きたい。でも私中国で仕事無理。」


「でも遊びに来て。」


「うん。」


そして今日もゆるりとかわされる。


店を出て彼女を家まで送る。


家に着く直前で

彼女を抱きよせ見つめあう。


どちらともなく顔を近づけ

くちびるをあわせる。

いとおしくうるおうくちびる

確かめ合うようにからめあう。

はなしたくないとおもうぼく。

でも長いだけが愛じゃない。

そしてどちらともなく顔が遠のいて


「またね。」


「ありがとう。」


「早く寝なよ。」


「だいじょうぶ。すぐに寝る。」


「おやすみ。」


「おやすみ。」



そして今日も終わる。

どんなに望んでも

時は流れて行く。

残念だけど

別れのカウントダウンは止まらないのだ。

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