蛍と心配事

最近燕と同じ時期に入った研修生によくからかわれる。

仕事の合間に


「じんさん、燕が休み、元気ない。」

「うるさい。」 


「じんさん、燕9月帰る。じんさん心が痛い?」

「いや、もういいし、仕事しなさい。」


「じんさん、燕が大好きですか?」

「もう口動かさないで、手を動かせよ。」


要するになめられているのだ。

まぁ仕事は仕事でちゃんとしているので、あえて目くじらたてて怒らない


そんな中聞き捨てならない情報が入る。

その日僕は夜勤だったので、日勤の燕はもう帰っていた。


「じんさん、今日燕と紅と洋 三人、谷川さんと蛍見に行く。知ってる?」

「はっ?知らない。」


谷川さんは、60歳くらいのおっちゃんだが、なかなかの曲者だ。

中国人研修生大好きで、やたらと中国語で話しかける。過去の研修生を口説いてイカガワシイ事をしまくっているという噂が絶えない変態だ。

表面は人の良いおっちゃんなので、たちが悪い。


そんな事を聞いたら気が気じゃなくて、仕事にならない。とりあえず余計なお世話とわかっていながら、現場にスマホは持ち込めないので、


「ちょっとトイレに行ってきます。」


自分のロッカーに向かう。



ーういしんー

「燕、谷川さんに着いていったら駄目だって。変な事されないように気を付けてね。」

以外とすぐに

「大丈夫。紅と洋一緒。」

「でも気を付けてね。」

「はい。」


「この間一緒に見にいったのにな…。」


なんて思わず一人言をいってみる。

その日は全く仕事にならなかった。


朝7時に仕事を終えて事務仕事をして、帰ろうとしたら、8時から出勤の燕にばったり出会った。 


「おはよう。燕昨日大丈夫だった?」

と小声で話しかける。

「大丈夫。何もない。あなた何で知ってる?」

「あー他の研修生に聞いた。」

「誰?」

「いや言わない。」

「あなた怒る?」

「いや怒ってないよ。でもすごく心配したよ。」

「よかった。」

「何が?」

「あなた怒ってない良かった。」

「怒らないけど、もうみんなと一緒でも着いていったら駄目だよ。」

「大丈夫!」

「大丈夫じゃない。絶対だめ。あなたが心配だから言う。」

谷川さんの噂は

一回千円で…する。

とか、真相は知らないが(知りたくもない。)とにかくえげつない。

普段怒らない僕が真面目な顔でそういうと、素直に

「OK。もう行かない。」

と言ってくれた。



燕は素直で良い娘だが、いささか人を信じすぎる部分がある。

「日本人はみんな優しい。」

と彼女は言う。

確かに感情的な中国人よりも日本人は一見優しいかもしれない。


でも皆が皆ではないが日本人は表に出さない分、腹にためた裏の顔があるように思う。

表に出さないのが美学というか、

押し忍ぶ文化というか…

忍耐?だけではたまった不満は募る一方で、必ず何か吐き出す、もしくは自分を満たす場所が必要な気がする。 



満たされ方はひとそれぞれで、

それは美味しい物を食べる事だったり

マラソンをしたりサッカーをしたり、運動することだったり

映画をみたり小説を読んで妄想してみたり、

愛する人と一緒に過ごす事で満たされる。


でも満たすのが上手じゃない人は、

人をけなしてみたされ、

ギャンブルにはしり一時的な裕福でみたされ

人を蹴落とし自分が優位にたって

自分の事を満たす。


僕個人の考えだが、

後者はけして満たされないと思う。

終わりなんて無いのだ。

いつもリスクを背負い、

何かに追われ続ける。



優しいだけの人なんていない。

人に優しくできるのは、

自分を満たしてくれる何かがあるからだ。



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